第53話 友達
物々しい外装の修道院が近づくにつれて、雪穂の胸騒ぎはより増していった。
見慣れたはずの場所のはずなのに、その建物はいつも以上に威圧感があった。
理由はもちろん一つ。親友である綾崎風子が、自分の隣を歩いていたのだから。
「はぁーーー…すっごいでっかい建物。雪穂そんなでっかいとこ通ってたんだー。なんか羨まし」
「羨ましい~?住んでいるってわけじゃあるまいし」
「あっはは!そんな広いとこ住めるわけないってば!!」
「僕はここに住んでいるが」
大声で笑う風子に対して、尊は振り返り、真顔でそう答えた。
「お?」
「ここが僕の家だ」
「あー…伊織くんたちもそうだったんだけど、尊さんもだったんだ」
言われてみれば、どこに住んでいるというような話を、雪穂は聞いたことがなかった。
それどころか、尊のプライベートな話など、ほとんど何も知らなかったような気までしてきたのだ。
「言っていなかったか」
「聞いたことないんですけど」
「なーんか、尊さん?と雪穂、まだいまいち心に距離ある感じ~?」
「風子。その発言の意図は何?」
「いや別に~?でも、正直ちょっと相性よさそうかなって思った」
「へぇっ!?」
ニカっと歯を見せて笑ってきた風子の笑顔に、雪穂はどう対応していいかわからず、思わず奇妙な声が出る。
「深い意味はなかったのにー、あ、ほら着いたよ~~~!近くで見るとマジでデカいね!!」
「こいつ……」
見事に話題をそらされ、雪穂は顔を赤くしたまま、俯くことしかできなかった。
「綾崎さんと言ったか。僕から一つ頼み事がある」
「?なに?」
「ここで見たことは絶対に他言しないでくれ」
力を込めた瞳で、尊は風子の方を見る。
あくまで一般人であっても、雪穂にとって関係の深い人物だからこそ、悪魔や悪魔祓いというものの存在を教えるということなのだろう。
「んー?なんでー?」
「危ないからだ」
「なんで危ないんですー?」
「僕からは説明ができない」
相変わらずの口下手だ、と雪穂はどこか安心感すら覚えた。この青年は、どういうわけかいつも言葉足らずなのだ。
ギィという音とともに、尊と雪穂は修道院のドアを開けた。
もう慣れたものだが、改めてかなり大きな建物を仕事場にしているものだと、改めて雪穂は実感する。
伊織や尊に至っては、ここに住んでいるというのだから驚きだ。
「今戻った。誰かいないのか?」
「ふぁー…。あいにく留守番中なのは俺一人だよ。つーか、何の用だ?仕事から帰ってくんのも遅えしどこほっつき歩いてたんだよ」
尊が呼びかけると、カツカツという足音を響かせながら、スカートをはいた少年…伊織が雪穂たちの前に現れた。
「…おい、誰だそいつ。つーか、なんでこんなところに一般人を……」
「雪穂の友人だ。君から悪魔、悪魔祓いについて説明してくれ」
「おいコラ……」
真顔で言い放つ尊に対して、明らかに伊織は顔に青筋を立てていた。静かな修道院の中に、緊張感が走る。
「あー、ごめん、これどっちかっていうとアタシの問題なんだよ」
「お前の問題?」
「そ。簡単に言うと、戦ってるところ風子…友達に見られちゃってさ」
「はぁ~~~~~?お前、そこはもうちょい気を付けとけよ……つーか、そこのアンタもよくこんな修道院まで来て……あ、なるほどな。察したわ」
伊織は風子の方を見ると、納得したような表情を浮かべた。
そう、伊織はまさに、風子の存在を知っている。雪穂のクラス内で悪魔に憑かれた男子生徒が暴れた事件において、顔を見ているのだ。
「この子…男の子か女の子かわかんないけど、もしかして私のこと知ってるの?」
「知ってるっつーか。お前は知らないだろうがな、実はお前も過去に悪魔との戦いに巻き込まれてる。その時は騒ぎにならないよう記憶の処理をしたんだが……流石に二度目ともなるとな」
伊織の話によれば、悪魔祓い協会は通常、悪魔や悪魔祓いの存在の秘匿も理念に掲げている。
これは、悪魔の存在が一般に知れ渡れば、悪魔への恐れから更なる悪魔の発生を引き起こしかねないとの理由だ。
…もっとも、伊織はそれは表向きであり、裏向きの理由が存在すると考えているそうだが。
だが、自衛のため、悪魔祓いと関係が深いものや、その縁者にもその存在を伝えるケースも存在する…という。
「で、綾崎さんだっけ?アンタの場合はもう巻き込まれてるのは二度目だ。アンタが雪穂と一緒にいる限り、巻き込まれる危険は常にある」
「それって…アタシが近くにいるから、風子が危ない目に遭うってこと?」
澤田の時も、そして今回もそうだ。どちらも決して、軽くない傷を負わされていた。
「勘違いすんな。そいつと一緒にいることを選んだのはお前だ。仮にそうだったとして、どうせお前はそいつと離れたくないとか言うんだろ?だったら、そんな面倒臭いこと言うんじゃねえよ」
きっとそれは正論なのだろう。だが、風子を巻き込むか、風子と離別するか。その2択を突き付けられているようで、雪穂にとってはとてつもなく居心地の悪い命題だった。
「そこの子…えっと…」
「伊織でいい」
「伊織はさ、私みたいな、その…悪魔祓い?の友達やってる子のことって、どう思う?」
風子が恐る恐るながら、伊織に話を聞き始める。その目は、まっすぐと彼の方を見つめていた。
「正直、危ねえ所にいると思ってる。だが、ここの修道院には、友達どころか家族までいっぱいいるやつだっている。そうだろ、尊?」
「そうだな。そういえば、彼は家族が巻き込まれたという話は聞いたことがないな」
大家族の一人である彼には、下手すれば自分以上に守るべき人が多いだろうと、雪穂は雄介の顔を脳裏に浮かべながら、考える。
一体、雄介はどのようにして大切な人を守り続けているのだろうか。
「極論言えば、お前が頑張るしかねえよ、雪穂。だが、お前ひとりじゃ正直頼りないってのもわかる。ここ最近悪魔の出現報告が急増してるからな」
「…もしかして、雪穂って結構忙しい感じですか?」
「残念ながらその通りだ。それにアイツにはこの仕事を離れられない理由がある」
質問をしようとしていた風子から、伊織は雪穂本人へと目線を切り替える。
「…正直、説明すべきことはこれのほかにもあるっつーか、正直こっちのが大事だろ」
「八坂雪穂、お前自身が悪魔憑きでもあるってことがな」




