最終章 前世プリンセスが転生したらアイドルでした
「私のために、やりたいことって何だろう」
その答えは、意外なくらい簡単には見つからなかった。
◇
歌が一番上手いわけじゃない。
ダンスが一番上手いわけでもない。
話すことなら、もっと上手な子がいる。
自分より面白い子もいる。
自分より器用な子もいる。
自分より強い夢を、ずっと前から持っている子もいる。
じゃあ。
私は、何がしたいんだろう。
◇
「真姫しゃん、何ぼーっとしてるの?」
「考えごと」
「また?」
「また」
「最近多くない?」
「人生について考えてる」
「重っ」
笑われた。
真姫も笑った。
いつものレッスンルーム。
床に座っている子。
鏡の前にいる子。
お菓子を食べている子。
振付を確認している子。
スマートフォンを見ている子。
15人。
真姫は、その光景を見る。
好きだ。
この場所が。
この15人が。
私の居場所だ。
できることなら、ずっと一緒にいたい。
でも、もう分かっている。
「みんなと一緒にいたい」
それだけでは、自分の夢にはならない。
いつか、それぞれ違う道へ行く。
そのとき。
私は、何を選ぶのだろう。
◇
「真姫」
スタッフに呼ばれた。
「はい」
「ちょっといい?」
別室、机を挟んで座る。
「最近どう?」
「どう……とは?」
「センターやってみて」
真姫は少し考えた。
「大変です」
スタッフが笑う。
「即答だね」
「でも、楽しいです」
「そっか」
少しの沈黙。
そして。
「今後、やってみたいことある?」
真姫は答えられなかった。
「例えば?」
「ソロの仕事とか」
「ソロ……」
「モデルでも、演技でも、何でもいい」
スタッフは言った。
「真姫自身がやりたいこと」
また、その言葉だ。
自分がやりたいこと。
「考えておいて」
「……はい」
◇
帰り道、真姫は一人だった。
以前なら、一人で帰ることが少し寂しかった。
今は、嫌いじゃない。
街を歩く。
イヤホンから、自分たちの曲が流れている。
最近は、たまに街中でも聴こえる。
自分の声。
15人の声。
真姫は少し笑った。
駅前の大型ビジョンに、アイドルの広告が映っている。
知らないグループ。
眩しい衣装と完璧な笑顔。
真姫は足を止めた。
「……アイドルか」
不思議な仕事だと思う。
歌う。
踊る。
笑う。
写真を撮られる。
知らない人から名前を呼ばれる。
応援される。
時には、
比べられる。
数字になる。
選ばれる。
選ばれない。
喜ぶ。
悔しがる。
泣く。
それでも、またステージに立つ。
どうして?
◇
そのとき。
「もしかして真姫ちゃん?」
振り返る。
知らない女の子が立っていた。
「あ……」
驚いた顔。
「やっぱり真姫ちゃんだ」
「はい」
まだ、こういうことには慣れない。
女の子は、少し緊張しながら言った。
「この前のライブ、行きました」
「本当?」
「はい」
「ありがとう」
「私……」
少女は言葉を探している。
「最近、学校でちょっと嫌なことがあって」
真姫は黙って聞いた。
「ライブも行くか迷ってたんですけど」
「うん」
「行ってよかったです」
真姫の表情が変わる。
「真姫ちゃん見てたら」
少女は、少し恥ずかしそうに笑った。
「なんか、明日も頑張ろうって思えて」
真姫は、何も言えなかった。
「すみません、急に」
「ううん」
「応援してます」
「……ありがとう」
少女は頭を下げ、人混みの中へ消えていった。
真姫は、しばらくその場から動けなかった。
明日も頑張ろうと思えた。
たった、それだけ。
でも。
たった、それだけのものを、私は誰かに渡せたんだ。
◇
前世。
何万人もの人が、プリンセスを見ていた。
「姫様」
「姫様」
「美しい姫君」
「我が国の誇り」
愛された。
求められた。
誰もが自分を見ていた。
でも。
あの頃の自分は、知らなかった。
誰かに見られることと、
誰かに何かを渡すことは、
まったく違う。
◇
その夜。
真姫は、昔の映像を見た。
アイドルになったばかりの頃。
ぎこちないダンス。
硬い表情。
必死にカメラを探している目。
「下手……」
思わず笑う。
次の映像。
少し慣れている。
その次。
笑っている。
また次。
15人とふざけている。
そして。
センターになったあとの映像。
ゼロ番に立つ真姫。
その後ろに15人。
でも。
真姫は何度も、後ろを振り返っている。
「……私」
ずっと、誰かを見ている。
歌っている子。
踊っている子。
笑っている子。
悔しがっている子。
泣いている子。
そして客席を。
そこで、ようやく分かった。
私は見てもらいたかっただけじゃない。
