46 ミスティの力
ミスティは「南の海を調べてほしい」とのナレーシャ・ナラシャムル侯爵の依頼を聞いて、
「海の上を飛んで調べられるのですか?」とターニャ姫に聞いた。
「今の私たちにはできないけどね、昨日言ったでしょ?かつてのドロシアと同じ力を持っている子がいて、その子が、メイムという名前なんだけど、顔を出したら聞いてみるわ。そろそろ顔を出す時期なんだけど」と答えるターニャ姫。
「ところでほかの女神兵の方々にはミスティさんのことを伝えないのですか?」と支配人ニェートがターニャ姫に聞いた。
「女神兵?」と聞き返すミスティ。
「ドロシアを司令官とする私たちのことをかつては天翔軍の女神兵と称していたの。そこでは私は美姫天使、メイムは萌妹天使と呼ばれていたわ」
ドロシアさんの呼び方がちょっと雑だな、とミスティは思った。
「ドロシアがいなくなったから、今はそういう呼び名はしなくなったけどね。・・・元女神兵たちはみんなドロシアに会いたがるでしょうけど、ミスティが自分ではないと言っているから、会ってもややこしくなるだけよ。もう結婚している女神兵もいるしね」
「私はドロシア様でなくても、そっくりなミスティ様に出会えただけで嬉しかったです」とナレーシャが言った。
「侯爵様、私のことはミスティとお呼びください。様はいりません。みなさんも同じようにしてください」とミスティは同室の人たちに言った。
「わかりました、ミスティ。私のことはナレーシャとお呼びください」とナレーシャ。
「そうね。私たちの間では敬称は不要よ」とターニャ姫も言った。しかしそこまで割り切れる人はいないようだったが。
その後、同じ部屋で昼食会となった。どこかの料理屋に頼んだ料理が次々と運ばれ、ターニャ姫もナレーシャも、おそらく平民であろうニェートたちと楽しく会話をしながら食事を進めた。
「昔は天翔軍でいろいろなところに行ったわ。野営もあったし、皇族だの貴族だの関係なかったわね」とターニャ姫が楽しそうに話した。
ニェートたちは、「ミスティ、これもどうぞ」としきりにミスティに料理を勧めてきた。彼女らが自分にドロシアを重ねて見ているのだろうとミスティにはわかっていたが、彼女らの厚意を甘んじて受けた。
「ところでメイムが来たら、誰を南の海に同行させるの?」とスズがナレーシャに聞いた。
「ターニャ様・・・ターニャ、女神兵を何人か連れて行きますか?」と聞くナレーシャ。
「そうねえ。舟を出してもらうからミュリとリュミには来てもらわないとね。何日か飛び続けることになるかもしれないから。・・・となると、空を飛ぶことができるスズとマリアナにもいてほしいわね」とターニャ姫がこの場にいない人たちの名前を口にした。
「3人は今どこにいますか?前はこの演芸場にいたと思いますが?」とナレーシャが聞いた。
「3人とコナはメイムと一緒に帰省しています」とニェートが答えた。
「じゃあ、もうすぐ戻って来るわね」とターニャ姫が言い、ミスティに「ミュリとリュミは双子の歌手、コナはダンサー、マリアナは演芸場の裏方として働いているの。みんな女神兵だったのよ」と囁いた。
一度に数人の人たちと会わされて、この場にいない人たちの話も聞いて、ミスティは混乱気味だったが、今後彼女らとはそれほど深い関係にはなるまいと高をくくっていた。南の海に行くことも、自分には無関係だとミスティは思った。
その時、突然ドアが開いて女の子が飛び込んできた。室内にいたミスティたちは全員驚いてその少女に注目する。
「た、大変です、支配人!」
「どうしたのよ!?ターニャ様もいるのよ!」立ち上がって聞き返すニェート。
「無礼は承知で、大変なんです!舞台の準備をしていた子が宙吊りになって!」
「と、とにかく、舞台に行くわ!」そう言ってニェートたちはターニャ姫に一礼すると、あわてて部屋を出て行った。
「私たちも行きましょう!」立ち上がってミスティとナレーシャに声をかけるターニャ姫。二人はうなずいてすぐに立ち上がった。
