エピソード91:固めの盃、深淵の視線
いつもご愛読いただきありがとうございます。
ついに執り行われる、ナバールとエイルの「婚姻の儀」。
純白の衣装に身を包んだエイルの美しさに聖堂が沸く中、ナバールの視線は一人の「裏切り者」に向けられていました。
祝福と殺意が交錯する、緊迫の式典が幕を開けます。
城内の聖堂。
そこには選りすぐられた有力貴族、騎士団幹部、そしてナバールの家族たちが集まっていた。
国を挙げた披露宴は、平和を取り戻した後に。
今日は法的に、そして儀式的に二人の魂を固める「婚姻の儀」が執り行われる。
聖堂の重厚な扉が開く。
現れたエイルの姿に、参列者からため息が漏れた。
ドラグーン王国の伝統的な純白の花嫁衣装に身を包んだ彼女は、いつも油や煤に汚れていた姿が嘘のように輝いている。
日焼けした健康的な肌が白地の布に温かく映え、ピンクの癖っ毛がベールの下で初々しく跳ねていた。
俺は彼女の手を取り、静まり返ったバージンロードを歩き出す。
祝福の拍手の中、俺の目は最前列に座る一人の男を捉えた。
カリオーテ公爵。
この国で最大級の領地を持ち、先代アラン王の時代から「純血」を信奉してきた保守派の筆頭。そして、かつて王位を争った俺の伯父、魔王ヴェルガーを国王に推していた男だ。
(カリオーテ……。お前が伯父上と繋がっているのは分かっている。今はわざと泳がせているだけだ。必ずその罪、償わせてやる)
父上が亡くなったあの襲撃さえ、こいつが手引きしたのかもしれない。
怒りで拳が震えそうになるのを、エイルの柔らかい手の感触が押し止めてくれた。
祭壇の前。証人として控えるのは、銀髪の美女の姿をしたセト様だ。
カリオーテら純血派の貴族たちは、伝説の守護竜が「混血の王」と「ドワーフの娘」を認めている現実に、沈黙を守るしかなかった。
セト様が、凛とした声で問いかける。
『ナバールよ、エイルよ。お主らの魂は、例え世界が裂けようとも一つであることを誓うか?』
「誓います」
「……アタイも、誓うよ」
指輪を交換し、正式に俺たちは夫婦となった。
儀式が終わると、参列した貴族たちが祝辞に訪れる。そして、ついにカリオーテが目の前に立った。
「ナバール陛下、そしてエイル様。此度は誠におめでとうございます……」
慇懃に頭を下げるカリオーテ。しかし、その細い瞳には祝福の色など微塵もなかった。
「ドワーフの妃とは、いかにも陛下らしい……『混じり合った』選択ですな。ヴェルガー様がここにおいでなら、さぞ驚愕されたことでしょう」
祝辞を装い、あえて魔王の名を出す明白な挑発。
隣でエイルが僅かに身を固くした。俺は彼女の肩を強く抱き寄せ、不敵な笑みで跳ね返した。
「公爵、ありがとう。……伯父上が驚くのは、これからだよ。俺たちは『混じり合う』ことで、お前たちが決して到達できなかった力を見せる。せいぜい特等席で見守っていてくれ」
「……フフ、楽しみにしておりますよ」
彼は不気味な笑みを残して立ち去った。
アイリス様とエドルが、背後から冷たい視線で彼の背中を射抜いている。
俺とエイルはバルコニーへと進み出た。
外では、俺たちを一目見ようと集まった国民が、爆発的な歓声で迎えてくれる。
歓喜に沸く国民と、その背後で冷ややかに俺たちの背中を睨む裏切り者の影。
俺はエイルの手を握る力を込め、同時に腰の剣の柄を強く意識した。
「幸せ」と「復讐」と「裏切り」が混ざり合った、嵐の前の静寂。
俺たちの本当の戦いは、ここから始まるんだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
晴れて夫婦となった二人ですが、やはり一筋縄ではいかないのがドラグーン王宮。
内通者カリオーテ公爵の不気味な影が、幸せな時間に冷たい風を吹き込みます。
ナバールの「特等席で見守れ」という言葉に込めた覚悟、皆様に届いていれば嬉しいです。
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