37 影使いの覇王との戦い
その広間は長い廊下の奥にあった。入口の両開きの扉の前に衛兵が二人立っていた。その横にたいまつが燃えている。
「客人とともに中に入る」レイモン卿がそう言うと衛兵は頭を下げ、両開きの扉を開けた。そしてレイモン卿が入るより前に衛兵たちはたいまつを手に取って広間の中に入り、左右に並んでいるたいまつの列にひとつずつ火を移していった。
灯りを着け終わると二人の衛兵が広間から出てきて、たいまつを元の位置に戻すとレイモン卿の前に跪いた。
「入るぞ。ついて参れ」とミスティたちに声をかけるレイモン卿。
レイモン卿の後に続いてミスティと従者たち、そしてジェランとゲンスランが広間の中に入って行った。
多数のたいまつが灯る室内。しかしそれでも中はほの暗く、部屋全体を明るくはしていなかった。そのたいまつの列の間を奥に向かって歩き続けるレイモン卿。
「なんか不気味な部屋だな。影から化け物でも出てきそうだ」震えながらつぶやくジェラン。ミスティたちは一言もしゃべらず、レイモン卿の後ろを歩いている。
やがて部屋の一番奥に着くと、レイモン卿がミスティたちを振り返った。その背後には薄暗がりの中でも黄金に輝いている巨大な甲冑が巨大な椅子に座っていた。座位で高さ5メテル(5メートル)はある巨大な鎧だ。
「立派な鎧を飾っていますね」とココナがミスティに囁く。
「でも、あんな巨大な鎧を着れる人はいません。巨大なオブジェなのでしょうか?」
レイモン卿はミスティたちが止まったのを確認すると、再び後ろを向いて跪いた。
「支配者様、光の子をつれて参りました」
レイモン卿が話しかけた巨大な鎧を見上げるミスティたち。その鎧は微動だにしない。
「この鎧が支配者、つまり影使いの覇王なの?」とレイモン卿の背に話しかけるミスティ。
「その通り、私が支配者だ」突然鎧から低い声が発せられて部屋中に響いた。驚いて見上げるミスティたち。
「あなたが影使いの覇王、あるいは闇の神なの?」とミスティは鎧を見上げて聞いた。
「闇の神とも呼ばれたこともある。かつていた別の世界で」と鎧からの声が響いた。
「あなたは何をしにこの世界に来たの?」と質問を続けるミスティ。
「かつていた世界で私の民と光の神の信徒とが争ったのだ」
「光の神?」
「そうだ。おまえは光の神の手先である光の子なのだ」
手先と言われると悪事の片棒を担いでいるようでミスティの気に触ったが、感情を抑えて質問を続けた。
「つまり、光の神の信徒とあなたの信徒が争って、戦いに負けたあなたが信徒をつれてこの国に来たということなの?」
「そうだ。我が民は不当に駆逐された。そこで私が残った民たちをその世界から逃がしたのだ」
「言っておくが、光が正義、闇が悪であるという道理はないぞ」と、レイモン卿が口をはさんだ。
「世界にはまず闇があり、静寂で平和な状態だった。そこへ光が乱入したために、生物が生まれ、進化し、文明をもたらしたことは事実だ。だが、同時に災いと混迷を光はもたらした。異なる神を抱く民どうしが争い合うようになり、我らの先祖は不当に虐げられたのだ」
「よその世界のことは知らないから、その是非は保留しておくわ。この世界にあなたたちが来て、私たちの国々と争わず、この大陸で平和に暮らしているだけなら何も問題は起こらなかったはず。なのに影人が私の国に来て、私の父は意味もなく殺されたわ。なぜそのようなことをしたの?」
「私には光の神の動きがわかるのだ」と再び鎧から声が響いた。
