エピローグ プリンセスじゃなくて、アイドルでした
それから、何年か経った。
◇
『今日、来れる人ー?』
送信。
既読。
1つ。
4つ。
9つ。
15。
真姫はスマートフォンを見つめた。
この数字だけは、昔と変わらない。
けれど。
返信は、あの頃よりずっと遅くなった。
『舞台本番です』
『地方ロケ』
『今海外』
『ラジオ終わったら行ける!』
『子ども寝かせてからなら』
『仕事終わらん』
『真姫しゃん何時までいる?』
『たぶん遅くまで』
『じゃあ行く』
最後に。
『全員は無理そうだね』
真姫は少しだけ笑った。
そして打つ。
『そっか』
昔なら。
寂しかっただろう。
いや。
今だって、寂しい。
でも。
もう知っている。
寂しいことと、不幸なことは違う。
◇
Rain Crownが
16人で活動していた時間は永遠ではなかった。
舞台へ進んだ子。
歌を続けた子。
モデルになった子。
海外へ行った子。
表舞台から離れた子。
新しい夢を見つけた子。
それぞれが、それぞれの人生へ歩いていった。
卒業が決まるたび。
真姫は泣いた。
最後のライブでは、誰よりも泣いた。
「ずっと16人でいたかった」
そう言って、ぐしゃぐしゃになるまで泣いた。
それでも。
最後には笑って、送り出した。
「いってらっしゃい」
昔の真姫なら、言えなかった言葉だった。
◇
そして今日。
久しぶりに、あの場所へ来ていた。
かつて、16人で新曲を初披露した会場。
前世では、16人が死んだ場所。
今世では、16人の物語が始まった場所。
真姫は一人で、誰もいないステージへ出る。
客席には、一つも光がない。
「懐かしい……」
ゆっくり歩く。
そして。
中央で止まった。
ゼロ番。
昔は、怖かった場所。
選ばれた者だけが立つ場所だと思っていた。
15人の想いを背負わなければならない場所だと思っていた。
でも。
今は違う。
ただ、自分が選んで立つ場所。
真姫は目を閉じた。
すると。
聞こえる気がした。
『姫様!』
『センター様!』
『真姫、そこ違う!』
『写真撮ろ!』
『お腹空いた!』
『またエモくなってる』
「……うるさいなあ」
誰もいないステージで、真姫はひとり笑った。
◇
「蒼井さん」
スタッフに呼ばれる。
「そろそろお願いします」
「はい」
今日は、真姫のソロライブだった。
あの日。
夢の中で見た景色。
一人のステージ。
一本のマイク。
そして、蒼井真姫。
かつてなら何より怖かった未来。
でも。
今は違う。
一人で立っている。
けれど、一人でここまで来たわけではない。
「真姫!」
振り返る。
客席の後ろ。
「間に合ったー!」
一人。
「走ったんだけど!」
また一人。
「仕事抜けてきた!」
「それ大丈夫!?」
笑い声。
結局、全員ではなかった。
来られたのは、
九人だけ。
昔なら足りないと思っただろう。
でも。
真姫は笑った。
「来てくれてありがとう」
来られなかった6人からもメッセージが届いていた。
『頑張れ』
『配信見る』
『姫様なら大丈夫』
『終わったら写真送って』
そして最後に。
『楽しんで』
真姫はスマートフォンを胸に抱いた。
「……うん」
◇
開演。
暗転。
歓声。
真姫は一人でステージへ歩いていく。
スポットライト。
中央。
ゼロ番。
客席いっぱいの光。
その中に懐かしい顔がある。
真姫はマイクを握った。
不思議だった。
前世では。
一人になることが怖かった。
今世でも。
ずっと16人でいたかった。
でも。
今なら分かる。
15人が隣にいないからといって、
15人との時間が消えるわけではない。
別々の道へ進んだからといって、
仲間ではなくなるわけでもない。
永遠なんてなかった。
でも。
あの日16人だったことは永遠に変わらない。
真姫は、すっと息を吸った。
「こんばんは!」
歓声。
「蒼井真姫です!」
大きな拍手。
そして。
少し考えてから笑った。
「昔ね、私――」
客席を見る。
「プリンセスだったんです」
会場がざわつく。
「何言ってるの?」
客席から聞き覚えのある声。
笑いが起こる。
真姫も笑った。
「まあ、信じなくていいです」
そして。
ステージの端にいる、かつての仲間たちを見る。
「その頃の私は、誰かの期待に応えることが、自分の人生だと思っていました」
少しだけ間を置く。
「でも、今は違います」
マイクを握る。
「歌いたいから、歌います」
歓声。
「ここに立ちたいから、立っています」
胸を張る。
「誰かに選ばれたからじゃなくて」
笑う。
「私が、選びました」
拍手が広がる。
その瞬間。
客席の向こうに一人の少女が見えた。
白いドレス。
王冠はない。
前世の自分。
プリンセスは、何も言わなかった。
ただ、幸せそうに笑っている。
真姫も笑う。
もう、話すことはなかった。
◇
イントロが流れる。
真姫は、目を閉じる。
前世で叶わなかったこと。
今世で叶ったこと。
叶わなかったこと。
失ったもの。
手放したもの。
それでも残ったもの。
全部を抱えて。
歌い始める。
私は、プリンセスではない。
誰かに守られるだけの存在でもない。
誰かを守るためだけに生きる存在でもない。
センターだから、ここにいるんじゃない。
15人がいるから、ここにいるんじゃない。
私は。
私がここにいたいから、ここにいる。
曲が進む。
客席の9人が、こちらを見ている。
スマートフォンの向こうでは、
来られなかった6人も、きっと見ている。
それでいい。
同じ場所にいなくても。
同じ未来を歩かなくても。
一緒にいた時間は、なくならない。
最後の音。
真姫は客席を見た。
そして。
笑った。
◇
ずっと16人ではいられなかった。
でも。
それでよかった。
16人でいたかったから大切だったんじゃない。
一人ひとりが、自分の人生を歩いていく人だったから。
そんな16人が、
同じ時間に。
同じ場所で。
偶然のように出会えたことが奇跡だったのだ。
真姫は胸に手を当てる。
もう。
王冠はない。
そこにあるのは、
自分自身の鼓動だけ。
蒼井真姫は、もう一度マイクを握った。
「次の曲、いきます!」
歓声が上がる。
真姫は、
光の中へ走り出した。
誰かのためだけではない。
過去のためでもない。
約束のためでもない。
自分が選んだ、
自分の人生へ。
――プリンセスじゃなくて。
アイドルとして。
そして何より。
蒼井真姫として。
ーーー完ーーー




