エピソード101:生ける償い、不器用な赦し
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激闘が幕を閉じ、ひとまずの静寂を取り戻したドラグーン。
しかし、ナバールにはまだ、果たさなければならない重大な役目が残っていました。
それは、囚われの身となった叔父ヴェルガーとの対峙。
罪の重さに死を望む叔父に対し、新王ナバールが告げた「あまりにも不器用な決断」とは――。
オルディオスの魂とギルフォードは、北のスインウィッシュの方角へと逃げ延びた。
統制を完全に失った魔族の軍勢は散り散りになり、長く苦しかった戦争は、ここにひとまずの終わりを迎えた。
多くの犠牲者を出してしまったが、それでも戦争という大災厄の中にあっては、最小限の被害で済んだと言えるだろう。
この戦いを経て各国の同盟は強固なものとなり、長年続いていた種族間のわだかまりも、これからは少しずつ消えていくはずだった。
俺は各国の王たちにヴェルガー叔父上の件を話し、その処分については俺とセト様に一任してもらうよう願い出た。
王たちは納得し、それぞれの国の体制を整えるために一度帰国していった。
――ガシャアン。
薄暗い地下の牢獄に、重苦しい鉄格子の音が響く。
本当は、呪縛の解けた叔父上にこんな真似をする必要なんてないのかもしれない。
けれど俺は、奴を重い鎖で繋ぎ、冷たい牢へと閉じ込めていた。
ヴェルガーが目を覚ましたという報告を受け、俺はセト様、正式に婚姻を終えたエイル、そして母上であるアイリス皇太后と共に牢へと向かった。
地べたに座り込んでいた叔父上は、俺の姿を見るなり、鋭い眼光で睨みつけてきた。
「……何故、私を殺さなかった!」
開口一番のその言葉に、俺は平然と答える。
「そうする必要が無かったからですよ」
「ふざけるな! 俺はお前の父親を……アランを、この手でかけた男だぞ!」
激昂する叔父上を見つめながら、俺は静かに問いかけた。
「その、すべてのきっかけを知りたいんです。
ヴェルガー叔父上、あなたはいつからギルフォードと接触していたんですか?」
背側に控えていたセト様が「ヴェルガーよ、答えよ」と低く声をかける。
その威厳に、叔父上は反射的に身を正して深く頭を下げ、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
「……ギルフォードが私に接触してきたのは、私の成人の儀が終わったすぐ後です」
「そんな前から……」
俺が絶句する中、叔父上は遠い目をしながら続ける。
「お祝いにとカリオーテに食事に誘われ、その席に人の姿をしたギルフォードがいた。
酒を酌み交わしているうちに私は酔い潰れ、気づけばカリオーテの屋敷のベッドの上だった。
その時からだ……胸の奥で、何とも形容しがたい禍々しい何かが蠢いているような奇妙な感覚があったのは」
それが、オルディオスの魂を植え付けられた瞬間だったのだろう。
「それからだ。元より優秀な兄上に対し、少なからず劣等感を抱いていた私に、カリオーテとギルフォードは『お前こそがアランより優れている』と囁き続けた。
甘い言葉に毒され、私の心は次第に変質していった」
「それで……王位を争うことに?」
俺の確認に、叔父上は苦しげに頷いた。
「そうだ。そして、兄上とお前の母であるアイリスの婚姻の話が持ち上がった。
純血主義を頭に叩き込まれていた当時の私は、その決定に憎しみしか湧かなかった。
だが、他国からの賛同はすべて兄上へと集まり、私は完全に失脚したのだ」
後ろで聞いていた母上が、小さく息を呑む音が聞こえた。
「その後はカリオーテたちの手引きで魔族領へと下り、兄上への憎しみだけを糧に力を蓄えた。
呼応するように身体の中の禍々しい力も強くなっていった。
私は力で魔族の王となり、兄主に賛同した他国をも巻き込んで復讐を開始した。
そして――」
叔父上は、自分の歪んだ右腕を見つめながら自嘲気味に笑う。
「カリオーテからの内通を受け、ナバール、お前が不在のあの日を狙って襲撃し、兄上を手にかけた。
かつて兄上に切り落とされたはずのこの腕も、体内の異形の力によって元に戻っていた。
代わりに、私の意識は日に日に奴らに乗っ取られ、奪われていった。
だが……先ほどお前と剣を交えた瞬間、頭の中で兄上に声をかけられたような気がしたのだ。
私の目の前には、若き日の兄上の面影を強く宿したお前がいた」
「父上が……」
「……ああ。兄上が私を闇から引き戻してくれたのだろう。
その時、私は心から思った。
この首を、ナバールに差し出そうと。
それが兄上への、そしてお前たちやこの国の国民へのせめてもの敵討ちになる。
少しでもみんなの気が晴れるなら、と」
叔父上の告白を、俺は黙って受け止めた。
「さあ、すべてを話した、ナバール。
……私の首をはねてくれ」
覚悟を決めた叔父上が、静かに目を閉じて首を差し出す。
俺は双剣を具現化し、鋭く一閃させた。
――カシャン!!