劇場への入り口を知っているターニャ姫たちの後から小走りでついて行くミスティ。劇場の扉を開けて中を見ると、ステージの緞帳がステージ上に落ちていて、その上の緞帳を持ち上げるためのロープを通していた滑車にひとりの少女がぶら下がっていた。
「どうしたの!?」近くに立っていた演芸場のスタッフである少女に聞くターニャ姫。
「緞帳を吊り上げていたロープが切れて、そのロープに飛びついたあの子が吊り上げられ、落ちる寸前に滑車をつかんだのです!」
ステージ上にはニェートが上がっていて、「早く!クッションをたくさん持って来て!」とスタッフに指示をしていた。
しかしクッション類は奥の部屋にあるようで、持ってくるのに時間がかかっているようだ。滑車につかまっている少女の握力が限界に近づいているようで、少しずつずり落ちているのがミスティの目にも明白だった。
「私が落ちて来たところを受け止めます!」とナレーシャが叫んでステージに向かって走り出した。しかし間に合いそうにない。
「ピデア!リュウレ!」ミスティが念じると(他人には見えない)ピデアが現れ、ミスティの体を抱いて瞬時にステージに上がった。そして(他人には見えない)リュウレが現れ、ミスティの体に光の羽を生やしてくれた。
ステージから飛び上がるミスティ。滑車から手が離れた瞬間の少女の体を抱いて、ゆっくりとステージ上に降り立った。
ちょうどナレーシャがステージに上がって来たところで、ナレーシャは目を見開いていた。
「ミスティ、いつの間に!?それに宙に浮かんでいたように見えましたが!?」ナレーシャが大声で尋ねた。
ステージの床上で少女の体を離すと、ふらついて倒れそうになった。その体を急いで近寄って来たニェートが受け止めた。
「あ、ありがとうございます、ミスティ」信じられないといった顔をしながら礼を述べるニェート。
「どうやって助けたの、ミスティ?」とステージに寄って来ていたターニャ姫が聞いた。
「私の二人の従者の力を借りたんです」
「瞬間移動ができるの、ミスティは?」とスズも聞いてきた。
「瞬間移動?・・・そうじゃなくて、加速してここまで来て、羽を生やしてもらって飛び上がっただけよ」
「やっぱりお嬢様の生まれ変わりなんじゃないですか?」とニェート。
「ターニャからドロシアさんの不思議な力のことを聞いたけど、私には・・・私の従者にはできないこともあったわ」
「従者?」と聞き返すナレーシャ。
「私には不思議な異能を持つ従者が10人いるの。今はそばにいないけど、私が願うとその力を貸してくれるの」そう言ってミスティは心の中で今異能を貸してくれたピデアとリュウレに礼を言った。
「ほかにどんな力があるのですか?」とナレーシャが聞く。
「炎、凍気、風、水、守り、吐露、料理、栽培の異能よ」
「ドロシア様か、少なくとも女神兵並みの力はお持ちのようですね。ミスティも南の海の探検に一緒に行きませんか?」
「それはいいわね。どう、ミスティ?あなたも一緒に行かない?」とターニャ姫も言った。
ミスティは考えた。今のところこの世界ですることはない。いや、何をすればいいのかわからない。ターニャ姫たちと一緒なら、少なくとも衣食住には困らないだろう。・・・もっとも探検に出れば、衣と住はいいかげんになるかもしれないが。
「わかりました。ご一緒します。その間、ジェランの面倒を見てもらえますか?」
「それはもちろんよ。心配しないで」とターニャ姫が言ってくれた。
「ミスティ様の力が見てみたい」とスズが言ったので、
「そこか広い場所があればかまいませんが、その前に・・・」とミスティは言ってステージに落ちている緞帳を指さした。
「ロープを直していただけたら、滑車に通しますけど」
「それは助かります!」とニェートが言って、すぐにスタッフに指示を飛ばしていた。
観客席の方で準備ができるのを待っていると、マグダラという名の中年女性が、
「ミスティは私たちに力を分け与えることができるのですか?」と聞いてきた。
「そういうことはできないと思います」と答えるミスティ。
「私たち女神兵は、ドロシア様の力を分け与えてもらうことでお役に立つことができたのです」とマグダラが言った。