「光の神が光の子と従者たちを覚醒させたことを。・・・お前たちは私が何をしなくてもこの大陸に来て私と民たちに害をなす運命にある。そこで闇の力を与えた私の側近をお前たちの国へ派遣し先手を打とうとした。だが、そのもくろみは失敗に終わったようだ・・・」
「どうやって僕たちの国に渡って来られたんだ!?」とジェランが口をはさんだが、ミスティも影使いの覇王もその声は無視した。
「どちらが先に手を出したかは問題ではない。我々は争う運命なのだ」
「私たちはこの大陸で平和に暮らしている人たちと戦う気はないわ!」とミスティは言い返した。
「私たちを襲って来ない限りはね!」
ミスティの言葉に影使いの覇王は何も答えなかった。
「だから父を殺めたことを謝罪し、二度と私たちに手を出さないとあなたが誓うなら、私たちはこのまま帰ってもいいわよ」
「それと、ドルドンにミスティ様を攻撃させたこともだ!」とゲンスランが口をはさんだ。
「僕たちもいい加減故郷に帰りたいからな!」とジェランも言った。
「そういうわけにはいかぬ・・・」と鎧から言葉が響く。
「なぜなの!?」
「そういう運命だからだ」
「何を言っているのかわからないわ。・・・ココナ?」
「はい、吐露」とココナがつぶやいた。
しかし鎧ではなくレイモン卿が話し出した。
「支配者様には未来が見えるのだ。光の子よ、お前に戦う気がなくても、大きな争いが起こることは避けられない」
「未来なんて決まってないわよ!決まっていたとしても、変えられるわ!」
「細かい事象が変わっても、行く末は定められているのだ」とレイモン卿が説明を続けた。
「争いの炎が絶えない光の世界。静かな闇が広がる平和な世界。この二つは相容れないものなのだ。この場で戦うのをやめても、近いうちにもっと大きな争いが巻き起こる。今の時点で決着をつけた方がお互い被害は少ないという支配者様のお考えなのだ」
「よくわからない考えだわ。影使いの覇王には別の思惑があるんじゃないの?闇の世界では人間は生きられないわよ!」
「言葉のあやだ」と言い返すレイモン卿。
「でも、ここで私たちと戦うの?あなたが戦うの、ひとりで?」とさらにミスティが聞いた。
「私が戦ってもいいが、私ひとりの力ではお前たちにかまわないだろう」
「なら、どうする気なの?」
「支配者様直々に戦っていただく!」そう言い放つと、レイモン卿は巨大な玉座の後に逃げ込んだ。
「後を追います!」と叫ぶピデア。
「待って!影使いの覇王の動きに気をつけて!」ミスティがそう叫んだ時、突然巨大な鎧の継ぎ目から黒いもやが噴き出した。・・・広間が暗いので、はっきりともやと認識できたわけではないが、気体のようなものが噴き出たことはミスティたちにわかった。
鎧をギシギシいわせながらゆっくりと立ち上がる鎧姿の影使いの覇王。
「加速!」影使いの覇王に攻撃される前に姿を消すピデア。しかし次の瞬間、高い金属音が室内に鳴り響いた。
「か、硬い。・・・そして手応えがない」影使いの覇王の足に木剣を打ち付けたままのピデアの姿が現れた。衝撃で手がしびれて動けないようだった。
「ピデア、下がれ!」ホムラが叫び、ピデアは両腕を垂らしたまま再び姿を消した。
「炎獄溶弾!」ホムラが剣を振って炎の塊を影使いの覇王に放つ。
しかし炎の塊は影使いの覇王の鎧に直撃したもののすぐに四散した。ダメージをまったく与えていないようだ。
「寒獄氷鏃!」氷柱を撃ち出すトアラ。氷柱は鎧に当たるが、金属音を響かせて床に落ちて行った。
ゆっくりと足を踏み出してミスティたちに近づき始める影使いの覇王。
