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絶望

 醜衆ゴブリン

 魔物は人間世界でランクづけされており

 魔神>魔王>魔爵>魔臣

 となっている

 ゴブリンはその中で「魔神」に分類されている

 攻略ティア度 星5冠

 ゴブリンは魔物内のとある種族の総称となっているが

 ここでは単体の魔物を指す

「なんなんですか!?貴女達!何したんですか!?」

 カルアが何処からともなく顔を出す

「ゴブリン…なんて、!…クソ!二人は町に戻って応援を…」

 カルアは口を閉ざして語りかけるように言い直した

「いや、町へ逃げて下さい…そして、二度と此処に戻ってこないで…

 出来れば誰もここに近づけさせないで下さい」

 カルアが二人に対人結界を張るように促そうとしたのをミトラが被せる

「なんで…戻ってくるなって…誰も近づけさせるな…って、もしかして…貴方…死ぬ気じゃ…!」

「バッ……ッカ言わないでよぉ!アンタが死んだら誰が人間の町を…」

 サリアも続ける

 それはそうだ

 誰も彼には死んで欲しくないからだ

 普段のバカ発言からは想像も付かないほどの戦闘IQの高さ

 顔もスタイルも人柄もよく

 誰にでも優しくユーモアもあり、いざとなれば頼りになる

 (さなが)ら漫画の主人公の様な、聖人を体現した様な男だ

 現にこんな異常事態にも笑顔を忘れず自分よりも相手の命を優先できる

 こんなにもいい人には池野悠也自身、これまでの人生の中で出会ったことがなかった

「大丈夫ですよ、誰が死ぬって?」

 サリアの言葉にカルアは微笑んで返した後、

 走れ

 そう言ってハルバードを回転させて持ち替える

 その顔は覚悟と闘志に満ちていた

「——!ごめん…なさい!」

「絶対生きて帰ってきてよ…絶対だかんね!」

 ミトラとサリアが泣き顔で叫ぶ

 二人は涙を拭きながらカルアに背を向けて走り出した

 ハルバートが空気を割く音

 ゴブリンの嘲笑とカルアの怒号が消え入るのように小さくなっていく

 ミトラは顔面をぐしゃぐしゃにして泣いた

 サリアは言葉にならない嗚咽を垂れ流した



 瞬間、本当に一瞬だった

 二人の頭上を「何か」が飛ぶ

 彼女達の目の前にある大きな岩場にそれは撃墜した

 血の俄雨(にわかあめ)が彼女らの頭上を濡らした時点で悪い予感の察しがつく

 大岩の前に立ち籠った砂埃と血煙が晴れる

 二人の瞳孔に映ったそれは



 血の塊となり損ねたカルアであった

 彼は全身で貧乏揺すりをするかのように痙攣している

 突然口元を覆い咳をする

 手に付着した血潮を視認するのに然程(さほど)時間はかからない

 様々な死戦を潜り抜けてきたカルア・ビリムといえど喀血は初めてであった

 何が起きているのかもわからない、理解できない

 朧げな明晰夢でも見ているかの様な瞳である

 黒く狭窄してゆく視界で指間の間を伝う血を眺めている

 視点を後ろに向ける

 立っていた

 真後ろに

 カルア・ビリムを投擲したであろうゴブリンが

 そこに立っていた

 瞬間移動でもしたのか?と言うぐらいしかいいようがない

 さっきまでかなり奥の方にいたのに…

 ゴブリンが右腕を振り上げる

 ハッと二人同時に前を見たのも束の間

 ミトラが玩具のように放り上げられた

 バサッバサバサッ

 森の方迄飛ばされたらしい

 枝が擦れ、鳥が逃げ惑う音が響く

「ミトラぁあぁぁぁあぁぁああぁあぁあああ!!!!

 うああああああああああぁぁぁぁぁ!!!刺突魔法!第1節(エルステ)!」

 サリアは感情に身を任せ魔法を放つ

 彼女の一声によって放たれる釘の弾丸は

 喩えるならば銀の軍隊と言えようか

第2節(ツヴァイテ)第3節(ドリッテ)ェ!」

 叫びすぎて枯れた喉から裏返った声が飛び出していく

 ゴブリンはその攻撃を片腕で受け切った

「おま…おま、え…その、まほぉおう…

 くへ、くへへ…まさ、か…一回しか、刺さら…ないだろう?」

 喋った

 いやそれよりも目を丸くしたのは

 刺突魔法の性質を一回で看破された事だ

 いくら相手が「魔神」のゴブリンだろうと

 敵の能力を1発で看破できるのは稀である

 逆に言えばサリアの魔法がそれくらい未熟であり

 基礎的なものである…と言うことに他ならない

 残酷な現実はカルアの意思に相反し

 深く、鋭く彼女の脳天を貫いた事を彼女自身に自覚させた

「勝てる訳がない…」

 顔を顰めて大粒の涙を流したサリアをお構い無しに

 ゴブリンは血で染まった拳を握り締めた

 その際の圧力で掌の血が飛沫をあげて散っていく

 (たす…けて、誰…かぁ、誰か…パパ…違う、勝てない、町に…みんな、死ぬ)

 脳内で提示された対処法が悉く砕け散る

 (うちもしぬ?)

