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失われた痛覚

夜。

寒さに震え食糧を奪い合う猫たち。

そこに異形の者が混じる。

威嚇のシャーを使い追い払おうとするが猫はあっけなく降参し逃げていく。

へへへ…… ようやく晩飯にありつけるぞ。

猫が去ってすぐに野犬が囲む。

おいおい早過ぎやしませんか? 


そうここは食糧が豊富なごみ溜め。それを狙って絶え間なくやって来る。

順番があって小さいのがまず先に。それからどんどん暗くなるにつれ大型獣が。

どこの食事風景も似たようなもの。弱いのから強いのに。

と言っても本気で守ってる訳じゃない。ただ強いのが来たら弱いのが逃げ出す。

弱いのは急がないと獲物にありつけずに空腹で野垂れ死ぬことになる。

それが運命でありここの掟。弱肉強食の世界だ。


人間世界の周りで起きる多少統制の取れた争い。

威嚇や追い回しで相手を退散させ独占するやり口。

相手を無駄に傷つけたりしない。野生とは違う。

もちろん無視し続ければその限りではないが。奴らだって限界があるからな。

そこに異質な存在の俺が入り込んでは割を食うのまで出てくるだろう。


「何だお前ら? 俺を食う気か? ははは! それは悪い冗談だぜ」

手で追い払うようにするが野犬の群れは動じない。

今は俺たちの時間だと主張する。

威嚇で囲んで吠え始める。仲間で健気に助け合っている。

そこに一匹狼の俺がお邪魔しては悪いよな。だがこれだって生き残る為さ。


「ほうやる気か? いいだろうかかってこい! 」

豪勢ディナーだぜ。骨付きだからな。まだいくらだって喰えるのにもったいない。

勝手に先に喰おうとすると怒らせてしまったのか唸り声を上げる。

もう飛び掛かる寸前。どうせよそ者には容赦しないだろうさ。

しかしこの残飯だって人間様の残したものだ。

これを頂く権利は当然人間の俺にある。違うか?


おっと…… 説得が不発に終わりそう。そんなにビクビクするなよ仲間だろう?

済まん。これは調子に乗っちまったな。悪い悪い。

ふざけた謝り方をしても人同様に逆効果。

それが分かっていながら挑発せずにはいられない。

飯を食えておらずに好戦的になってる。自分でも分からないぐらい興奮してる。

それは相手も同じようだ。空腹で苛立っている。

あーあこれは食い殺されるかな。ははは……


絶体絶命のピンチに陥った時だった。突然馬車が突っ込んで来た。

真っ暗な中で馬の嘶きが寒空を裂く。

何だか温かくなった気がする。

お利口な馬が引き殺す前にストップ。

驚いた野犬の群れが退散する。

助けたのはまさかこのお馬様じゃないよな?


「おいお前! こんなところで何をしてる? ガキが! 」

口の悪い最低野郎が何か言ってやがる。無視するのが一番。

「ああ聞いてるのか? 」

その男は地面につきそうな金色の髪をなびかせ微笑んでた。蔑んでいるのだろう。

言葉遣いは最低だが間違いなくどこかの貴族と言ったところ。いやもっと上か?

俺にはそれ以上のことは分からない。興味ないしな。

これが俺たちの出会いだった。


現在。

「どうされました旦那様? 」

貧しい出自の為に幸に恵まれず縁談も破断するばかり。

そんな時にあの方の勧めでこの旦那様のお世話をすることに。

当然結婚するものだとばかり思っていたが違ったらしい。

普段は温厚で外面もいいのですが二人っきりになると随分暴力的になる。

ただまだ若いのと貴族出身の野心家ですので食べることには苦労しないでしょう。

その野心が暴走することになればまた路頭に迷うことになるかもしれませんが。

それはそれであの方はいいと言いますが私はよろしくありません。


あーもう! 面倒臭えな! 奴は俺を妻に迎える気はさらさらなかった。

第三夫人でも良いかと抜かしやがった。良い訳ねえだろうが! 舐めやがって!

だがそうしねえとまた餌漁りだからな。首を縦に振ったさ。

奴は俺のこと従順な女だと思ってるんだろうな。

クソ腹が立つ! 早く奴が寝て思いっきり騒ぎてえわ!

酒だよ! 飯だよ! 男だよ! ははは!


「おい聞いてるのか? 」

だから聞いてねえって! うっとうしいんだよ。

どうせまたいつものやらせろだろ? 

冗談じゃねえって。だが何も感じねえからな。

「はい。どうぞご自由に」

そう言うとさっそく顔を張られる。情け容赦のない最低野郎。

「あの…… お顔はおやめください。目立ってしまいます」

「そうだったな。では足を」

こいつは最低だから暴力を振るう。俺が抵抗できないのをいいことに痛めつける。


決して耐え忍んでるとかじゃない。俺は特殊で感じないんだ。

ほとんど感じない。まったくと言えば大げさになるが。

小さい頃に嫌と言うほど暴力を受けて来た。

それは売られる前の身内や周りの者に。


俺はどうも標的にされやすいらしい。下手に騒がないし我慢しちまうから。

そして笑う。無理して笑う。苦しくても笑う。血を吐いても笑う。

俺が女だと誰も思ってないのか異常な頻度で痛めつける。

まるで毎日のように俺のことをいたぶり続けるクソども。

便所のクソにも劣る下劣な奴らばかり。


そんな毎日でとうとう痛みを感じられなくなった。

克服したなんて格好いいこと言わない。

ただ痛みを失ってしまった。だがすべての痛みを経験した訳じゃない。


               続く

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