「炎獄障壁!」「風獄火焔流!」ホムラが炎の壁を出現させ、それをフワナの竜巻が巻き込んで影使いの覇王に当てる。
しかし強風も高熱も、鎧に身を包んだ影使いの覇王には効果がなく、その接近を阻むことはできなかった。
「水獄巨塊!」ミナラが水の塊を影使いの覇王に撃ちつけた。
「寒獄凍気!」すかさずトアラが極低温の凍気を飛ばし、鎧に付着した水を瞬時に凍らせた。
氷に覆われる鎧。これで動きを封じられるかと思いきや、鎧に付着した氷を砕きながら影使いの覇王は再び歩み始めた。
突然影使いの覇王の右腕が上がり、拳から肘までが高速で射出され、ミスティに向かって行った。
「防御!」エイラが光る壁を張り、影使いの覇王の拳を遮る。ホムラたちは横に飛んで避けていた。
すぐに右腕の先を肘に戻す影使いの覇王。間髪入れずに今度は左腕の先を飛ばして来た。
エイラの防御が衝突音を響かせる。すぐに左腕を回収し、入れ替わりに右腕を撃ち出す。この行為を何度も繰り返し、防御を殴り続けた。
「あの打撃にエイラの防御は負けないけど、エイラの気力が尽きたら防御できなくなるわ!」と叫ぶミスティ。
「やつが腕を飛ばした時、肘の中が見えたか!?」ホムラ型の従者たちに聞く。
「肘の中は真っ暗だったわ!」と答えるリュウレ。
防御と腕の衝突音が響く。
「私が斬りつけた時、中ががらんどうのような音がした!」とピデア。
防御と腕の衝突音が響く。
「でも、肘の中から飛ばした腕との間に何かが見えた気がするわ!」とヴェラ。
「おそらく黒いもやのようなもので繋がっているんじゃないかしら?」
防御と腕の衝突音が響く。
「黒いもやなら炎で焼き切れる!」ホムラが叫んで、ミスティから離れて影使いの覇王の右側(左肘の横)に走り去った。
再び影使いの覇王の腕が飛ぶ。同時にホムラが「炎獄剣!」と叫んで、肘と腕の間を斬りつけようとした。
しかし腕の先が肘に戻るスピードが速く、戻って来た腕にホムラの剣が阻まれ、さらにホムラの体が吹き飛ばされた。
「ホムラ!?」叫ぶミスティ。
再び防御と腕の衝突音が響く。
ホムラの体が床に叩き付けられる直前にピデアの姿が現れ、飛んで来たホムラの体を受け止める。そのまま二人とも床上にひっくり返った。
「ピデア、すまない」感謝するホムラ。
「それはいいけど、少し体重を減らしたら?」
「私の体は女騎士としてこれでちょうどいいんだ!」と言い返すホムラ。
「しかし腕の移動が速くて上手く間を斬れない」
「少し間を伸ばしてみるわ!」とフワナが言って影使いの覇王の左側(右肘の横)に走って行く。
再び影使いの覇王が腕を飛ばす。その瞬間、フワナが「風獄昇竜 !」と叫んだ。
強い上向きの風が起こり、影使いの覇王の右肘から射出された腕が上方向にぶれ、エイラの防御の上側をかすった。
腕はそのまま防御の後上に飛び、肘に戻る間隔が伸びた。
「炎獄溶弾!」ホムラが剣から炎の塊を放つ。まっすぐ右肘に向かって飛んで行くが、次の瞬間、射出された左腕によって炎の塊は砕け散った。
「フワナ!影使いの覇王の左腕を吹き上げて!」とホムラ。
「わかった!」ホムラは影使いの覇王が左腕を回収して右腕を撃ち出し、さらに右腕を回収して左腕を撃ち出す瞬間を狙った。
「風獄昇竜 !」フワナの叫びとともに上昇気流が起こり、左腕を上向きにずらさせる。
左腕は防御の上側をかすり、勢い余ってさらに防御の後上に飛んでいく。
その瞬間、ホムラが「炎獄剣!」と叫んで左肘の先に斬りかかった。




