第五章 プリンセス、選ばれるということを知る
『次回作の選抜メンバーについて、近日中に発表します』
その連絡が届いてから三日。
16人の空気は、少しだけ変わった。
「おはよう!」
「おはよー」
いつものレッスンルーム。
お菓子を食べる子。
鏡の前で髪を直す子。
スマートフォンを見て笑う子。
何も変わっていない――ように見える。
でも、真姫には分かった。
みんな考えている。
誰が選ばれるんだろう。
そして――私は、選ばれるんだろうか。
◇
「はい、そこまで! 十分休憩!」
音楽が止まり、全員が床へ座り込む。
真姫は水を飲みながら周りを見た。
いつも誰よりしゃべる子が、今日は静かだ。
ダンスが得意な子は、一人で振付を確認している。
歌の上手い子はイヤホンをしたまま、同じフレーズを何度も口ずさんでいる。
誰も「選抜」とは言わない。
だからこそ、その二文字が部屋の真ん中に置かれているようだった。
「真姫」
「ん?」
隣に一人が座る。
「選抜、入りたい?」
突然だった。
「……うん。入りたい」
「そっか」
「そっちは?」
「当然。めちゃくちゃ入りたい」
即答して、少しだけ笑う。
「こういうの、始まるんだね」
「こういうの?」
「同じグループなのに、選ばれる人と選ばれない人ができるやつ」
真姫は黙った。
「仲間だけど、ライバルなんだよね」
その言葉が胸に残った。
これまでは、ステージに立てば16人だった。
でも選抜は違う。
誰かが前へ出る。
誰かが後ろへ下がる。
そして時には――そこにいない。
前世では知らなかった感覚だった。
プリンセスだった自分は、生まれたときから「選ばれる側」だったから。
◇
その日の帰り。
小さなスタジオから歌声が聞こえた。
扉を開けると、一人のメンバーが歌っている。
真姫は足を止めた。
上手い。
音程だけじゃない。
その声には、人の足を止める力があった。
「……すごい」
歌い終えた少女が振り返る。
「真姫しゃん!? いつからいたの?」
「途中から」
「最悪……」
「なんで?」
少女はマイクを見つめた。
「私、歌しかないから」
「歌しか?」
「真姫しゃんみたいに華があるわけじゃない。しゃべるのも得意じゃない。ダンスも普通。SNSも伸びない」
小さく息を吐く。
「だから歌だけは、誰にも負けたくない」
少し間を置いて、続けた。
「でも……歌が上手いだけじゃ、選ばれないんだよね」
真姫はすぐに答えられなかった。
「私も、自分には何もないと思ってた」
「真姫しゃんが?」
「うん。歌ならあなたのほうが上手いし」
「でも真姫しゃんには――」
「華がある?」
先に言うと、少女が黙った。
「それ、ずっと分からなかった。立ってるだけで目が行くって、それは私が頑張って手に入れたものなのかなって」
「……贅沢な悩み」
「そうかも」
二人で笑う。
「でも最近思うの。自分では大したことないと思ってるものを、誰かが好きになってくれることってあるんだなって」
真姫は少女を見る。
「だから、あなたが『歌しかない』って言うその歌を、私はすごいと思う」
少女は少し黙ってから笑った。
「……ずるいよ」
「褒めたんだけど」
「分かってる。ありがとう」
◇
みんな、それぞれに何かを抱えていた。
ダンスが得意な子は言った。
「怖いんだよね。ダンス得意って言われるの」
「得意なんでしょ?」
「だから怖いの。失敗したら『得意なのに』って思われるじゃん」
真姫には、その感覚が分かった。
――姫様らしくありません。
美しいと言われれば、美しくいなければならない。
優しいと言われれば、優しくいなければならない。
期待は、ときに才能より重い。
いつも皆を笑わせる子は、珍しく真顔で言った。
「私も、可愛いって言われたくてアイドルになったんだけどな」
明るいからこそ、弱音を吐けない子。
可愛いと言われるからこそ、それ以外の武器を探す子。
年下でも、本当は誰かを引っ張りたい子。
一度の失敗を何日も引きずる子。
数字を気にして眠れない子。
選抜に入りたいと言えない子。
誰より大きな声で「入りたい」と言える子。
みんな、自分にはないものを持っているように見えた。
でも本人は、自分にないものばかり見ている。
そして真姫も――自分の魅力だけは、まだ分からない。
16人全員が、同じ問いを抱えていた。
――私は、このグループで何になれるんだろう。
◇
ある日の取材。
「Rain Crownで、一番歌を聴いてほしいメンバーは?」
真姫は迷わず、あの少女を指した。
「この子です」
「え?」
「本当にすごいから。もっとみんなに聴いてほしい」
