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62 逃走

ミスティたちは飛天龍舟フェィティェンロンジォゥに乗って海、大南洋マレ・オーストラリスの上空を北上していた。その後を追う空気の渦。


空気の渦は今や直径10メテル(10メートル)以上の大きさになっていて、なおも周囲の空気を吸い込み続けている。


さらに海の波が巻き上がって、竜巻のように回転しながら空気の渦の中に吸い込まれていった。


ミスティたちにはもはや手の打ちようがなかった。このまま舟ごと空気の渦の中心の黒い球体に吸い込まれるか、あるいは可能な限り逃げ回り、いつかこの世界の空気がすべて失われ、全生物とともに息絶えるか、いずれの選択肢しか残っていなかった。


「私たちが犠牲になれば、この世界は救われるかもしれない」とミスティは考えた。


「でも、何もせずに負けるわけにはいかない。世界を救い続けたドロシアさんやターニャや女神兵ディースのみなさんの今までの苦労を考えるとっ!」


ミスティは対抗策を考えた。しかし何も思い浮かばない。その時、海面に青黒く東西に長く延びる帯が見えてきた。


海の中を横断する大河のような青黒い海面の縁には大小の渦巻きが発生していた。大南洋マレ・オーストラリスを初めて南下した時に見た大南洋海流アムニス・オーストラリスだ。


その時、ミスティの頭の中に『これに沿って飛べ』と誰かの声が響いた気がした。何かを悟ってメイムを振り返るミスティ。


「メイム、あなたの絶対障壁で世界を隔てる長く高い壁を作ることはできるの?」


「え?ええ。水晶隔離シゥイヂィングゥァリィーを世界を隔てる平坦な壁にすることはできるわ!」と答えるメイム。


「それを私たちと黒い球体の間に張って!できれば海面の青黒い海流の縁の位置に!」


「でも、あいつはすり抜けて来るわよ!」


「いいから、お願い!」


「わかった、お姉ちゃん!」メイムがミスティをドロシアと間違えて返事をした。


水晶隔離シゥイヂィングゥァリィー!」


世界を、いや次元を隔てる白く輝く壁が空気の渦の前に立ちはだかった。その瞬間、壁のこちら側の空気の流れや波が収まったかのように見えた。


しかし壁の向こう側の空気の渦が消え、壁の手前側に出現した。そのままミスティたちが乗っている飛天龍舟フェィティェンロンジォゥを追いかけてくる。


「やっぱりだめだったわ!」と叫ぶメイム。


「今出した壁はそのまま残しておいて」とミスティが頼んだ。


「何をする気?」と聞くターニャ姫。


「ミュリ、リュミ、舟を反転させて、あの壁に沿って飛ばして!」


「わ、わかりました!」と答えるミュリとリュミ。


舟は大きく旋回してUターンすると、空気の渦の横をすり抜けて壁状の水晶隔離シゥイヂィングゥァリィーに向かって行った。そして横に曲がり、壁に沿って飛んで行く。舟の真下には進行方向に向かって青黒い大南洋海流アムニス・オーストラリスが伸びていた。


空気の渦も舟の後を追い、壁に沿って飛んで来る。


「メイム、もうひとつ壁を出して、私たちを挟むようにできる?今度は青黒い海流のもう片方の縁の位置に出してほしいんだけど」


「や、やってみる!・・・水晶隔離シゥイヂィングゥァリィー!」額から汗を滲ませながら唱えるメイム。


おそらく絶対障壁を二つ同時に出したことは今までなかったのだろう。それでもメイムはもうひとつの壁を出現させ、舟と空気の渦、そして大南洋海流アムニス・オーストラリスは二つの壁に挟まれた。