「ドロシアさんはどうやって力を分け与えていたのですか?」
「手を広げて、光の粒のようなものを私たちに振りまいてくれたのです」
「そのやり方以外にも、ひとりずつに力を与える方法があったのだけどね、その方法については後で教えるわ」とターニャ姫が口をはさんだ。なぜか赤面するナレーシャだったが、何も言わなかった。
緞帳を吊り上げる準備が整うと、再びミスティはリュウレの異能を借り、ロープの端を持って飛び上がった。そして滑車に通し、ステージ上に降り立ってロープをスタッフに渡した。
「それじゃあ行きましょう。ミスティ、あなたの・・・あなたの従者たちの力を見せてね」とターニャ姫。
「どこへ行きますか?」とレノが聞いた。
「やっぱり郊外の競馬場かしら?あそこでドロシアも力を見せてくれたから」
ターニャ姫たちは劇場を出ると、入口近くで控えていたマードルに、
「これから競馬場に行くわ。先導して」と指示した。頭を下げ、すぐに外に出て馬車の準備をするマードル。
「私たちもついて行っていいですか?」とターニャ姫に聞くスズ。
「私はいいけど、仕事はいいの?」とターニャ姫が聞くと、スズはニェートの方を見た。
「もちろん大丈夫です。私も同行します」とニェートが言ったので、昼食会に同席していたレノやマグダラも同行することになった。
演芸場の倉庫から馬車を引っ張り出すニェート。レノが慣れた動作で御者席に登り、ニェートたちも馬車に乗り込んだ。ミスティはもちろんターニャ姫の馬車に同席した。
「さあ、行って」とターニャ姫がマードルに指示を出し、2台の馬車と護衛の騎兵が進み始めた。馬車は中城壁と外城壁の門をくぐり、小麦畑がない草原の方に進んで行った。
「ここが競馬場よ」とターニャ姫が言った。
あたりを見回すとただの草原に見えたが、馬を走らせるコースがかろうじて見えた。楕円形のコースで、1周1ケテル(1キロメートル)くらいありそうだった。
「コースの中でミスティの力を見せてね」とターニャ姫に頼まれ、みんなで馬車を降りて草原の中を進む。
「何も標的となるものがないわね」とターニャ姫が言ったので、
「大丈夫です」とミスティは答えてヴェラのことを思った。
(みんなには見えない)ヴェラが現れ、両手をかざすとミスティの前方20メテル(20メートル)のところに木が生え始めた。すぐに大きくなり、高さ15メテルぐらいまで伸び、枝を伸ばして緑の葉をつけた。葉の間には黄緑色の小さな実がたくさん成った。
「あ、あれは、コルシニア王国にも自生している小毒林檎の木だ!」とナレーシャが叫んだ。
「実の中には毒が含まれているし、木を燃やすと嫌な匂いがするんだ」
「その木を標的にするの?」と聞くターニャ姫。
「はい。木がかわいそうですが、しかたありません」
ミスティはそう言うと従者たちのことを考えた。他の人には見えないが、ミスティの横に10人の従者が並んだ。ミスティは懐かしくて涙が出そうになった。
「みんな、お願いね」と頼むミスティ。
まずホムラが前に出て、小毒林檎の木に向かって炎獄溶弾を撃ち出した。炎の塊がぶつかって燃え上がる小毒林檎の木。
ナレーシャの話では燃やすと嫌な匂いがするらしいが、その匂いごと炎に包まれ、ミスティたちは熱気しか感じなかった。火に包まれたたくさんの実が地面に落ちる。
次に出たのはミナラで、燃え上がる木に向かって水獄巨塊を飛ばした。炎を瞬時に消火し、木からは黒煙が立ち上がった。
フワナが風獄飛竜を出し、強風で煙を吹き飛ばす。そしてトアラが寒獄凍気を飛ばし、小毒林檎の木を凍りつかせた。
凍った木が粉々になって落ちてくる。地面に落ちていた黄緑色の実だけがその場に残った。
近寄って実を拾おうとするミスティ。
「その実には毒があります!」と叫ぶナレーシャ。しかしミスティは振り返ってにこりと笑うと、かがんで小毒林檎の実を拾った。
註)ドロシアたちの活躍はついては、関連作品「公爵令嬢は♡姫将軍♡から♡降魔の巫女♡になる」を参照してください。