少女が恥ずかしそうに顔を伏せる。
「では、一番ステージで目が行くのは?」
真姫が考えようとした瞬間。
十五本の指が、一斉にこちらを向いた。
「……え?」
「真姫」
「絶対真姫ちゃん」
「これは姫」
「姫関係ない!」
笑いが起きる。
記者が尋ねた。
「蒼井さん、ご自身ではどう思います?」
「私、そんなに何かしてます?」
すると一人が呆れたように言った。
「真姫って、自分のことだけ全然見えてないよね」
「……え?」
「私たちのことは、めちゃくちゃ見てるのに」
真姫は何も言えなかった。
◇
その夜。
夢の中の宮殿には、十五人がいた。
歌う少女。
踊る少女。
人々を笑わせる少女。
本を読む少女。
花を育てる少女。
料理を作る少女。
剣を振るう少女。
一人ひとりが、自分の場所で生きている。
プリンセスは、その中央を歩いていた。
以前なら、誰も見ずに通り過ぎていた。
でも――立ち止まった。
歌声を聴く。
踊りを見る。
笑い声に振り返る。
そして、十五人を見る。
「……変わってる」
過去のはずなのに。
プリンセスが真姫を見る。
そして微笑んだ。
その頭に――王冠はなかった。
脳裏に、あの言葉が蘇る。
――姫君が再び“孤独な王冠”を選ぶなら、運命は繰り返される。
「孤独な王冠……」
少しだけ意味が分かった。
王冠が悪いわけじゃない。
前に立つことも、選ばれることも悪くない。
問題なのは――そこに一人で立とうとすること。
その瞬間、スマートフォンが震えた。
『本日、レッスン終了後に次回作の選抜発表を行います』
真姫の心臓が跳ねた。
◇
レッスン後。
16人が並んだ。
誰もしゃべらない。
スタッフが一枚の紙を手にする。
「では、次回作の選抜メンバーを発表します」
空気が張りつめる。
「今回の選抜は、7人です」
「え……7人?」
真姫は思わず息を呑んだ。
16人のうち、選ばれるのは7人。
9人は選ばれない。
「一人目――」
名前が呼ばれる。
一人。
二人。
三人。
四人。
呼ばれるたび、小さな拍手が起きる。
けれど、その裏側にある感情まで真姫には見えてしまう。
安堵。
焦り。
期待。
悔しさ。
五人目。
六人目。
残る枠は――あと一つ。
真姫の名前は、まだない。
――入りたい。
その瞬間、初めて自分の欲をはっきり認めた。
選ばれたい。
もっとステージに立ちたい。
もっと前へ行きたい。
それは、誰かを蹴落としたいということじゃない。
この15人と出会って初めて生まれた、自分自身の願いだった。
でも。
自分が入れば、誰かが入れない。
そう思うと、胸が苦しい。
スタッフが紙を見る。
「そして、7人目――蒼井真姫」
「……え?」
「蒼井真姫。選抜メンバーです。前に出なさい」
「……はい」
声が震えた。
選ばれた。
嬉しい。
なのに真姫が最初に見たのは、スタッフではなかった。
15人だった。
笑っている子。
拍手する子。
ほっと息を吐く子。
そして――一瞬だけ、悔しそうに目を伏せた子。
胸が痛んだ。
「続いて、センターを発表します」
「……え?」
選ばれた7人にも緊張が走る。
「今回のセンターは――蒼井真姫」
「…………」
何も聞こえなくなった。
「私……?」
「はい。蒼井真姫。あなたが今回のセンターです」
拍手が起こる。
「真姫!」
「おめでとう!」
「やったじゃん!」
嬉しい。
ずっと選ばれたいと思っていた。
自分にも何かあると、認めてほしかった。
なのに、すぐには笑えない。
頭の中に前世の光景が蘇っていた。
巨大な大広間。
中央に一人。
王冠を戴いたプリンセス。
そして少し離れた場所にいる――十五人。
――孤独な王冠。
前世では、生まれた瞬間から自分が中心だった。
でも今は違う。
歌で負けたくない子がいる。
ダンスで負けたくない子がいる。
もっと見つけてほしい子がいる。
可愛いと言われたい子がいる。
誰よりも選抜に入りたいと願った子がいる。
その15人の物語を――真姫は知っている。
だからこそ。
センターという言葉が、王冠よりも重く感じられた。
「真姫?」
声をかけられ、顔を上げる。
真姫はようやく小さく笑った。
「……ありがとう」
選抜7人。
その真ん中に、自分が立つ。
嬉しい。
怖い。
それでも――逃げたくない。
真姫は15人を見た。
――一人では、立たない。
前世では、一人のプリンセス。
今世では、7人の選抜、そのセンター。
同じ「真ん中」でも、今度こそ違う場所にしたい。
けれど真姫は、まだ知らなかった。
センターとは、最も輝く場所であると同時に――
仲間の夢と悔しさが、
誰より近くに見えてしまう場所だということを。




