第九章 プリンセスは、ひとりで決めない
「真姫には、まだ言わないほうがいいと思う」
その言葉に、
誰もすぐには答えなかった。
レッスンが終わったあとの控室。
真姫だけが、別の取材で先に出ている。
残った15人は、
珍しく誰も帰ろうとしなかった。
「でも……」
一人が口を開く。
「いつか言わなきゃダメじゃない?」
「分かってる」
「じゃあ、なんで?」
少女は俯いた。
「怖いから」
誰も笑わなかった。
怖いのは、
彼女だけではなかった。
最近。
15人の中で、
前世の記憶を見る者が増えていた。
夢。
既視感。
突然、頭へ流れ込んでくる景色。
剣を握っていた者。
白い花を育てていた者。
宮殿で本を読んでいた者。
楽器を奏でていた者。
料理を作っていた者。
まだ、
すべてを思い出したわけではない。
名前すら分からない。
自分が何者だったのかも、
はっきりしない者がいる。
それでも。
15人の記憶には、
いくつか共通するものがあった。
燃える城。
黒い光。
王冠。
そして――。
泣いているプリンセス。
◇
「私、昨日思い出した」
一人が言った。
全員が顔を上げる。
「最後の日」
空気が変わった。
「……何を?」
少女は、
ゆっくり言った。
「私たち、逃げようとしてた」
「城から?」
「違う」
首を振る。
「姫様を」
一瞬、
誰も声を出さなかった。
「……真姫を?」
「うん」
正確には、
前世のプリンセス。
でも。
もう15人の誰も、
完全な別人だとは思えなかった。
誰かのために笑うところ。
自分のことを後回しにするところ。
「大丈夫」と言って、
全部一人で抱え込むところ。
――あれは真姫だ。
時代も。
名前も。
姿も違う。
それでも。
同じ魂だった。
「王冠を外してって、みんなで叫んでた」
「……覚えてる」
一人が呟いた。
「私も」
また一人。
「私も……」
断片が、
つながっていく。
「でも」
誰かが言った。
「姫様は外さなかった」
沈黙。
「なんで?」
その問いに。
最も多くの記憶を取り戻していた少女が、
ようやく口を開いた。
「私たちを守るため」
◇
記憶。
燃える王宮。
黒煙。
叫び声。
十五人が、
プリンセスを囲んでいる。
――姫様!
――王冠を!
――早く!
黒い光が、
王冠から溢れていた。
床に亀裂が走る。
窓が砕ける。
壁が崩れる。
王宮そのものが、
悲鳴を上げているようだった。
それでも。
プリンセスは、
王冠を外さない。
――姫様!
騎士が手を伸ばす。
――それを外してください!
プリンセスは、
泣いていた。
――できません。
――なぜです!
プリンセスの手が、
王冠に触れる。
――これを外せば。
黒い光が脈打つ。
――あなたたちとの契約が消えます。
十五人が、
言葉を失った。
――王家を守る、十五の魂。
――王冠が失われれば。
プリンセスの声が震える。
――その魂もまた、
――この世界から消える。
「そんな……」
誰かが呟いた。
プリンセスは、
泣きながら笑った。
いつもの。
完璧な笑顔で。
――だから。
――私が持っていればいいのです。
「姫様……」
――私一人なら。
微笑む。
――大丈夫です。
◇
「……まただ」
現代。
一人が呟いた。
「何が?」
「全部」
声には、
少し怒りが混じっていた。
「自分だけ我慢すればいいと思ってる」
誰も否定できなかった。
「センターに選ばれたときも」
「私たちの分まで背負うとか」
「私たちが悔しいから、自分は喜んじゃいけないとか」
「仕事増えてしんどいのに、ずっと言わなかったし」
一人が、
深くため息をついた。
「前世から全然変わってないじゃん」
「でも……」
別の少女が言った。
「前世の真姫は、私たちを助けようとしたんでしょ?」
「そうだよ」
「だったら……」
続きが出てこない。
責められなかった。
十五人を守るために、
一人で王冠を被り続けた。
それは、
きっと愛だった。
優しさだった。
だからこそ。
「私は嫌だな」
一人が言った。
「何が?」
「それ」
少女は、
まっすぐ前を見た。
「勝手に守られるの」
誰も動かない。
「勝手に私たちの命を背負って」
声が震える。
「勝手に一人で苦しんで」
そして。
「勝手にいなくなられるの」
沈黙。
少女は言った。
「そんなの――仲間じゃない」
◇
その言葉が、
15人の胸に落ちた。
前世。
十五人には、
それぞれ役割があった。
騎士。
侍女。
学者。
楽師。
料理人。
庭師。
違う役割。
違う才能。
でも。
存在理由は、
一つだった。
――姫を守ること。
姫が中心。
十五人は、
その周り。
「……私たちさ」
一人が言った。
「今はアイドルなんだよね」
「急にどうした」
「いや」
少しだけ笑う。
「今は、真姫の護衛じゃないじゃん」
「まあね」
「主従でもない」
「うん」
「同じグループじゃん」
一人が続ける。
「真姫がセンターでも」
また一人。
「人気が出ても」
「仕事が増えても」
「私たちが選抜に入れなくても」
少しだけ、
空気が止まった。
それでも。
誰かが続けた。
「同じ16人」
全員が、
静かに頷いた。
◇
そのとき。
ガチャ。
扉が開いた。
「ただいまー……」
15人が固まった。
「……え?」
真姫だった。
「何してるの?」
誰も答えない。
「なんで全員いるの?」
沈黙。
「え、何?」
真姫が笑う。
「私、なんかした?」
「……してない」
「じゃあ何?」
十五人が、
顔を見合わせる。
一人が、
覚悟を決めたように言った。
「真姫」
「うん?」
「座って」
「怖い怖い」
「いいから」
「怒られるやつ?」
「ちょっと」
「なんで!?」
少しだけ、
笑いが起きた。
でも。
真姫は、
15人の顔を見た。
笑っていない目。
その瞬間。
表情が変わった。
「……前世?」
誰も答えない。
「みんなも……思い出したの?」
一人が頷いた。
「少しずつ」
真姫は、
ゆっくり座った。
「何を?」
沈黙。
そして。
一言。
「王冠」
真姫の顔から、
笑みが消えた。
「……うん」
「真姫が外さなかった理由も」
「理由?」
「私たちを守るためだった」
その瞬間。
真姫の頭の中で、
何かが弾けた。
◇
炎。
黒い光。
十五人。
――姫様!
