いざ、人間の町!
魔物自治区に最も近い人間自治区[ラ=ショード]
ミトラたちの住む高原を東に突き進むと現れる
その門前には屍体が使い古された玩具の様に積み重なり
それらを啄みに来た鴉の叫声と強姦されている捨て子の慟哭、浮浪者の怒号や街娼の嬌声が響いている
その場所は鴉の糞と死臭、排泄物や吐瀉物が錆びた鉄を熱した臭いを発していた
土地の管理者が屍体の山を灼いていて、その煙が立ち上るので空はいつも濁っている
服を剥ぎ取られ垂れ下がった乳が剥き出しになっている老婆の屍体
母の股下から胎盤ごと堕ろされた胎児の木乃伊
遠征に行った兵士が迎える死後硬直で四肢と臓物とが絡まった末の肉塊
共食いをした末の犬猫の血の付いた網膜の破片
喰い裂いた屍体の腹に巣を作る鳥
地獄なんて文言ではとてもじゃないが形容しきれないこの地を更に東に突き進むと
一転、整備された街路が現れる
次第に出店が増えてきて人々の声声が耳を刺すようになってくるのだ
活気のある商人を横目に街を進んでいく
チラリ
じろり
横切る人々がこちらを見てくる
「うぅ…やっぱ魔物ってバレるのかな…?」
「大丈夫っしょ!一応翅も服の下に隠してるんだしさ」
隠してる…といえども少し、というか不自然に服が盛り上がっているので
バレるのも時間の問題である
というかもうバレている可能性が高い
…まあでも今回も私の死因は⦅紙⦆だ
逆に言えば紙以外で死ぬ事は無いってこと
普通人間たちが襲ってくるとして誰が紙なんかを武器にするだろうか
だから堂々とできる…といえば嘘になる
何故なら、紙なんて何処にでもあるからだ
道端にある紙切れで足を滑らせる…ということも死因⦅紙⦆につながる
「いい?憲兵が来たらすぐ逃げるんだよ」
「うん、でも憲兵…ってどんな格好なの?」
サリアはうーんと言わんばかりに前方の蒼穹を見つめる
突如、ハッと目を見開いたかと思えばこちらを見返してきた
「そりゃあ…憲兵は空色のスリーピーススーツに金のエポーレット、鋼鉄製の口当てを首に掛けてて…」
サリアはみるみる内に顔が青ざめていく
「その、空色のスーツの背広には鳩がプリントされてるんだよね…青、金、白のハルバードを携帯して…ほら、丁度あの人達みたいに…」
ミトラが指差した方向には男が6人立っている
空色のスーツに金のエポーレット、一人こちらを背にして立っていたので背広の鳩のマークがよくわかる
白を基調に施されたハルバードは日光を反射し、プラチナのような輝きを見せていた
6人の男のうち、一人がこちらを指差した
背を向けた男が振り返る
見つかったぁ
「まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいぃぃぃぃぃ!走って!走れ!急いでええ!」
サリアが叫んだのは屈強な男6人が駆け出しのと同じタイミングであった
「ふぃゃあああああ!なんでぇぇえええ…!」
萎むような悲鳴が路地に谺する
巨漢6人のスピードは1kmを走ろうとも落ちることを知らなかった
「くっそお!なんなのあいつら!スーツ着てるのになんで!?アイツら…ウチらより速くない!?」
「はぁ…っ、はぁあ…もう、、駄目ぇ…」
「ちょっと!?し…確りして!」
ペチペチペチペチペチペチ…
サリアが死んだ顔のミトラの頬を叩いたり引っ張ったり抓ったり
紙粘土のように捏ねくり回す
ガシィッ!
「し…しまった…!」
瞬間、サリアの肘裏にハルバードの鉤が引っかかる
金属製のハルバードは冷たいのだろう、サリアは少し顔を引き攣らせる
「伏せぇえい!」
そう叫んだ憲兵はハルバードに回転をかける
其の儘サリアは鉤ごと石煉瓦のタイルに引きずり倒された
「いた〜い…何すん–」
言い終わらない内にサリアの後頭部は回転をかけられたハルバードの柄に叩きつけられた
サリア・パトール確保 チーム魔物残り1人
「へぅぅ〜…いや〜、なんでぇぇええ…」
ここでミトラフック、刹那の熟考
(ここで死ぬわけにはいかない…!)
