ミトラフック
「なるほどなあ…いつ死ぬのか、とかはわからないのか…」
石の煉瓦造りの壁に囲われてそう呟く
使い古された檜の床を優しく2,3回撫でた後部屋を見渡す
自分の真正面には檜のドアが張ってあり、
そこから続いた壁には本棚が置かれていた
時折急いでいたのか、面倒臭くなったのかわからないが
横に寝転がって置かれている本数冊が少し目立つ
その本棚の先にはまた新たな壁が垂直に広がっておりその先にはベッドがあった
黄緑の毛布に同配色の枕とクッションが1つずつ添えられている
池野は布団派、ユーヤは毛布派であったのでベッドの基準なんてホテルの感じでしかわからないのだが
恐らく、これが普通と言われるサイズなのだろう
質感は見かけによると日本のベッドより少し劣りそうだ
そのベットはちょうど角が部屋の隅に当たるらしいので再度垂直方向に視線をずらす
その壁の真ん中にはちょうど窓が張ってあった
人の顔程の硝子が2枚張ってある
どうやらその窓は開閉できるらしい
窓の両端には黄緑のカーテンが括り付けられている
どうやら何かしら模様が施されている様だが閉じられているのでどんな模様なのかはわからない
その窓から優しい日光が差し込んでいて
粒子サイズの埃が成す光の道の先には檜の床が鮮やかに照らされていた
少し膝先が暖かいと思ったらその日光が膝先に触れていたからだったのだと今更になって気づいた
その窓の下辺の横には机があった
何の木でできているのかわからないがこれも床と同様使い古されている感じがする
公立の学校の机と同じサイズ感の机の隅に花が一輪添えられていた
何の花かはわからない
薄ピンクから徐々に深紅に染まっていっている花弁が四方に広がっている
思わず見惚れそうだ
違う所を挙げるとすれば収納スペースや足も木製でそのスペースには申し訳程度に引き出しが設けられていた
引き出しの取っ手は金属製らしい
その机の手前には同じ質感の椅子がついてあった
美術室でよく見る椅子に背もたれが付いたような形状だ
その机も角と部屋の隅がくっ付いている
新たに垂直に伸びた壁の先にはソファがあった
ヨギボーのような明らかに人をダメにしそうなソファーが置いてある
その横にはまた垂直に壁が伸びており、すぐ横に最初に目に付いたドアがある
4隅に本棚、ベッド、机、ソファが置かれた部屋
すぐに転生先の部屋なのだろうとわかった
日光が差さった床に手をつき、立ち上がる
じんわりと手に太陽の暖かさが残っていることを感じながら裸足で4歩進む
目の前には窓があった
右側の硝子をガラッと左側に引く
瞬間暖かい微風が吹き込んで頬を撫でていく
正しくスローライフをせんとばかりの長閑な風景が広がっている
道の脇には草が生い茂り所々に木が生えている
鳥が出てきたのでその元を見ると山が続いていた
「おーーーい!ミートラー!あーそぼー!」
叫び声が下から聞こえた
その声を聞いた途端自分のプロフィールを自覚した
自分…いや、私はミトラフック、ミトラフック・ボルタス
皆からミトラって呼ばれている
淡い緑のショートヘアで、腰の辺りから蛾の後翅を模したであろう翅が生えている
確か…17歳だった筈だ
下で私を呼んでいるのは友達のサリアだ
サリア・パトールだ
「わかったーちょっと待っててー!」
部屋を飛び出すと廊下があり、
似たような扉が2、3奥にも続いている
その先には階段が続いていた
階段を降り、右手に見た先の一階の廊下にも扉があったが奥に一つだけだ
恐らく、この建物はアパートだったのだろう
階段先に少しだけ伸びた廊下の先に玄関らしい扉がついている
その扉を開けるといきなり明るい日光が差してきた
紫色の瞳孔を半目にした状態で前を眺める
左手を腰に添え右手でピースをしている少女、サリアがそこに立っていた
橙色のロングで私よりも少し背の高い女の子
灰色の瞳だというのになんでこんなにも綺麗なのだろうか
その子は背筋辺りから蜂の羽を垂らしている
そして何よりも“絶壁”なのである
「いえーい」
サリアは歯を出した笑顔で迎えてくれた
「遊ぶって…どこで遊ぶの?」
「ウチらってさお金、ないじゃん?」