――王冠を外してください!
頭が痛い。
――できません。
誰かが泣いている。
――お願いです!
自分の声。
――あなたたちが、
――消えてしまう。
そして。
あの言葉。
――私一人なら。
笑う。
――大丈夫です。
◇
「……あ」
真姫の頬を、
涙が伝った。
「思い出した?」
小さく頷く。
「私……」
震える。
「みんなを……」
「守ろうとした」
「……うん」
真姫は頭を押さえる。
「それで……」
息が乱れる。
「それで、どうなったの?」
誰も答えられなかった。
そこだけが。
ない。
王冠に黒い光が満ちた。
王宮は燃えた。
そして。
16人は今、
ここにいる。
その間が、
抜け落ちている。
「……ごめん」
真姫が呟いた。
「なんで謝るの?」
「だって私――」
「ほら!」
声が飛んだ。
真姫が驚く。
「またそれ!」
「え?」
「なんでも自分のせいにする!」
「でも……」
「前世の話でしょ!」
「私なんだけど」
「そうだけど!」
一瞬。
笑いが漏れた。
張り詰めていた空気が、
ほんの少し緩む。
一人の少女が、
真姫の前へ座った。
「真姫しゃん」
「……うん」
「前世の私たちを守ってくれたこと」
真姫を見る。
「ありがとう」
真姫の目から、
また涙が落ちた。
「でも」
少女は続ける。
「今度は、勝手に守らないで」
「……え?」
「相談して」
「……」
「一人で決めないで」
真姫は、
15人を見る。
「私たちの人生まで」
少女は言った。
「勝手に背負わないで」
誰も、
守られるだけの顔をしていなかった。
◇
「でも……」
真姫が言った。
「もし」
声が震える。
「また同じことになったら?」
誰も笑わない。
「私が何かを選ばないと」
真姫は15人を見る。
「みんなが、いなくなるとか」
沈黙。
それは、
冗談ではなかった。
一度、
本当に起きたことなのだから。
そして。
一人が言った。
「じゃあ、16人で決めればいいじゃん」
真姫が顔を上げる。
「……え?」
「一人で決めるから」
少女は言った。
「孤独な王冠になるんでしょ?」
真姫の瞳が揺れる。
「だったら」
別の子が続けた。
「今度は16人で決める」
「でも……」
「生きるのも」
一人。
「戦うのも」
また一人。
「逃げるのも」
また一人。
そして。
「誰かを守るのも」
15人が、真姫を見る。
「16人で決める」
真姫は、何も言えなかった。
「……多数決?」
誰かが言った。
「王国の運命を多数決で決めるの?」
「民主化」
「急に革命起きた!」
笑い声。
真姫も、泣きながら笑った。
でも。
胸の奥に、その言葉は残った。
――16人で決める。
◇
その夜。
16人は、
レッスンルームに残った。
初めて。
前世について、
全員で話した。
「私、騎士だったっぽい」
「似合う」
「私は庭師」
「今と変わらなくない?」
「私、楽器持ってた」
「絶対楽師じゃん」
「私、本読んでた」
「学者?」
「前世から頭いいの腹立つ」
「何それ!」
笑い声が響く。
それぞれの記憶は、
まだ穴だらけだった。
前世の名前。
王国の歴史。
王冠が作られた理由。
十五の魂との契約。
そして。
最後に何が起こったのか。
分からないことばかり。
それでも。
一つだけ、
全員が分かったことがある。
前世の十五人は、
プリンセスを守るためにいた。
でも。
今世は違う。
「ねえ」
真姫が言った。
「何?」
「今度は……」
少し迷う。
「守らなくていいからね」
15人が、
一斉に真姫を見る。
「は?」
「え?」
「何言ってんの?」
「違う違う!」
真姫が慌てる。
「そういう意味じゃなくて!」
「もう!」
「全然分かってない!」
「ごめん!」
笑い声。
そして。
一人が言った。
「守るよ」
真姫を見る。
「でも、守らせてもらう」
「……何それ」
「真姫も私たちを守る」
別の子が続ける。
「私たちも真姫を守る」
「守られるだけじゃない」
「守るだけでもない」
最後に。
「それが仲間でしょ」
真姫は、
少し考えた。
そして。
「……うん」
笑った。
「それがいい」
◇
帰り道。
16人で駅へ向かった。
誰かが先を歩く。
誰かが後ろにいる。
誰かが隣で笑っている。
「コンビニ寄りたい!」
「お腹空いた!」
「明日何時集合?」
「グループチャット見て!」
「見てない!」
「姫様教えて!」
「自分で見て!」
くだらない会話。
真姫は、
その中を歩いていた。
前世。
十五人は、自分の後ろを歩いていた。
姫を守るために。
今は。
前にもいる。
後ろにもいる。
隣にもいる。
誰にも、
決められた場所なんてない。
真姫は、
少しだけ歩幅を緩めた。
隣の子と、
歩幅が揃った。
――これが。
仲間なんだ。
◇
その夜。
真姫は夢を見た。
また。
燃える王宮。
黒い王冠。
十五人。
――姫様!
