第44章 宮園未来がABCレコード社長に
社長が不在だった。ABCレコードは渚が社長代行をしていた。社長の一人娘未来が大学在学中にABCレコード社長に就任すると新人の発掘にチカラを入れる。美織には新人への作詞作曲と曲の提供をお願いしてABCレコードに在籍してもらった。その頃美織は成城学園高等学校へと未来が高等学校へと上がる際に美織も高等学校音楽教師と編入していた。全国中学校吹奏楽部コンクールで金賞を取った事で自動的に高等学校へと上がる未来達吹奏楽部の顧問を任せると理事長から懇願により高等学校へと移動してそれから毎年成城学園高等学校吹奏楽部は全国高等学校吹奏楽部コンクールで金賞を受賞して現在に至る。成城学園高等学校吹奏楽部は全国区で吹奏楽部は有名になっていた。美織の指導のおかげである。美織は新潟に帰りたい気持ちがあったが中々帰れそうにない。そんな時に宮園拓哉の裁判が始まった。原級留置を求め沢山の仲間が証言台に立ってくれた。まず、一人目、演歌歌手の黒川さよりだ。「私も初出場から毎年11月になると身体の関係をせがまれて、もう、20年以上になる。」と訴えた。アイドルグループの迫田景子も同じ、アイドル歌手の中川きょうこも何度も何度も誘われた。「宮園さんは、方法は間違っていたが私達の事を考えての事だと思う」と証言した。美織も「私が一番悪い。私が断ったからだ。」と自分を責めた。その他田所伸二の悪行を弁護士が述べた。それで判決が出た。「主文、被告、宮園拓哉を懲役10年とする。」裁判所はどっと沸いた。記者が部屋からかけて出て行く姿がみられた。検察は不服申し立てをした。裁判官により却下された。アメリカからの圧力もあった。アメリカ側の犯人を厳しくするから宮園は軽くしてやれと首相あてに電話があったそうだ。「今回の判決は特別なパターンだな?勝因は歌手の皆さんの証言と田所の悪事が裁かれた結果であり、アメリカからの協力が大きな裁判だった。無期懲役はあっても、死刑になるとは考えて無かったと付け加えた。」と角田弁護士が記者会見で述べた。




