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第95話 悪夢の継ぎ接ぎ

「俺の前でよくもまぁベラベラと作戦を……いい気なもんだな……!」

吐き捨てるツキノワの声音は、どこまでも冷ややかだった。

だが、その余裕の笑みの奥底で、自らの絶対的な支配のトリックを暴かれた焦りと苛立ちが、ドス黒く煮え滾っていることは隠しきれていなかった。

「いくぞっ!」

サンズイの鋭い合図が、静寂を切り裂く。

その号令を皮切りに、クノとトウコは凄まじい気迫のまま、圧倒的な巨体を誇るヨルの方へと駆け出した。

トウコから付与された【wind】の術式と、サンズイ自身が発動した【water】の術式。その二大術式が綺麗に融合し、サンズイの全身を纏い上げる。彼はその二重の加護を背負い、単騎でツキノワへと肉薄する。

そしてキザムは、いついかなる瞬間でも一撃を叩き込めるよう、左手に宿した二色の【炎】へと全神経と全霊の魔力を集中させていた。

「ハッ……!」

手手負いの猛獣のごとく突撃するクノとトウコは、正面からの力比べを避け、その卓越した足捌きでヨルの巨動を徹底的に翻弄した。

サンズイとキザムの邪魔にならないよう、そして一瞬でもヨルのおぞましい重撃を掠めれば即座に致命傷となる死線の中で、彼女たちは完璧な紙一重の回避を続けていく。

「……。サンズイ、俺はいつでもいけるぞ」

キザムの呟きに、返事はない。だが、その左手で渦巻く炎の密度は、先ほどまでとは比較にならない次元に達していた。極限まで圧縮された濃厚な二色の炎が、まるで生き物のように暴れ狂い、キザムの腕の骨格すら軋ませている。

「ツキノワーッ!!」

サンズイが舞う。

それは大地を抉る流れる激流の如く、すべてを切り裂く吹き荒れる嵐の如く。

トウコの風と自身の水が完璧なハーモニーを生み出し、ツキノワが放つ鋭利な手刀の嵐を水のように柔軟にいなし、一瞬の隙を突いて怒涛の二刀を振るう。

圧倒的な手数の猛攻を、サンズイは一歩も引かずに押し返していく。

先ほどまでの絶対的な神の如き余裕を失い、苛立ちに呑まれたツキノワの攻撃は、次第に精彩を欠き、前よりも遥かに直線的で単純なものへと成り果てていた。

(いいぞ……。このまま押し切れれば、キザムの一撃で決められる――!)

サンズイの脳裏に勝利への確信が走った、その瞬間だった。

唸りを上げて放たれたサンズイの一太刀が、ついにツキノワの強靭な皮膚を深く切り裂いた。

鮮血が、パァッと宙に舞う。

飛び散ったツキノワの生暖かい血の飛沫が、あろうことかサンズイの右目を直撃した。

――見逃すはずがなかった。

「もらったぁッ!」

視界を完全に塞がれたサンズイの隙を突いて、ツキノワの殺意が爆発する。

疾風の如き凄まじい速度で、ツキノワの鋭利な手刀がサンズイの心臓めがけて突き出された。

キザム、クノ、トウコ。

その場にいる全員の瞳に、その悪夢のような光景が、まるで残酷なスローモーションのように焼き付いていく。

(間に合わない……っ!?)

突き出された刃が、サンズイの衣服を裂き、肉薄する。

心臓が貫かれる、まさにそのコンマ数秒の絶壁――。

「オラァァァァッ!!」

獣の咆哮のような絶叫と共に、キザムの両足に宿った二色の【炎】が地面を爆発的に粉砕した。

限界を超えた爆発的加速。それは人間の領域を置き去りにし、ツキノワの完全にガラ空きとなった無防備な胴体へと一瞬で直撃する。

キザムの左拳が、暴れ狂う二色の圧縮炎をすべて纏い、容赦なく叩き込まれた。

「ガッ……!?」

予想外の、あまりにも致命的な反撃。

ツキノワの口からおよそ人間のものとは思えない断末魔の叫びが漏れ、その衝撃のまま彼の巨体は研究所の壁へと真っ直ぐに吹き飛ばされた。

激しい衝突音と共に壁がクモの巣状に砕け散り、ツキノワの身体は激しい二色の業火に包み込まれて悶絶する。

「サンズイっ! 大丈夫かっ!」

キザムはすぐさま身を翻し、血相を変えてサンズイの元へと駆け寄る。

サンズイの胸元は皮膚が裂け、鮮血がツーと流れていたが、直前の身悶えするような回避が功を奏し、致命傷だけは免れていた。

「……危ないとこだった。キザム、最高のタイミングだったぞ」

荒い息を吐きながら、サンズイは胸を押さえて苦笑する。

「どうって事ないっ! お前こそ、その傷……!」

「あぁ、足元がふらつくが……なんとか立っていられる」

二人は確かな手応えを噛み締めながら、炎に包まれるツキノワから背を向けた。

残る脅威は一つ。クノとトウコが必死に足止めを続けている、あの化け物・ヨルだ。

「これでようやく、終わるんだな……」

キザムが呟いた、その時だった。

背後の崩壊した研究所の瓦礫の中から、グチャリ、と異様な肉の音が響いた。

「……このままでは済まさんぞ」

這い出してきたツキノワの顔に、もはや人間としての表情は欠片もなかった。あるのは、剥き出しの狂気と、底知れぬ執念だけだ。

「コレだけは、使いたくなかったが……っ!」

ツキノワは震える手で靴底の隠しポケットを引き剥がし、隠し持っていた特殊なガラス管――漆黒の液体が満たされた注射器を掴み取ると、躊躇うことなく自らの頸動脈へと突き刺した。

「グアァァァァァ……ッ!!」

バキバキ、メキメキと、骨格と筋肉が常軌を逸した音を立てて捻じ曲がる。

ツキノワの背中から、おぞましい羽音と共に巨大な隼の翼がぶち破るように生え出し、腰から下へは毒液を滴らせる凶悪な蛇の顔を模した尻尾が這い回る。

さらに上半身は熊の如き恐るべき筋肉の塊へと肥大化し、下半身は俊敏な虎の脚へと変貌を遂げた。

それは、あらゆる猛獣のパーツが生ぎはぎに縫い合わされたかのような、忌まわしき「キメラの化け物」そのものだった。

「ヨル、来いっ!!」

ツキノワの狂った咆哮に呼応するように、クノとトウコを翻弄していたヨルの肉体が、ピタリと動きを止めた。

次の瞬間、ヨルの身体は糸の切れた人形のように宙に浮き、霧のようにドロリと溶け出しながら、ツキノワのキメラの巨体へと吸い込まれていく。

「なっ……!?」

クノが息を呑む。

ヨルのすべての質量と力が、ツキノワの肉体へと完全に同化していくのだ。

すべてを飲み込んだツキノワの巨大な肉体は、周囲の重力や光さえも歪めるかのような、深淵なる漆黒の光に包み込まれていった――。

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