エピソード99:不器用な王たちの系譜
いつもご愛読いただきありがとうございます。
ギルフォードの最期の呪縛により、姿を現したヴェルガー。
しかし、その瞳にはかつての威厳はなく、混沌と苦悶に満ちていました。
最悪の魔神と化した叔父を前に、ナバールの脳裏に去来するのは、決戦の前にセトと交わした「ある約束」の記憶でした。
ドンッ!!
戦場全体の空気が一瞬で凍りつくような、圧倒的なプレッシャーが吹き荒れた。
ギルフォードの言葉に応じるように現れたのは、禍々しい漆黒のオーラを全身から噴き出す、竜人化――いや、もはや魔神化と呼ぶべき恐るべき姿を遂げた、真の宿敵ヴェルガーだった。
だが、その姿はどこか異様だった。
かつての傲慢なまでの王の威厳はなく、その瞳は混沌に濁り、激しい苦悶に歪んでいる。
「……ア……、オレ……、ウ……、オ……」
ヴェルガーの口から漏れたのは、言葉にすらならない、獣のような呻き声だった。
完全に何かの意思に心を侵食され、理性を忘却しつつある男の姿。
ゾク、と背筋に冷たいものが走るのと同時に、俺の意識はふと、過去の記憶へと引き戻されていた。
それは、全ての決戦が始まる前――エイルとの婚姻の儀を無事に終えた後の、静かな夜のことだ。
俺はセト様と二人、これからの戦いについて、そしてかつて国を追われた叔父ヴェルガーについて言葉を交わしていた。
「セト様、少し昔の話を聞かせてほしいんです」
俺の問いかけに、人間の姿のセト様は静かに金色の瞳を向けた。
「成人の儀の時、竜の祠にやってきた若き日のヴェルガーは、決して今のような純血主義に凝り固まるような男ではなかった。
確かに、優秀な兄であるアランに、少なからず引け目を感じているような部分はあったがな……」
「それが、どうしてあんな風に変わってしまったんでしょうか」
「おそらくは、オルディオスの影響じゃ。
あやつの心の隙間に付け込み、精神的な支配を進めていったのだろうな」
「そうですか……。ヴェルガーは、叔父上は、ただ操られているだけ……」
胸の奥が、鈍く痛んだ。
ずっと憎むべき敵だと思い込もうとしていた男の、それが真実の姿なのかもしれない。
「ふむ、状況から推測するほかはないがな。
……おそらく、お前の父であるアランも、そのことに気づいていたのではないか?」
「父上が、ですか?」
予想もしなかったセト様の言葉に、俺は思わず声を上げた。
「ドラグーン王家に伝わる至高の剣を持ったアランが、反乱を起こしたヴェルガーの片腕を切り落とすに留めた。
我が知るアランの強さを考えれば、あの状況はどうにも腑に落ちんくてな」
「腑に落ちない、とは……」
「アランが本当にその命を奪うつもりなら、あの場でヴェルガーを完全に斬り伏せることなど容易だったはずじゃ。それをしなかった。
……やはり、アランも実の弟のことだ。
何者かに心を蝕まれ、かつての弟とは違う『何か』に変えられていることに、直感で気づいていたのじゃろう」
「父上……」
いつでも多くを語らず、不器用なまでに優しかった父。
あの背中が、最期まで弟を斬り捨てられずに苦悩していた情景が、目に浮かぶようだった。
「――そういうお主も、最初からヴェルガーを討つ気などないのだろう?」
セト様の悪戯っぽい、だが全てを見透かすような視線が俺を射抜いた。
「えっ……」
「ずっとお主の戦いを見てきたが、お前は一度だってヴェルガーを『仇』と呼ばず、『殺す』とも口にしなかった。
いつも、あやつを『止める』としか言わんかっただろ?」
「それは……」
指摘されて初めて、俺は自分の本心に気づかされた。
そうだ。父上はそもそも王位を争うつもりなんてなかった。
叔父上だって、本来なら兄と殺し合う理由なんてなかったはずなんだ。
「ええ……。父上も王位に執着していなかった。
争う理由なんて、最初からどこにもなかったんです」
「うむ。すべてはギルフォードやカリオーテに唆され、心を蝕まれていった結果じゃな」
「であれば……叔父上を、救うことは出来ないのでしょうか」
縋るような俺の言葉に、セト様は少しだけ表情を曇らせ、顎に手を当てた。
「我の聖属性魔法のすべてをぶつければ、その心を巣食う邪悪なものを打ち倒せるかもしれん。
じゃが、あれは威力が大きすぎてな。
我の力だけでは、標的の闇だけを狙い撃ちにするような細かいコントロールができんのだ。
間違えば、ヴェルガーの魂ごと消し去ってしまう」
コントロールができない。なら、答えは一つだった。
「では、その時は俺がコントロールします。
エイルがセト様の牙と爪から打ってくれた、この双剣で、セト様の力を導きます」
俺の不器用な申し出に、セト様は驚いたように目を見開き、それから愛おしそうにふっと微笑んだ。
「ふっ、大きく出たな、新王よ。
まあ、それもヴェルガーに少しでもまともな意識が残っていればの話じゃがな。
もしあやつの根っこがすでに完全に悪に染まりきっているなら、どうしようもないが……」
「そうですね……。でも、俺は信じたいです」
――回想から意識が戻る。
目の前には、未だ言葉にならぬ呻き声を上げ、大剣を構えようとする魔神の姿。
父上が命を取らなかった男。
俺が復讐ではなく、この手で「止めなければならない」と誓った男。
セト様とのあの日の約束、そして父上が遺した不器用な温かさを胸に、俺は一対の双剣を強く握り直した。
「叔父上……今、助けます」
俺の呟きと共に、すべての因縁に決着をつける、最後の戦いが幕を開けようとしていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
アランがヴェルガーの命を奪わなかった真実、そしてナバールがずっと使い続けてきた「止める」という言葉に込められた本当の願い。
すべてがこの一瞬に繋がり、胸が熱くなる回想回でした。
次回、エピソード100という記念すべき節目で、セトの力を宿したナバールの双剣が、魔神の闇へと挑みます!
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