 唯一残った情報がそれであった

 のちに少女に出来る事と言えば

 その情報を回避する為に(ただ)只管(ひたすら)に走ることだけであった

「やだ…死にたくない…しぃたくなぁい、死!に…たくない」

 萎む行く護謨(ゴム)球から漏れ出る空気の様な声でそう叫ぶ

 憔悴しきった吐息が、現状の絶望を告げる灰色の瞳が、断片的で小さな悲鳴が

 少女をより幼く見せた

 遠くで地の唸り聲が聞こえる

 それがゴブリンが迫り来る足音だと判断した理由は要らなかった

「ブフぅ〜ブフゥ〜…」

 鈍い呼吸音と異臭を漂わせる生暖かい吐息がサリアの頬を撫でる

 呼吸音が裏返りヒ、ヒ、ヒ!と声のように聞こえる

 躓きながらもサリアはカルアの方へと歩を進める

「ねぇ…起きてよ!ねえ!!ミトラが…!ミトラが死んじゃう!助けてよ!ヒーローなんでしょ!?お願い…助けて!」

 サリアが血濡れたカルアの服を乱雑に掴み揺さぶる

 掌に血で濡れて不自然に冷え切った服の感触も彼女の視界に入らないらしい

 あんまりにも強く握り締めたからか、カルアの服に染み込んだ血が掴んだ手と服の間の溝に溜まっている

「起き、てぇ…!死んじゃやだよ、起きて…!助けて!お願い…!」

「おい ついたァ  あああ」

 ゴブリンの(いびき)の様な図太い聲がすぐ後ろに高所で響いた

「……いあ…いやぁ…!」

 サリアが髪を振り乱すほど顔を横に振り

 対応だけでも拒絶する

 ゴブリンの顔は捏ねた紙粘土の様ににやけた

「いやあ!いやあああ!いや…よ…嫌!嫌!嫌!嫌!来ないで!」

 サリアは無意味と知りながらも一心不乱に叫ぶ

「来ないでよ!…!カルア…起きてってば!いやああああ——」


 

 鈍い音が響く

 遠くの耳鳴りが瞬時にこちらに近づき大音量で脳幹を揺らす

 サリアはごく普通の魔物の少女であった

 よって彼女が見る走馬灯も悲しい過去や教えてもらった魔法の使用方法なんかではなく

 家族やミトラ、近所のおばさんの顔ばかりである

 高台のブランコ、ミトラと一緒に食べた胡瓜

 自分の記憶なのにどこか楽しそうで羨ましい

 そして少し恨めしくもあった

 高原のど真ん中で大の字になって寝転がり

 網膜が染みるほど澄んだ青空に、同じ白なのに流れる雲と違う色に見える太陽に

 目が焼けないように、絹のような空を掴もうとして翳した右手を眺めて

 すぐ隣に同じ様に寝転がっているミトラと顔を合わせ

 腹を抱えて笑いあっている過去の自分が

 サリア自身が意識を戻した時にも彼女はまだ宙に舞っていた

「ああ…しぬんだな、」

 零すように呟く

 バン!

 地に背中がつく感覚も今ではかなり朧げに感じる

 サリアはその後も2,3回バウンドを繰り返し

 転がりながら脇道の草叢に突っ込んだ

 ゴブリンは後ろの大岩ごとぶっ飛ばしたのだろう

 サリアの視界の端で粉々になった大小様々の大岩の破片が土煙をあげながら墜落していく

 パラパラと小さな破片が彼女の横腹をつつく

 吹っ飛ばされた距離は100mを優に超えるだろうか

 並木が風圧によってバサバサと騒いでいる

 (カル…アは、何処?)

 目を動かしたくても動かない

 喉も声を出そうとしない

 恐らく虹彩も怪我したのだろう

 世界が紅く染まっていく

 先刻のゴブリンの攻撃よる風圧が遠くの山で跳ね返り

 サリアの髪を優しく、残酷に梳かす

「まで〜まで〜」

 ゴブリンの声が100m向こうで響く

 その声がサリアに聞こえるのだろうか

「お〜ぉ〜…あ!みーつーケータぁ」

 ゴブリンの足音のする度、地が揺れる

「本気で…死ぬんだ」

 嫌だなあ…死にたくないなああ

 あれ…?

「ナイ…てる、っぞ」

 口角を上げたゴブリンの表情もサリアには見えない、確認しようがない

 涙がそれを邪魔しているからだ

 (ああ…やっぱ悔しいんだ…)

 でも死ぬものは仕方がない

 どんなに苦しくても悔しくても

 いづれ死ぬ

 サリアは限界を迎えたのだろう

 右足を振り上げるゴブリンを横目に

 少女は眠るように目を瞑った



































































 





 


「やめて」

 ゴブリンの足がそれ以上下がらない

 声の主をゴブリンは必死に探す

 ミトラである

 翅を広げたミトラフックがそこに立っていた

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