エピソード92:王の進軍、妃のわがまま
いつもご愛読いただきありがとうございます。
婚姻の儀を終え、束の間の安らぎ。
しかし、ナバールの視線は既に「次なる戦場」を見据えていました。
それぞれの役割、それぞれの覚悟。
そして、出発を前にエイルが見せた、意外すぎる「わがまま」とは――。
婚姻の儀を終えたばかりの熱が冷めやらぬまま、
俺たちは軍議の間に集まっていた。
喜びの余韻に浸る間もなく、
俺は机の上に大きく地図を広げた。
「ボナヴィスタ王とアストリア王に伝令を飛ばした。
四カ国会談はエイシェンツリーで行う」
俺が東の「大樹の国」へ駒を進めると、アルテオが深く頷いた。
「あそこなら連合の結集もしやすい。
賢明な判断だね、ナバール」
「ああ。全軍をエイシェンツリーに集結させ、
そこを拠点に帝国へ反撃する。
これ以上、奴らの好きにはさせない」
俺の言葉に、ガーランドたちが力強く拳を叩き合わせた。
だが、問題は魔導船だ。
修理の目処は立ったが、飛行の微調整がまだ完全ではない。
俺は一同を見渡し、一つの決断を告げた。
「俺と戦闘メンバー、そしてセト様は、まずエイシェンツリーで降りる。
その後、エイルとドワーフたちは魔導船と共にエタンへ向かってくれ」
これにはエドルが「ほう」と眉を上げた。
「なるほど、後方の安全を確保しつつ、戦力を先行させるわけですな。
エタンは南の果て……。軍事的には最善の手と言えるでしょう」
俺は頷き、本国に残る者たちを見つめた。
「国内はエドル、あなたに任せます。
そしてサムソン。お前は騎士団の半分と共に、ここに残ってくれ。
国内の防衛と……カリオーテの監視を」
最強の盾であるサムソンをここに残す。
それが、鼠に対する最大級の備えだった。
計画は整い、誰もが役割を噛みしめる中、
エイルが不意に俺の手を握りしめた。
「分かったよ、ナバール。……アタイは、あんたが驚くような
最高の船を仕上げて、必ず迎えに行くからね」
「ああ、信じているよ。……気を付けてな、エイル」
最後に母上が鋭い視線で全員を射抜いた。
「この作戦は、世界を左右する。
絶対に漏らすことのないように。
カリオーテ公爵の耳に入れば、すべてが破綻するわ」
一同は深く頷き、それぞれの準備へと解散した。
――夜を迎え、俺はエイルと二人、自室へと戻った。
「ナバールはすごいね。この後の事をしっかり考えてて。
アタイなんか……」
エイルが少し俯いて、自信なさげに呟く。
「エイルの方がずっとすごいよ。
知らない国に連れてこられて、いきなり結婚だもん。
不慣れな作法まで勉強してくれて……俺は、嬉しいんだ」
「嬉しい?」
「俺のためにこんなに頑張ってくれるエイルが、
愛おしくてしょうがないんだよ」
「アタイの方が年上なんだ。頑張るのは当然だよ……」
そう強がるエイルの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
俺は彼女の肩に手を置く。
「お姉さんじゃないエイルがいいな」
その言葉に、エイルは顔を真っ赤に染めて、
もどかしそうに視線を泳がせた。
部屋着の袖をぎゅっと握り、指先をいじいじと動かしている。
「……っ。あ、あのね、ナバール」
潤んだ瞳でじっと俺を見つめると、
彼女は頬を林檎のように赤くして、震える声で手を伸ばした。
「……抱っこ。抱っこ……して欲しい。ダメ、かな?」
小刻みに震える両手を広げて、今にも泣き出しそうに甘える彼女。
不器用な彼女が、鎧も意地も全部脱ぎ捨てて見せたその姿は、
何よりも眩しく、愛おしかった。
俺は、明日からの激動を前に、
大切な「妻」を壊れないよう優しく、力強く抱きしめた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
軍議でのキリッとしたナバールも良いですが、最後の甘々タイムには作者も筆が止まりそうになりました。
エイルの「抱っこ」、破壊力が凄まじかったですね……!
不器用な二人が、夫婦として少しずつ距離を縮めていく姿を楽しんでいただけていれば幸いです。
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