――王冠を外してください!
プリンセスは、
首を横に振る。
――できません。
――あなたたちが消えてしまう。
いつもなら。
そこで記憶は途切れる。
でも。
今夜は違った。
十五人の中から、
一人が前へ出る。
騎士。
――姫様。
プリンセスが、
泣きながら彼女を見る。
――私たちは、
――あなたを守るために生まれました。
プリンセスが頷く。
だから。
自分が守る。
そう言おうとした。
けれど。
騎士は、
剣を床へ置いた。
カラン。
音が響く。
――だからこそ。
騎士は言った。
――最後くらい。
――私たちに選ばせてください。
プリンセスの表情が変わった。
――何を……?
一人。
前へ出る。
また一人。
また一人。
十五人が、
プリンセスを囲む。
――姫様。
十五の手が、
黒い王冠へ伸びる。
真姫は、
息を呑んだ。
「これ……」
知っている。
第八章の夢。
今世の16人が、
王冠へ手を伸ばした光景。
同じだ。
――姫様。
一人が言う。
――今度は。
十五人が、
王冠を掴む。
――一緒に。
その瞬間。
ピシッ。
黒い王冠に、
亀裂が入った。
真っ白な光が、
王宮を包んだ。
「待って!」
真姫が叫ぶ。
「そのあと……!」
光が強くなる。
十五人の姿が、
見えなくなる。
プリンセスも。
王冠も。
「待って!」
真姫は、
光へ手を伸ばした。
「そのあと、何があったの!?」
そして。
光の向こうで。
誰かの声がした。
――姫様。
聞いたことのある声。
――次は。
ノイズ。
――十六人――
「え?」
その先は、
聞こえなかった。
世界が、
白く染まった。
◇
真姫は目を覚ました。
「……一緒に」
胸に手を当てる。
鼓動が速い。
前世でも。
最後の最後に。
十五人は、
同じ答えへ辿り着いていた。
姫だけに選ばせない。
十五人だけが守られない。
――一緒に決める。
なら。
なぜ。
王国は滅びた?
なぜ、
十六人は死んだ?
なぜ、
同じ16人が転生した?
そして。
あの最後の声。
――次は。
――十六人。
「……何?」
答えは、
まだ分からない。
◇
その日の午後。
16人全員のスマートフォンが、
ほぼ同時に鳴った。
事務所からだった。
『新曲の初披露ライブが決定しました』
歓声が上がる。
「きた!」
「初披露!」
「やば!」
「いつ!?」
真姫も、
笑いながら画面を開いた。
日付。
7日後。
時間。
そして。
会場。
その文字を見た瞬間。
真姫の手から、
スマートフォンが落ちた。
ガタン。
「真姫?」
音が、
遠くなる。
知らない場所。
行ったことなんてない。
会場の名前すら、
今日初めて見た。
なのに。
知っている。
胸が、
激しく鳴る。
息ができない。
視界が歪む。
レッスンルームが、
燃える王宮へ変わる。
崩れた塔。
割れた床。
黒い光。
十五人。
そして。
最後に。
十六人が立っていた場所。
「……ここ」
真姫の声が震える。
「知ってる」
スマートフォンを拾う。
グループチャットを開く。
みんなに伝えなければ。
そう思った。
でも。
文字を打つ必要はなかった。
すでに通知が並んでいた。
『この場所、知ってる』
『私も』
『夢で見た』
『なんで?』
『ここだよね』
『間違いない』
そして。
最後に、
一人からメッセージが届いた。
真姫の指が止まる。
『私たちが前世で死んだ場所だ』
誰も、
返信しなかった。
真姫は、
床に落ちる自分の影を見た。
その頭に。
一瞬だけ。
黒い王冠の影が重なった。
新曲初披露まで――
あと7日。