この幅が狭い空間の空気と海水が黒い球体に吸い込まれていき、今や巨大な空気と海水の渦に変わっていた。2枚の絶対障壁の壁に接触せんばかりだった。


「壁の外側の空気は吸い込まれなくなったけど、私たちは逃げ出せないわよ。どうする気?」とターニャ姫が聞いた。


「メイムは過去から来たって言ってたわよね?舟ごと1年ぐらい過去に戻ることはできる?」とミスティはメイムに聞いた。


「それはできるけど、過去に戻るとこの壁は消えてしまうわよ。それにあの黒い球体も時間を遡ることぐらいできそう」とメイム。


「いいから、お願い。わけは後で話すわ」


メイムは自分では決めかねてターニャ姫の顔を見た。うなずくターニャ姫。


紅移ホォンイー!」メイムが叫ぶと舟全体が赤い光に包まれた。


次の瞬間、舟は何もない海上を飛んでいた。両側の絶対障壁の壁も、後から追ってくる渦も消え去っていた。


そして不思議なことに、海面の大南洋海流アムニス・オーストラリスも消えていた。どこか別の海上に瞬間移動したかのようだった。


「メイム、ここはどこなの?どこか別の場所に移動したの?」と聞くターニャ姫。


「いいえ。時間は遡りましたけど、同じ場所です」と答えるメイム。


「変ね。あの球体と絶対障壁の壁がなくなるのは当然だけど、海流まで消えるなんて・・・」


「そろそろ元の時間に戻っても大丈夫なはずよ」とミスティが二人に言い、二人が驚いてミスティを見つめた。


「ここにいてもあの球体は時間を遡って追って来ると思うけど、ずっと過去や未来に逃げ続けるの?」と聞くメイム。


「そうじゃないの。私の勘ではもうあれはいないはず」


メイムとターニャ姫はよくわからないという顔をしていたが、ミスティが自信満々に言うのでターニャ姫がメイムに合図した。


「じゃあ、球体から逃げていた時の直後に戻るわ。・・・紅移ホォンイー!」


次の瞬間、舟は同じような何もない海上を飛んでいた。両側の絶対障壁の壁も、後から追ってくる渦も、大南洋海流アムニス・オーストラリスもない。海面の波がやや強い気がするが、それだけの違いだった。ほんとうに元の時間に戻ったのか、疑問に思うほどだった。


「ついさっき、この場所で黒い球体に追いかけられていたはずなんだけど・・・?」と時間を越えて瞬間移動したメイム自身もわけがわからないようだった。


「さっき影使いの覇王(マスターシャドウ)、いえ、暗黒神が言っていたでしょ?ターニャたちと私の世界はまったく別の世界だって」とミスティが言った。


「ええ。意味がわからなかったけどね」とターニャ姫。


「暗黒神が私に語ったことによると、私たちの世界は彼らの世界の次元の狭間というところに生じた別々の世界。・・・空を飛んでも瞬間移動しても、本来は行き来できない世界どうしなのよ」


「でも、私たちはミュリとリュミの舟に乗って海の上を進むだけであなたの国に到達できたわ」


「その時、海の上に、ターニャが大南洋海流アムニス・オーストラリスと名づけた青黒い海流が流れていたわよね?」


「え?ええ。・・・この下にあったはずよ。今は何も見えないけど」


大南洋海流アムニス・オーストラリスは自然にできた海流ではなく、私たちとターニャたちの世界を繋げた境い目に当たる部分じゃないかと思うのよ」


「えええ!?」とミスティの言葉を聞いた全員が驚きの声を上げた。


「二つの世界を繋げた?半分に切ってくっつけたってことなの?誰がそんなことできるって言うのよ!?」とターニャ姫が叫んだ後で、はっと何かに気づいたようだった。


「ま、まさか、光明神?」


「こんなことをできるのは暗黒神が同胞と呼んでいた光明神ぐらいでしょうね」


「何のために?」


「ターニャたちの世界に飛ばされた私を、元の世界に戻して暗黒神と対峙させるためよ」


「信じられない話だけど、そんなことができるとしたら神様しかいないでしょうね」


「じゃあ、大南洋マレ・オーストラリスの南の水平線上に不思議な光が見えたのは、光明神様が私たちを呼ぶためにわざと放たれたものだったのでしょうか?」とナレーシャが聞いた。


「そうかもしれない。確かめようがないけど」とミスティは答えた。


「で、黒い球体はどうなったの?」とメイムが聞いた。


「私たちが過去に転移した直後に光明神が二つの世界の繋がりを剥がし、黒い球体を二つの世界の間に生じた狭間に落としたのよ。そんなことができるのかわからないけど。その結果、私たちとあなたたちの世界は元通りに別々になったんだわ」