あー…なんだか嫌な予感がした
「すぐ近くにさギルドが出来たからさ!一回行ってさ!クエスト!やってみようよ!」
案の定だ…これで大体嫌な目に遭って新たな人生をスタートする羽目になるんだ
「えー…危なくない?なんかあったら嫌だし…」
「バーカ!憲法上だったらクエスト受注は15歳からでもできるし、実際15歳の冒険者もいるんだしさ」
「私たちって、冒険者じゃないよね?」
「うっさーい!いいからさ、行ーくーの!いいーじゃんさー!ウチのパパが言ってた!魔法っていうのはこの世界に循環する『風』を練ったり発散させたりして使えるものだって!だからウチら『シルフ』は四精霊の中でも『風』を操る部族だから、魔法に関してはスペシャリストなんだって思うの!ウチは!」
サリアは私の手首を持って体重任せに引っ張った
「でもギルドって人間がいっぱいいるでしょ?人間たちって魔物=迫害されるってイメージだから警戒されちゃうよ?」
「あうぅ…!」
そう、この世界は300年前『第三次魔人戦争』で人間軍が敗退した。
魔物は人間たちとの共生を望んでいたが、人間たちは野蛮なので勝者の方がカーストで上に立つという理念らしい
更に凶悪な魔物もいるらしい
長寿の魔物例えばエルフや巨人族と呼ばれる奴らや
魔神といい神格化された魔物から迫害を受けたりした歴史があるので
人間は魔物に対する警戒心が昂っている
…もしかしたら転ばぬ先の杖の正当防衛で
——殺されるかも
「だ、だからさ!止めよう?人間がいる街なんてさ!何されるかわかんないよ…拉致されていかがわしいお店でタダ働きさせられたり」
「ウギ⁉︎」
「嬲り殺されたり…」
「ヒィッ…」
「石を投げられるかも…」
「はうぅ…アンタねえ…なーんでそんな想像力は豊かなの?」
しまった…杞憂と判断されたようだ
「ヘンな偏見持たれるぐらいならさ!ウチらで払拭しようじゃん?」
あー、終わった…こうなったら絶対にこの子は引き下がらない
「うーん…でもなあ」
「いーじゃんか!ね?行こ?ギルド?クエストして、お小遣い貰おう?」
「別にお金なくたって…」
バッ…!
サリアがチラシを突き出した
今春限定!
桜薫る癒しのスイートパフェ!
ゴクリ…
思わず唾を飲む
「これさ…スポンジ生地とか苺ホイップとか桜桃ゼリーから成る合計8層のパフェなんだって…」
「お…美味しそう…」
「一番上には贅沢にも粉砂糖と金粉を塗した桜桃クリームが角を立たせて鎮座してるよ?その周りを彩る4個の苺を使用した8切れの苺、これどう思う?」
「た…食べたい」
「しかも!チョコクッキーやバニラの葉もいいアクセントになっているよねー」
「な…何ルリするの?」
「ああ!お値段は!3600ルリ!流石のお値段!さて、君のお財布には何ルリ入ってる?」
コンマ1秒で財布を開く
「130ルリしかない…」
「おや〜奇遇だねーウチも240ルリしかないんだーそんな時に…これ!」
サリアはまた別のチラシを見せた
微精霊駆除のお願い
クルマ霊園の管理員が体調を崩されたので代わりに異常発生した微精霊を駆除して下さい
このままでは微精霊が撒き散らす魔法で死体がアンデット化してしまいます
勇敢な冒険者様どうかお願いいたします
報酬 完全駆除の場合一人1700ルリ
「こ…これって…」
「1700ルリだってさ、二人合わせて3400ルリ
クエスト税で5%引かれるとして3230ルリ、そこでウチらの370ルリを足してみてよ」
「3600ルリ…!」
「これはもう…行くしかないっしょ?」
ミトラフック、悶絶
「わた…私…どうしたらいい?」
その問いに答えるようにサリアが顔を近づけた
心なしか目元に不穏な影ができて不適な笑みを浮かべている
「欲望に忠実になりなよ?」
「う…うぅ…」
「どうしたいの?このパフェ?食べたいの?」
「た…食べたい…けど…!」
「けど?何?何か食べたくない理由があるの?」
「そうじゃ…ないけど、」
そして思い出したかのようにサリアが唱える
「因みにそのパフェ
明日で終わりだよ?」
「何やってるの!すぐ行こう!すぐにクエストおおお!」
この調子だとミトラフックの寿命もすぐ近いのかもしれない




