壺
ついに暗殺者の魔の手がトルドにまで伸びる絶望的展開。
もはやどうすることもできずに一撃を喰らう。
「何を…… 」
「ははは! まだ声が出るんだな爺さん。ほら早くドバっと血が噴き出なっての。
それが楽しみなんだからよ。後始末が大変だが我慢してやるよ」
勝ち誇って隠していた暗殺者の一面を見せる。もう己を偽る必要はない。
市長の娘にならなくていいんだ。
それにしても思ったより血も出ないし感触もない。意外とこんなものなのか?
大体撲殺などしたことないからな。ケチな泥棒してバレたらぶっ殺していた。
使い古しの愛用ナイフ一本のみ。ブワっと血が噴き出るんだぜこれが。
だが研がないとすぐに切れ味を失って思うようにならない。
今回だって命令されなければ使っただろうさ。だが部屋にある壺を使えだからな。
撲殺ってのは初めてでどうも勝手がいまいち分からない。
ドバっと血は出ないのか?
なあ爺さん。くたばってないでその辺のことを教えてくれよな。
おかしい。やっぱりおかしい。これどう言うこと? 想定外で何が起きたのやら。
もはや何も考えられない。混乱して変な笑いが出るほど。
「ふふふ…… 」
おいおい愛想笑いしなくていいんだぜ爺さん。
もう動かないんだから無理するなよ。
ゆっくり逝って決して恨まずに化けて出ないようにな。
教会で祈りを捧げておいてやるから心配するなって。
「おいお前! 痛いだろうが! 」
立ち上がり叱りつける爺さん。まるで生きているかのよう。
死人が喋った? まさかあり得ない。あれだけの勢いで叩きつければ即死だ。
そうでなくても重傷でロクに喋れない。途切れ途切れになるもの。
脳に相当なダメージを与えてるはず。立ってるのだってやっと。
なぜ倒れない。無様にひれ伏さない?
もう年だから大人しく横たわっていていいんだぞ。無理など誰も望んでない。
持ち込みが禁止されてるので屋敷にあるものを使用して暗殺するがルール。
各部屋に飾りとして置いてあった壺。その一つを使い撲殺した筈。なぜ失敗した?
すべて計画通りに。多少部屋や壺も変化したが問題ない。
そもそも失敗したのか? これはただの悪夢では?
とても現実とは思えない。どうしてこんなことに?
もう言い逃れできないほど大笑いして勝ち誇った。
今更取り消せない。この悪意をなかったことにはできない。
「お前なぜ生きている? 殺したはずだ! この手で叩き殺しただろうが! 」
自分がもう信用できなくなっている。すべてうまく行った。
多少計画とは違ったが修正だってしたし間違いなく生きてるはずがない。
それなのになぜこいつはぴんぴんしてる? 不死身なのか爺?
「驚いてるようだな。だが今は説明してる暇はない。早く扉を閉めんか! 」
そんなことは自分でやれるだろう? 化け物爺!
しかしこの状況では逆らえない。もう市長の娘では通らない。
それにしても暗殺が読まれていたと言うのか?
おかしい。やはり私らの中に裏切り者がいる。そうに違いない。
くそ! どいつだ? まるっきり心当たりがない。
そもそも監視役以外はリナぐらい……
いや待てよ。昼に止めに入った令嬢がいた。
リナと喧嘩してところを止められたからてっきり何も知らないただの令嬢。
しかもかなりのお節介だからどう考えてもこちら側の人間じゃないと思ってた。
どうやらあの女が裏切り者…… 私らと同じように令嬢を演じていたらしい。
するともう一人も。姉妹で? とてもそうは見えないが……
名前は確かマリオネッタ? それとビアンカだったかな。
「いいのか? もし失敗がバレたら奴らはお前の相棒を始末に掛かるぞ」
なぜそんな裏事情にまで? まさかこの爺こそが裏切り者だとか?
いやそれはないか。爺を取り込めればもっと簡単に始末できるはずだ。
こんな回りくどいやり方しなくても恐らく混乱に乗じて……
だとするとやはりあの二人が怪しい。
「黙ったままか? それで構わない。だったら大人しく耳を傾けてろ!
お前にはマークが。そして単独行動を始めたので警戒していたらこうだからな。
あの壺はお前を嵌める為に特別に用意した偽物。
本物はもっと重くてずっしりしているわ。
とは言えすべては飾り。偽物だろうと本物だろうと役に立てばそれでいい。
じっくり眺めない限りただの壺。少し変わった壺もあるかぐらいしにか思わない」
どうやら爺の話は長くなりそうだ。
「ここの者でも増えたりすり替わりに気づく者などいない。
お前がもう少し下調べし壺や骨董品に美術品に詳しければ気づけたかもしれない。
それでも無理だったろうが。とにかく急遽取り替えたのが一時間前だ。
きちんと見ていれば壺の数が増え違和感を覚えただろうがそれもしなかった。
残念だがお前の完敗だ。敗因は入念な下調べと個数管理を怠ったこと。
市長の娘にすり替わったのに壺のすり替えには気づかない間抜けな奴め! 」
吠えやがって。いい気になるなよ爺。もう容赦しないぞ。
「壺は招待客にはただの飾り。しかしお前らには違う。撲殺に必要な凶器だろう?
壺を振り下ろし撲殺しようとした。
そこに手頃な壺があれば手に取りたくもなるさ。
何の疑いもなく凶器に使うだろう。すべてこちらの読み通り。
残念だがこれは特別に作らせた偽物。飴細工できている。
ほら舐めて見ろ。お前が飴玉を欲しがっていたからプレゼントのつもりだ。
ちなみにこの細工は昨夜のフィナーレで使用しようとしてたもの。
お前たちの動きが活発だからな即興劇に替えた。これもすべて王子の身を守る為。
いいか暗殺は失敗したんだ! 」
続く