ミトラフックたちはシルフという、風を操る四精霊の一種である
ミトラは追い風を自身の肩甲骨付近に発生させた
これにより体重移動の質が上がる
更に、その追い風を循環させ憲兵たちには向かい風を発生させた
そして風を操るということもあり、空気抵抗も、酸素濃度も操ることが可能なのである
肺に入る酸素、脚の疲労や強張りも風で対策可能である
このことは閃こうにも実行に移すのは至難の業だ
ミトラフックは天才であった
天才の瞳孔に映る、冒険者ギルド
「あれに…入れば……っ行ける!」
ミトラの背後にサリアを捕縛中の憲兵1人を抜いた5人の男が迫っている
逃げる逃げる逃げる!走って行く!凄い速さだ、ミトラフック速い速い
「ゴーーールぅ!」
逃げ切ったぁぁあああ!
チャレンジ成功
酒場になっているであろう2階に繋がっている2対の階段の間にある受付に駆け込む
「す!す!す…すみまっせぇえん…!微精霊駆除…のクエス、ト!おえがい…しますぅう…」
ミトラは過呼吸で受付嬢に告げる
「はい!3つあるのですが…どれにしますか?」
「あ…それやゃあ、霊園のやつ…にしますぅ」
「はい!わかりました!これで間違い無いですね?それじゃあ…パーティ名を教えてください」
パーティ名…そう言えば考えてなかった
折角だし、これを機にサリアと一緒に考えて見るか
「サーリア…」
………
…いない
え…?
………あ
(そうだったあああああああああああああ!!!)
忘れ去られていたサリアにも涙が止まらないが、
(これ…パフェ、食べられないじゃん……報酬、ソロじゃ足りないじゃん…)
そう、この“パフェ食べよう計画“はマルチ攻略ありきの計画なのである
ソロだと精々1700ルリだ
どう考えても不足している
「あ…あぁ…」
白目を剥いたミトラは物音がする後方に振り向く
「ここに居やがったな!魔物め…ッ!お前ら、捕えろ!捕えろ捕えろ捕えろぉぉぉぉお!」
5人の憲兵がとうとう追いついてしまった
「う…うぇえ…ふぇぇぇえええん…!」
終わった…
ミトラは涙目の裏ではこの事を察知していた
「これで…もう…いや…いやぁあ…!」
憲兵と冒険者がミトラフックを捕縛しようと押し寄せる
間一髪で避けたミトラは再度走り出す
…がとうとう囲まれてしまった
「何しに来たんだあ?」
「魔物めが…そう易々と喰われてたまるかってんだよ!」
「 殺られる前に、殺れ 」
「 群れに戻すな、集団で帰ってくる 」
ジリジリと押し寄せてくる
剣や、鍬を構えてこちらを睨め付ける眼は明らかに殺意と猜疑に塗れていた
喧騒や怒号と一緒に麦酒が樽のジョッキごと投げ込まれる
それを皮切りに様々なものが玉入れのように飛んできた
ワインの瓶、トマト、石…
ミトラの涙は紅潮し、顰めた顔では抑えきれなかった
「ひぃいいん…うああああああああぁ゙ぁ゙ああああ…あ゙あ゙ああぁぁ…」
耳を劈く様な慟哭が怒号にかき消される
(私は…ただ、パフェ…パフェを、食べたかっただけなのに…)
ふと、生存本能からでる無意識の叫びがミトラの喉から漏れ出た
「たす…けてぇえ…!」
その叫びを受け止めてくれる器が
現れた
「何やってんですか?貴方達?」
冒険者や憲兵は声のする方へと向いた
皆がギョッと顔を青くする
ミトラフックも2,3回吃逆をしたのち、遅れて同じ方向を見た
白髪の憲兵の青年に…捕まえられた憲兵にアホ毛を抓まれて揺れている、簀巻きにされたサリアが…そこにいた
「カルア、だ…」
「カルア・ビリムだ」
カルア・ビリム…?