私も誰かを見ていたかったんだ。
◇
翌日。
「やりたいこと、決まりました」
真姫はスタッフに言った。
「早いね」
「はい」
「何?」
真姫は少し笑った。
「アイドルです」
スタッフがきょとんとする。
「……今もアイドルだけど」
「ですよね」
「どういうこと?」
真姫は少し考えた。
「私」
言葉を選ぶ。
「最初は、アイドルになった理由って、そんなにちゃんとしてなかったんです」
「うん」
「気づいたらここにいて」
15人に出会った。
ステージに立った。
選ばれた。
選ばれなかった。
センターになった。
そして前世を思い出した。
「でも今は」
真姫は言った。
「アイドルでいたいです」
スタッフは黙って聞いている。
「歌も上手くなりたい」
「ダンスも上手くなりたい」
「もっとかわいくなりたい」
「もっとたくさんの人に知ってほしい」
そして、一度だけ息を吸う。
「センターも、またやりたいです」
以前なら、最後の言葉は言えなかった。
誰かを押しのけるような気がして。
欲張りに見える気がして。
でも今は、言える。
「もっともっと上に行きたいです」
「うん」
「でも」
真姫は笑った。
「私を見つけてくれた人に、15人のことも見てほしい」
一人ずつ、顔が浮かぶ。
「それで」
昨日の少女を思い出す。
「私たちを見た誰かが」
少し考えて。
「今日より明日を、ちょっと楽しみにできるような」
スタッフを見る。
「そういうアイドルになりたいです」
◇
スタッフはしばらく黙っていた。
「それが真姫の夢?」
真姫は考えた。
夢。
前世では持ったことがなかった。
プリンセスになることは夢ではない。
生まれたときから、そうだったから。
王冠を戴くことも。
国を背負うことも。
誰かに期待されることも。
全部、最初から決められていた。
でも。
今は違う。
「はい」
真姫は、はっきり答えた。
「私の夢です」
◇
その日のレッスン。
「みんな!」
真姫が声を上げる。
「何?」
「聞いて」
「怖い」
「またエモい話?」
「違う!」
「姫様演説始まる?」
「やめて!」
笑い声。
「私、決めた」
「何を?」
真姫は15人を見る。
「アイドル、ちゃんとやる」
沈黙。
「……今まで何してたの?」
「違う!」
爆笑。
「そういう意味じゃなくて!」
「分かってるって」
一人が笑う。
「やりたいこと、見つかった?」
真姫は少し驚いた。
「なんで知ってるの?」
「顔」
「また!?」
「真姫しゃん、分かりやすいから」
15人が笑う。
真姫も笑った。
「うん」
頷く。
「見つかった」
「そっか」
それだけ。
誰も、大げさに祝わない。
でも。
それが嬉しかった。
◇
それから、時間が流れた。
16人は、たくさんのステージに立った。
小さな会場。
大きな会場。
客席が埋まらない日もあった。
満員の日もあった。
うまくいく日も。
失敗する日も。
名前を呼ばれる日も。
誰にも気づいてもらえない日も。
選ばれる子。
選ばれない子。
泣く子。
笑う子。
喧嘩する日もあった。
「もう知らない!」
と言った翌日に、普通にお菓子を分けている日も。
誰かの仕事が決まれば、みんなで喜んだ。
悔しいときは、無理に笑わなくなった。
「悔しい」
と言えるようになった。
「羨ましい」
とも。
そして。
それでも、
「おめでとう」
と言えるようになった。
16人は、少しずつそれぞれのアイドルになっていった。
◇
真姫も変わった。
センターではない曲もあった。
端に立つ日もあった。
歌割りが少ないこともあった。
以前なら、自分の価値を疑ったかもしれない。
でも今は。
どこにいても、誰かを見ている。
そして。
自分も見てもらおうとしている。
誰かを輝かせることと、自分が輝くこと。
その二つは、同時にできる。
それを知ったから。
◇
そして。
ある日。
大きなステージ。
16人。
舞台袖。
地鳴りのような歓声が聞こえる。
「緊張する!」
「今さら?」
「するものはする!」
「真姫は?」
「するよ!」
「姫様でも?」
「姫様関係ない!」
いつもの笑い声。
スタッフの声が響く。
「スタンバイお願いします!」
16人が並ぶ。
真姫は、ふと思った。
もし。
前世の自分が、今の自分を見たら、どう思うだろう。
王冠もない。
宮殿もない。
豪華なドレスもない。
汗をかく。
失敗する。
泣く。
悔しがる。
誰かを羨ましいと思う。
時には、格好悪い。
それでも。
私は、笑っている。
心から。
◇
照明が落ちる。
イントロ。
一人。
また一人。
ステージへ飛び出していく。
真姫の番。
一歩、踏み出す。
