第54話 真実
「八坂雪穂、お前自身が悪魔憑きでもあるってことがな」
それは、雪穂自身もすっかり意識の外から外れていたこと。
そして、何よりもその事実は、雪穂自身以上に、風子の身の危険をも及ぼしかねない事であること。
「…その。話がよく見えないんですけど、その悪魔とかに憑かれた人ってどうなっちゃうんですか?」
「おい尊、せめてそれくらいは事前に言っとけよ」
「僕は言ったが」
あまりにも真顔で言い放つ尊に、雪穂は呆れた顔しか出来なかった。
「しゃーねえもう一度言ってやる。お前が説明してたとしても、こいつが理解してなきゃ話になんねえ。
それに、言った言ってないで喧嘩になるのはめんどくせえし」
再び風子の方へと視線を移した伊織は、上着のポケットに手を突っ込みながら語り始める。
「悪魔に憑かれた人間は、行動原理や思考回路が悪魔のそれに支配される。
そして、暴走し、時には周囲の人間を傷つけ…最悪、殺すこともある」
雪穂の頭に思い出されるのは、あの教室で起きた地獄のような光景。
突如クラスメイトが暴れ出し、そしてそれから惨劇が始まったこと。
杉本も…風子もあの程度の怪我で済んだのは、ある意味運が良かったのかもしれない。
「あー…あの時暴れてた女の人が、その、悪魔憑きって、やつで」
風子の頭によぎったのは、ホラー映画の怪異のように、こちらに襲い掛かってきた異様な姿の女。
ああいった存在が、何度も友達の前に現れては、しかもその友達が、その存在と戦ってきたのだ。
「何せ、彼女を助けたのは僕だからな。あの女は僕がもともと追っていた悪魔だ」
「うん、そうなんだよねー。で、雪穂はさ、普段からマジであんなんと戦ってんの?」
「…うん。風子には、今まで黙ってたけど」
「まーね、いきなりバイト始めたとかいうからやばいバイトでもしてんのかちょっと心配になってたよ」
風子はあくまでも普段通りの調子で話す。
だが、二人の間には、普段通りとはいいがたい緊張感が漂っていた。
「やばいバイトっていうのは、ある意味当たってたみたいだけど」
「…お前、その職場の人間相手によくそんなこと平気で言えるな」
あくまでも小声で言っていた風子だったが、どうやら伊織には聞こえていたらしい。
「でもなんか安心したー。雪穂ってば意外といっつも私に隠し事とかしない方だし。でさ、一つ聞きたいんだけど」
「雪穂自身が悪魔憑きって、どういうこと?」
もうすっかり話題が切り替わってしまったと、その場にいる誰もが安心してしまっていたことだろう。
だが、それでもなお、頭の良い風子は、それを見逃すことはなかった。
「危険な悪魔が憑いている。監視目的も含めて、悪魔祓いとして戦ってもらっている」
「でもさ。雪穂、あの女の人みたいに暴れてたりとか、そういうことなかったよ?」
「なんでそんなに詮索する。アンタの知りたいことはそれまでじゃなかったのか」
声を荒げ始める伊織に、風子はあくまでも食い下がる。
「ごめん伊織。これはさ、あたしと風子の問題だし、友達同士だからこそ、知っておきたいことは知っておきたいはずだから。
だから、あたしの口から説明していい?つーか、あたし抜きで勝手に話進めるな」
「…悪かったよ」
雪穂の迫力に、ついに伊織は引き下がった。それを確認してから、雪穂は改めて、風子の方に顔を向ける。
「あたしに危ない悪魔が憑いているってのはマジ。…最近首からかけてるペンダント、これあるでしょ?…普段は隠してるけど」
「あー、そんなんついてたんだ。そういやあれー?って思ってたんだよね」
「あたしはそれがないと、ひどい悪夢を見て、しまいにはあの女みたいに暴れ始める。
そこの子…伊織くんから聞いたんだけどさ、とんでもない暴れっぷりで、建物もだいぶぶっ壊してたんだって」
全ては事実だ。
自分は悪魔憑きであり、黒崎からもらったペンダントがなければ、人間としての生活もままらないような、そんな状態の人間だ。
雪穂は、この事実に今まで目を背けていた。ずっと、親友である風子と、この修道院の人間と、一緒にいたかったから。
「これで説明すべき事情は全部だから。…ぶっちゃけ、どう思った?」
「うーん、あんま変わんないかなぁ。たださあ、最近の雪穂、今までみたいにつまんなそうな顔しなくなったな、とは思ってたかな」
風子の態度は、変わらなかった。
その様子に、雪穂の中に張り詰めていたものが、一気に解けるような気がした。
「今日はありがとね。でも、マジで無理しないでね。やっぱ親友として心配なのは心配だから。ぶっちゃけ、こんな危ない仕事、ずっと続けて欲しくはないって思ってるし」
「そりゃそうだよねー…つーか、あたしが風子の立場でも同じこと言ってるわ」
悪魔の力のおかげで再生はしているものの、先日の戦いでは左眼をナイフで潰されるという重傷を負ったし、最悪死んでもおかしくないような怪我も何度もしている。
「まさか、ね……」
そういえば風子は、先ほどそんなことを言っていた。
今までみたいにつまんなそうな顔しなくなったな、と。
まさか、自分がこの悪魔や悪魔の力といった非日常な何かを、どこか楽しんでいるような所があるのではないか。
雪穂の中に、そんな疑問が浮かび始めた。
「何ー?」
「いや、そういや最近、つまんないなって思うこと、なくなったなって」
「そりゃこんなとこで仕事してたらつまんないとか思う暇、なくなるわー」
風子の理屈では当然のことではあるが、それでも、一度生じてしまった違和感は、簡単に消えることはなかった。
「とりあえず気をつけて帰るといい。それと、綾崎さんにはこれを」
尊がゆっくりと雪穂たちに近づき、何かブレスレットのようなものを手渡してきた。
「お、何ですかー?それ」
「これは君の身代わりになってくれる」
「……?」
いまいち要領を得ない説明に、風子は首を傾げた。
「ちゃんと説明しろ。あー、それはな。悪魔に襲われた時に、負った傷をある程度肩代わりしてくれるんだよ。悪魔祓いじゃ完全に使い捨てになるから、一般人相手にお守り代わりに渡してる」
「あー、なるほどー。でも、それあったら安心だね?ねー、雪穂」
「…あー、うん。そうだね」
「なんだよぼーっとしちゃって。というかもう空だいぶ暗くなってんじゃん、やばっ!!帰らないと!!!」
「ちょっと風子!?」
脱兎のように飛び出していく風子の背中をよそに、雪穂はスマホで時刻を確認する。時刻は17時40分。普段なら、もうとっくに家に帰っている時間ではあるのだが。
「そうだ、八坂さん、君は少しだけ残ってもらおうと思う」
「へ、それはまたなんで急に!?」
「言い忘れていたんだが、伊織の保護者を名乗る人物が、先ほどこちらの修道院に来ていた」




