エピソード93:絶望の包囲網、蛇の祝杯
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連合軍の結集、進む反撃の準備。
すべてが順調に見えるその裏側で、静かに、しかし確実に「破滅の足音」が近づいていました。
ナバールが信じた最善の策を、冷酷な悪意が塗り替えていく。
物語は、これまでにない最大の危機へと突入します。
婚姻の儀から数日。
連合軍の計画は、驚くほど滞りなく進行していた。
ナバール率いる精鋭部隊と守護竜セトを乗せた魔導船は、予定通り東の要衝エイシェンツリーへ到着。
四カ国の首脳が集まり、対帝国への軍議が幕を開ける。
同時に、大役を終えた魔導船はエイルたちと共に南下。
最終調整のため、安全な後方拠点であるエタン魔導王国へと入港した。
国を挙げた反撃の機運は、今や最高潮に達していた。
――ただ一人、ドラグーン北部を治めるカリオーテ公爵を除いて。
ドラグーン王都、公爵邸の最深部。
日の光を拒絶した暗がりのなかで、カリオーテは安物の酒を喉に流し込んでいた。
その目は、机上に広げられた地図を、まるで獲物をいたぶる蛇のように見つめている。
「くく……、ハハハ! 傑作だな、ナバール。不器用な子供たちが寄り集まって、ままごとじみた軍議か」
彼は地図の上に置かれた「エタン」の駒を、細長い爪でカチリと弾いた。
「簒奪者の息子が。お前がその薄汚い血を混ぜた女を抱き、未来を語っているその瞬間……絶望がすぐ後ろまで迫っているとも知らずに」
カリオーテにとって、ナバールの存在そのものが「穢れ」だった。
既に魔王へと堕ちたヴェルガーへの、歪んだ忠誠。
「ギルフォードよ、手筈通りだ……。我が領地を通り、あの『スインウィッシュ』の抜け道を抜けろ。そこがお前たちの凱旋路になるのだからな」
返るはずのない言葉を闇に投げかけ、彼は指先で地図の山脈をなぞった。
カリオーテは、王の信頼を逆手に取り、南部の国境守備隊へ偽の伝令を出していた。
『エイシェンツリー防衛を最優先せよ。国境の兵はすべて東へ転進せよ』
今、ドラグーンの南はがら空きだ。
誰も通れぬはずの霊峰から、魔王軍の本体が音もなく溢れ出している。
ドワーフの同盟から得た「鉄の怪物」――魔動戦車を引き連れて。
「エイシェンツリーを空から叩けば、あの愚かな王は必死に民を守ろうとするだろう。その隙に、我らが本隊は無人の野を行くが如くエタンを蹂躙する」
カリオーテの想像のなかで、惨劇が色彩豊かに描き出される。
逃げ惑う民。焼き払われる街。そして――。
「不器用な王妃殿下はどうなるかな? 王を助けようと船を弄っているその最中に、魔族の手にその細い首を掴まれるのだ。……ああ、なんと美しい光景だろうか」
彼はエイルとナバールが交わした温かい約束を思い出し、不快な笑い声を上げた。
「国を救うか、女を救うか」――究極の二択に歪むナバールの顔。それが、彼がもっとも欲している報酬だった。
「箝口令? 結構なことだ。おかげで外部からの異変は届かない。お前たちが『最善』と信じて固めたその布陣こそが、自らの首を絞める絞め縄になるのだよ」
カリオーテは地図を勢いよく握りつぶし、闇のなかで歯を剥き出しにして笑った。
「祝杯の準備をしておけ、ヴェルガー様。今宵、ドラグーンの希望は、跡形もなく消え失せる」
エイシェンツリーの上空に、不吉な魔族の影が躍った。
南の地平からは、大気が震わせる鋼鉄の軍靴の音が迫っている。
惨劇の幕は、もう、下ろすことすら叶わない。
最後までお読みいただきありがとうございました。
エイルの「抱っこ」の余韻を吹き飛ばすような、カリオーテの非道……。
作者としても書いていて胸が痛みましたが、この絶望が深いほど、これからのナバールの戦いが熱くなるはずです!
果たして、エタンに向かったエイルの運命は――。
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