眩しい光。
歓声。
無数のペンライト。
そして。
15人。
真姫は笑った。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ。
客席の向こうに、王宮のバルコニーが見えた。
そこに、一人の少女が立っている。
王冠を戴き。
美しいドレスをまとった、かつての自分。
プリンセスだった少女。
少女は、ステージの真姫を見つめている。
そして。
ゆっくり、王冠を外した。
両手で抱きしめるように持ち、少しだけ笑う。
真姫も笑った。
言葉はない。
もう、必要なかった。
少女は王冠とともに、光の中へ消えていった。
◇
曲が始まる。
真姫は歌う。
隣を見る。
目が合う。
笑う。
次の子。
また目が合う。
その向こう。
客席。
誰かが、自分を見ている。
その人の今日が、どんな一日だったのか。
真姫は知らない。
楽しかったのか。
苦しかったのか。
泣いたのか。
笑ったのか。
分からない。
でも。
今だけは。
この数分だけは。
「ここに来てよかった」
そう思ってほしい。
明日が、ほんの少しだけ楽しみになってほしい。
だから。
真姫は、精いっぱい心から笑う。
◇
前世では、たった一人のプリンセスだった。
たくさんの人に愛された。
でも。
誰かをちゃんと見ることを、知らなかった。
今世では、16人のアイドルになった。
15人の魅力を知った。
誰かの悔しさを知った。
誰かに頼ることを知った。
誰かを輝かせることを知った。
そして。
自分自身も、輝いていいことを知った。
愛されるだけではなく、愛することを。
守るだけではなく、守られることを。
一緒にいることだけではなく、いつか離れても、
その人の未来を応援することを。
そして何より。
誰かの期待ではなく。
誰かのためだけでもなく。
自分で、自分の人生を選ぶことを知った。
◇
曲の最後。
16人が横一直線に並ぶ。
真姫は、その中にいる。
真ん中かどうかなんて、もう重要ではなかった。
ここにいる。
自分の意思で。
アイドルとして。
最後の音。
暗転。
大歓声。
真姫は、隣の子の手をぎゅっと握った。
「真姫しゃん?」
「なんでもない」
笑う。
そして、心の中で思う。
前世の私へ。
あなたが守ろうとした15人は、ちゃんとここにいるよ。
でもね。
今はもう、私が守る人たちじゃない。
私を守ってくれる人。
競い合う人。
笑わせてくれる人。
時々むかつく人。
羨ましい人。
負けたくない人。
それでも、大好きな人。
そして――
一緒に輝く仲間。
だから。
もう大丈夫。
私は、一人でみんなを守るプリンセスじゃなくていい。
王冠はいらない。
◇
アンコールの声が聞こえる。
「行くよ!」
誰かが叫ぶ。
「ちょっと待って!」
「真姫遅い!」
「今行く!」
15人が走っていく。
真姫も、その後を追う。
でも。
途中で一度だけ、立ち止まった。
舞台袖。
小さな鏡。
そこに映る自分を見る。
汗で少し崩れた髪。
頬は赤い。
完璧なプリンセスには、到底見えない。
でも。
真姫は、そんな自分を見て笑った。
「……うん」
プリンセスではない。
誰かに選ばれただけの女の子でもない。
自分で、ここにいることを選んだ人。
真姫は、鏡の中の自分に言った。
「行ってきます」
そして。
光の中へ、走り出した。
◇
もし誰かに、前世は何だったの?
と聞かれたら。
たぶん、信じてもらえないけれど。
私は、こう答える。
前世は、プリンセスでした。
たくさんの人に愛されて。
王冠を戴いて。
たった一人で、輝こうとしていた。
そして。
今世は――
ステージの向こうから15人の声がする。
「真姫ー!」
「早くー!」
「置いてくよ!」
「待ってってば!」
真姫は声を上げて笑った。
走る。
15人のもとへ。
そして、眩しいステージへ。
前世プリンセスが転生したら、アイドルでした。
でも。
それは、偶然なんかじゃなかった。
前世では、生まれた瞬間にプリンセスだった。
今世では違う。
歌が一番じゃなくても。
ダンスが一番じゃなくても。
誰かより器用じゃなくても。
センターじゃない日があっても。
王冠なんてなくても。
私は、ここにいたい。
誰かに愛されるためだけじゃない。
誰かを輝かせるためだけでもない。
私自身も、みんなと一緒に輝くために。
これは、誰かが決めた人生じゃない。
私が選んだ。
私の夢だ。
だから私は、今日もステージへ向かう。
15人と一緒に。
自分の足で。
自分の意思で。
前世ではプリンセスだった。
そして今度は――
私は、アイドルになる。
――終――




