エピソード77:迷える者を導く聖母
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今回はナバールたちの預かり知らぬところで進む、ドラグーン王国側の様子をお届けします。
ドラグーン王国の空は、かつての戦火を忘れさせるほどに高く、青い。
しかし、その静寂の裏側で、国は未曾有の変革期を迎えていた。
城壁の上に立つクリスは、眼下に広がる練兵場を見つめ、静かに呟いた。
「……ふぅ。なんとか、形にはなりましたね」
隣で図面を広げるアイリス王太后に、クリスは恐る恐る声をかける。
「……しかし、アイリス様。流石にこれは『やりすぎ』では?」
「あら、クリスちゃん。防衛に『やりすぎ』なんて言葉、技術者の辞書にはないわよ?」
返ってきたのは、オイルの染みた軍手を外し、爽やかに微笑むアイリスの鈴を転がすような声だった。
視線の先には、ザッ、ザッ! と一糸乱れず隊列を組む一万人の新生魔法師団。
その中核を担うサリバンとビオラは、クリスの地獄の特訓により、もはや「個」ではなく巨大な「魔導回路」の一部として駆動していた。
「見てなさい。前線の防衛、後方の戦闘、そして救護。この三つが歯車のように噛み合えば、一人の英雄に頼らずとも国は守れるわ」
「理屈はわかりますが……この、城壁から生えている無数のバリスタは何ですか。ハリネズミでも目指してるんですか?」
「失礼ね。地上の敵を串刺しにする『対地上魔導バリスタ』と、空を埋め尽くす魔獣を焼き払う『対空速射魔導バリスタ』よ。可変式だから、緊急時には城ごと変形するわ」
アイリスが広げた最新の設計図の中央には、もはや一国の城とは思えぬ異様な巨砲が鎮座していた。
「名は『ステラ・マリス(迷える者を導く聖母)』。敵には絶望の光を、我が民には帰るべき場所を示す導標となるでしょう」
「……聖母のやることじゃないですよ。これ、当たったら敵が地図から消えますよね?」
一方、城外の演習場では、ガキンッ、ギンッ! と金属の打ち合う音と地響きのような怒号が轟いている。
「拳に、剣に、その魂にオーラを宿せ! 魔法を恐れるな、オーラで切り伏せろ!」
サムソン団長の咆哮が飛ぶ。彼はオーウェンから引き継いだ騎士の極意――「オーラ修行」を全団員に課していた。
「我々は先の魔族の襲撃により、守るべき民を、王を失った。すべては己が弱いからだ。ならば強くなればいい。顔を上げろ。もう二度と、あんなことは起こさせない!」
かつての華美な儀礼を捨て、実戦にのみ特化した泥臭い鍛錬が、彼らを真の盾へと変えていく。
「内政も順調と言っていいでしょう。エデル殿の手腕には驚かされます」
エデルは荒廃した国土に新たな息吹を吹き込んでいた。食糧自給率の向上、貿易ルートの再構築。ただ耐えるだけでなく、経済という血流を循環させることで、国の「基礎体力」を底上げしていく。
「若者たちが泥にまみれて強くなろうとしている。ならば、私はこの国を、絶対に崩れぬ鋼の檻に変えてみせましょう」
窓の外を見つめるアイリスの瞳には、愛する者を守れなかった後悔を塗りつぶすような、凍てつく決意が宿っている。
「……この国は、私が守る。神だろうが魔族だろうが、指一本触れさせはしない」
アイリスが引いた「線」は、もはや単なる設計図ではない。ドラグーン王国が生き延びるために手に入れた新たな「牙」そのものだった。
その圧倒的な迫力に気圧されながら、クリスはボロボロになった罪状メモ(アルテオ用)を握りしめ、天を仰いだ。
(……私、そろそろエタンに帰っていいですよね? 死ぬほど胃が痛いんですけど)
そのつぶやきは、無慈悲に響く要塞砲の点検音にかき消された。
最後までお読みいただきありがとうございました。
母アイリスによる驚愕の国家改造……。
かつての悲劇を繰り返さないための彼女なりの執念が、この国を大きく変えようとしています。