ああ、成程
皆が言っているのはサリアのアホ毛を抓んでいる白髪の青年の事の様だ
「さぁさ、どいたどいた…君、大丈夫かい?」
青年がミトラの前でしゃがむ
よく見ると白髪と言うのに少し語弊があった
息を呑む程美しいクリーム色である
肌も色白で、瘢や痣も、小さな面皰すらない美顔
優しい声色で周りに告げる
「みんなー!この子の事寄ってたかって虐めてたけど、この子悪い事してたの?」
最前列の冒険者の男の1人が答える
「いや…だって、そりゃあ…コイツ、魔物だぜ?何されるか分かったもんじゃ…」
「あのねえ…この子達が君等に何かしたかい?」
皆黙りこくって顔を見合わせる
「ほら、何もしてないだろう?」
カルアが続ける
「魔物に少し神経質になるのはわかるよ…けどね、魔物が絶対悪なんて限らないんですよ?」
「う…けどなあ、昔っからの迷信だろ?ここにいるみぃんな母ちゃんや婆ちゃんから教えられてんだよ、魔物は危険だって」
「それってただの迷信、だよな?」
カルアが核心を突くと何も言い返せなくなったのだろう
冒険者は顔を強張らせ、後ずさっていった
「それに、さ…この子達、多分屹度クエストを受けにきたんだよ?」
「は?クエスト?魔物が?何故?」
「さぁてね…でもそうでなきゃわざわざギルドなんかに来ないですよ、隠れるなら他の建物があるんですし」
ハッと思い出したようにミトラが立ち上がる
「そうだ…!起きて!サリア!クエスト受注するんでしょ?」
「プラーン、プラーン…ッハ!?あれ?ミトラ?…と、うわあああ!?なんでこんな人がいっぱい?!」
カルアは少しはにかむと、
「ね?大丈夫ですよ、魔物なんてこんなもんです」
と周りに言い聞かせるように言った
「それでは…クエスト受注しますね?パーティ名をご記入下さい」
ギルドの受付嬢が受注書を突き出す
「あ…そうだった名前…、サリア?どうする?パーティ名」
「パーティ名…か」
うーーん…
思案した、冒険者や憲兵の皆さんにも半ば強引に考えて貰った
(名前…か、シルフ…風、あ!)
「『風の民』なんてどう?」
ミトラが発した名前に
皆歓喜した
「いいじゃん!いいじゃん!『風の民』!ウチらシルフっぽくていいじゃん!」
「え!?あんたら…シルフ、なのか?」
冒険者の一人が問う
「え?あ、ああうん」
「まじか…!?じゃあこの町の魔術師不足も解消されるかも!」
魔術師不足…?あ、確かに皆私を追い詰めた時剣とか鍬しか持ってなかった
「なあなあ…シルフって風を操るんだろ?じゃあ間接的に魔法のスペシャリストって事じゃんか!」
「魔術師不足解消…いいかも!」
サリアは暫く思案したのちその結論に辿り着いた
「ほら!ウチらの村って貧乏じゃん?それならお雇い魔術師的な感じでさ!この町のパーティを補ったり、魔術の学校開いたり!」
「確かに…私達シルフの村は魔術師排出率も…その質も凄くいいから…名案、サリア!」
冒険者から歓喜の声が上がる
「いやー俺、ちょっと魔物の事誤解してたかもなあ」
「僕も僕も…申し訳ないことしたなあ」
「よっしゃ!えーっと、ミトラ…とサリアだっけか?胴上げだ!俺等人間と魔物の橋渡しになってくれな!」
「え…えぇ!ヒャン!」
ひょいと持ち上げられ担がれた
高いところから見るギルドの内装はまた新鮮だった
「『風の民』!『風の民』!『風の民』!」
こんな大勢に持ち上げられるなんて少し照れくさいけど
まあ…でも魔物の誤解が解けて本当に良かった
「す…すみません…ミトラフック様、サリア様…『風の民』というパーティ名は既に使用されてるので、別の名前をお願いします…」
…………
受付嬢に告げられてその場にいる全員が凍った
以降、ミトラたちは『風の郷』と言うパーティ名で活動することとなったのです
【『風の郷』 霊園での微精霊駆除のクエスト受注完了! 】