「イメージとしてはわかりますが、とんでもないことです」とホムラが口をはさんだ。


「ところで、ここはどちらの世界なんですか?」


「おそらく、ターニャたちの国がある世界だと思うけど」


「じゃあ、私たちの国は?グェンデュリン辺境伯領は?ダンデリアス王国はどうなったのですか?」とピデアが聞いた。


「どこか遥か遠くの、私たちがたどり着けないところにあると思うけど」とミスティ。


「どうやって帰るのですか!?・・・それとも、もう帰れないの?」とティアも泣きそうな声で聞いた。


「メイム、ミスティの辺境伯領に瞬間移動できる?」とターニャ姫がメイムに聞いた。


「やってみる。・・・彩虹橋梁ツァイホンチィアオリャン!」メイムが叫んだが、舟はどこにも瞬間移動しなかった。


「・・・ミスティのお屋敷の上に転移するつもりだったけど、この世界には存在しないみたい」とメイムがしばらくしてから言った。


「もう、戻れないの?・・・私たちはどっちの世界でも生きていけるけど、辺境伯のミスティは困るんじゃない?」とココナが聞いた。


「・・・そうねえ」と考え込むミスティ。


辺境伯領の後を継ぐ者はいない。ジュビテイルとガランカナンが当面は治めてくれるだろうけど、後継者問題が表面化したらいろいろな騒動が起こるだろうな、とミスティは思った。


「帰れないのなら、みんな私のところに来なさいよ」とターニャ姫が言った。


「何とかして居場所を作ってあげるわよ」


その時、考え込んでいたメイムが、「いえ、問題なく帰れますよ」と断言した。


「どうやって?」と聞き返すターニャ姫。


「今はミスティの国はどこかに行ってしまって戻ることはできないけど、ナレーシャさんの国の人が海の果てに光を見た時から私たちが黒い球体から逃げていた時まではこの世界と繋がっていたのよ。だから、その間の期間に戻れば瞬間移動でも、舟でも戻れるはず!」


「なるほど、二つの世界が繋がっていたという過去の事実は変わらないのね!」とターニャ姫は叫んで手を叩いた。


「いちいち過去に戻らないといけないけど、これからもミスティたちの国と行き来することはできるんだわ!」


ホムラやティアたちは、意味はよくわからなかったが、元の国に帰れると聞いてほっとした顔をしていた。


「ありがとう、メイム」とミスティがお礼を言い、メイムは嬉しそうな顔をした。


「黒い球体が山を突き抜けて飛び出した時に、麓の町に被害がなかったか確認したいわ」とミスティが言い、みんながうなずいた。


「じゃあ、行きます。紅移ホォンイー!」とメイムが叫んだ。


次の瞬間、ミスティたちが乗る舟は海の上にいた。何も景色が変わっていないと一瞬思ったが、


「下を見て!」とスズが叫んだ。


海上には青黒い帯、大南洋海流アムニス・オーストラリスが出現していた。


「もうすぐこの舟と、空気の渦状になった黒い球体がこの近くへやって来るはず」とメイム。


「私たちが私たちに出くわしたら混乱するから、あの町の近くの山の上に移動しましょう」とターニャ姫が言い、メイムが「彩虹橋梁ツァイホンチィアオリャン!」と叫んだ。


次の瞬間、舟は山脈の上空にいた。眼下を見下ろすと、山脈の北側の山肌に大きな穴が開いていた。多少は土砂が崩れていたが、こちら側には海しかないので問題ない。


ミュリとリュミが舟を操って山脈の南側に回ったが、土砂崩れなどの被害はなさそうだった。


念のため被災していたあの町に接近すると、舟を発見した町長が町の外に出て来た。


地面すれすれまで舟を降ろし、「何か問題はないかしら?」とターニャ姫が声をかける。


「先ほど地面が少し揺れましたが、被害はなかっただ!」と町長が大声で答えた。


「困っていることはないのね?」


「はい、おかげさまで大丈夫ですだ!」


「そう、よかったわ。私たちは帰るから、後はなるべく自分たちでがんばってね!」


「ありがとうございましただ!」町長はそう答えてターニャ姫たちに向かって手を振った。


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