出港の時間
ラクエラのお昼。
優雅にとは行かないらしい。急いでパンのあまりを口に入れ店を出る。
これがお嬢様のやること? しかし今は非常事態なので。
食べきれないパンは口に咥えて。
地下室生活で生じた飢餓感が拭えずについもったいないと下品な真似に走る。
お嬢様としてあるまじき行為。頭では理解しても体が動く。
元に戻るには平和な世界でのんびり過ごすことが重要。
「危ないマリオネッタ! きちんと前を見て! 」
角から曲がってきた男と出合い頭に衝突。咥えていたパンを落としてしまう。
「痛たた…… 悪い。大丈夫か? 」
そう言ってパン塗れの男が笑顔で腕を取り起こしてくれる。
意外にも素敵な人…… まだあどけないが体つきは申し分ない。
抱きしめてもらった時にとっさに確認。うん。悪くない。
「あなたは? 」
「私は…… 」
「ほらマリオネッタ! 」
そうだ追跡中だった。せっかくいい感じだったのに残念。
名前も聞けずに後にする。
ついに動き出した冷酷非道の最低男。
二人でコソコソと話していたところを見ると今回の暗殺に関することに違いない。
ここで奴らの正体と動きを掴めば王子暗殺を未然に防ぐことに。
急いで後を追いかける。
「待ってマリオネッタ! どう言うこと? きちんと説明して! 」
「いいから急いで! 見失う! 」
もう行動を開始した以上後戻りできない。
もし私たちに監視がついていればこの重大な裏切り行為を見逃さないだろう。
どんな言い訳も通用しない。しかしここで手を拱いていれば確実に実行される。
そうなれば私たちだって無事で済まない。だからこれは賭け。非常に危険な賭け。
でも私には確証がある。十八名もの人物に監視をつけるだろうか?
答えはノー。それはあり得ない。暗殺作戦中に余計なことに時間も人も割けない。
だから私たちが命令に背かないように事前に手を打った。
初日の非情な銃殺が足枷に。事前に予定されてたことでは決してないでしょうが。
どうしたって怖気づいて拒絶する者は現れる。それを上手く利用した。
いなければ別の手を用意しただろう。それほど狡猾な奴ら。油断できない。
今だって脅して操ろうとしている。監視者など最初からいない場合もある。
ただ確証が持てない。いないと推測しても。仮に証明されても動けない場合も。
だからって今積極的に動かなければ奴らの思う壺で最後には処分される。
真面目で慎重なビアンカをどうにか説得して尾行する。
どちらを尾行するか迷ったが危険度が低い方を選んだ。即ち相手の男の方。
あの最低男はどう考えても尾行慣れしている。そんな甘くない。
ですが相手の男は奴らの仲間と言うより関係者で奴ほどの切れ者じゃない。
ほらやっぱり後ろを気にする素振りがない。素人同然。
これなら私たちでもどうにか尾行できる。もし気づかれても言い訳は可能。
初対面なら王子の時のように偶然を装うことも。そして親しくなることだって。
変態暗殺令嬢探偵の力の見せ所。
それにしても相手の男は何者なの? 密会するほどの相手。
だとすると…… うーんよく分からない。
パン屋を出てから一直線に港に向かっている様子。
どうやらこのまま船で遠くへ?
しかし男は港に着くと船には乗らずに海を眺める。
まだ出港の時間ではないのか猫に餌を与えたりカモメを眺めたりととにかく呑気。
しかしどこかおかしい。遠くを眺めている感じ。
そしてイライラしだし歩き回ったり時計を見てため息を吐いている。
どうしよう? ここは危険だけど接触してみる? それともこのまま?
うーん。困ったな。こう言う時こそビアンカに頼る。
これが正しいメイドの活用法。どうせ止めるに決まってますけどね。
「ダメ! 危険過ぎる! 何を考えてるのマリオネッタ? 」
「でも…… あの方から直接聞いた方が早い。どうせもう旅立つのだし」
「そうとは限りません。ただここで待ち合わせしてるだけの可能性も」
「いいから行こう! 」
「待ってマリオネッタ! 早まってはいけません! 無茶ですよ」
ビアンカはもう少し待つように言うが時間の無駄。どうせ次の船で遠くの町へ。
ここまで追跡して怖気づいてどうするの? 気にすることなんかない。
「あの…… 」
決意して飛び出そうとしたその時だった。逆方向から男に近づく影が。
どうやらここで待ち合わせだったみたい。
危ない危ない。すぐに自分に都合の良いように考えるのが玉に瑕。
ここは反省しないと。でも今は彼らの正体を探るのが先。
「ビアンカは聞こえる? 」
声を落としているせいで何一つ理解できない。
もっとはっきり大きくお願いします。
「はい。微かに。それと読唇術でどうにか」
「嘘…… あなた何者? 」
「メイドです。今はあんたの姉さんだよマリオネッタ! 」
まだ姉妹ごっこ続ける気? ここは誰もいないし聞こえないのに周到なんだから。
それに何だか若干ムカつくのはなぜでしょう?
まあいいわ。彼女の能力に頼ろう。でも信用できるの?
エラになったばかりの新人メイドにそこまでの能力があるとは到底思えない。
無理なら無理と早く言ってくれたらもっと接近するんだけどな。
「それで? 」
「静かに! 集中できないでしょう? 」
怒られてしまった。情けない。
続く