甲高い音を立てて、叔父上の身体を縛っていた重い鎖が地面に転がった。
「な、何……!? 何のつもりだ、ナバール!」
驚愕して目を見開く叔父上を、俺は冷たく見下ろした。
「償ってもらいます」
「償うも何も、私の罪は死罪だ! 生かしておく理由などない!」
「もちろん、叔父上のしたことは、操られていたとはいえ決して許されることじゃありません。
だからこそ、死ぬよりも辛い償いをしてもらうと言っているんです」
俺は剣を収め、一歩踏み込んだ。
「死を迎えるその最後の瞬間まで、粉骨砕身、我がドラグーン王家のために尽くしなさい」
「そんな狂った沙汰が、他国や民にまかり通るわけがないだろう!
アイリス、お前だって私が憎いはずだ!」
叔父上は堪らず、後ろの母上へと顔を向けた。
母上は静かにため息をつき、寂しげに微笑んだ。
「確かに、あなたのことは憎いわ。
……でも、この国の新たな王であるナバールがそう言うのだもの。
私は王の決定に従うだけよ」
「しかし……っ!」
往生際の悪い叔父上の胸ぐらを、俺は力任せにつかみ取った。
「くどい!! 誰のせいでこんなことになっていると思っているんだ!
たとえオルディオスの仕業だったとしても、父上や他の王族を殺したのは叔父上だ!
魔王としてエルフの村を襲い、多くの涙を流させたのも、アンタの率いる国がやったことだ!」
「うぐ……っ」
「死んで責任を取るなんて、生温いんだよ!
生きて、この国に、世界に一生をかけて償え!
そして、この世界がこれから平和になっていく姿を、その目で最期まで見届けるんだ。
……俺が『死ね』と言うまで、死ぬことすら絶対に許さないからな!」
ドン、と叔父上の身体を荒々しく牢の壁へと突き飛ばす。
叔父上は崩れ落ちるように座り込んだまま、返す言葉を失って無言で床を見つめていた。
俺はそれ以上何も言わず、背を向けて牢を後にした。
残された牢獄で、セト様が静かにヴェルガーへと歩み寄る。
「ヴェルガーよ。お主の死にたがる気持ちも分からんでもないが……。
ナバールの、あやつの気持ちを分かってやれない訳ではあるまい?」
「……セト、様……」
「罪がないと言えば、お主自身が納得せんだろう。
かと言って、お主の命を奪う考えなど、あやつには最初からない。
であれば、罪を償えと、形振り構わず生かそうとする道しか残されておらんのだ」
セト様は、牢の扉の向こうへと消えた少年の背中に、温かい眼差しを向けた。
「ナバールは、本当に優しい子じゃ。
……あやつに、あんな思ってもいない可哀想なセリフを、これ以上言わせるでないぞ」
その言葉を最後に、セト様も静かに地下の牢獄を立ち去っていった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ナバールの「俺が死ねと言うまで、死ぬことすら絶対に許さない」という叫び。
憎しみを超えた彼なりの赦しと、王としての冷徹な仮面を被った優しさに胸が締め付けられますね。
そして、それをすべて見抜いていたセト様の深い温かさ……。
一つの大きな区切りを迎え、物語は次なる真の決戦へと動き出します。
ナバールの不器用な優しさにグッときた方は、
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