第93話 二色の炎、覚醒の閃光
天を衝くほどの巨大な猛火の柱の中から、キザムの悲鳴にも似た絶叫が木霊する。
「キザムっ……!」
サンズイは自らが持ちかけた作戦のせいで彼を死なせてしまったのではないかと、血の気が引く思いで焦燥に駆られながらその名を叫んだ。
そのただならぬ叫び声を聞きつけ、少し離れた場所で様子を見守っていたクノとトウコが、慌てて駆け寄ってくる。
「サンズイ、いったい何があったの!? キザムはどこ……どこにいるの!?」
クノは目の前にキザムの姿が見当たらないことで、胸を引き裂かれるような焦りと不安に駆られ、サンズイの胸ぐらを掴む勢いで問いただした。
しかしサンズイは、まるで魂を抜かれたかのように言葉を失い、ただただ燃え盛る火柱を指差したまま口をパクパクと動かすことしかできない。
「まさか……あの中に、キザムはんが……」
トウコは絶望に染まった表情でその光景を見つめ、ハッと息を呑んだ。
その言葉を聞いた瞬間、クノの理性がプツリと切れる。彼女は泣き叫びながら、猛火の柱へと飛び出そうとした。
「クノはん、待って!」
トウコは咄嗟に身を翻し、駆け出そうとするクノを後ろから力いっぱい抱き締めるようにして必死に引き止めた。
「トウコさん、離してっ! あの中にキザムがいるの……っ!」
「ダメや! 無茶やわ、あんな猛火の中に入ったら、もう……!」
「嫌っ……! キザム、お願い、もう1人にしないでっ……!」
トウコの腕の中で必死にもがきながら、クノの瞳から大粒の涙がとめどなく溢れ落ちる。彼女の脳裏には、先ほどまでの血だらけの光景と、彼の温もりを失う恐怖が残酷に蘇っていた。
(キザムのいない世界なんて……そんなの耐えられない。お願い、私も一緒に連れて行って……)
絶望の淵で泣き叫ぶクノたちの姿を、ツキノワとその無数の分身たちは、まるで極上の演劇でも鑑賞するかのように冷酷な笑みを浮かべて見物していた。
「まさか、自分から二つの炎を合わせて自滅するとはな……。愚かなことだ。まぁいい、【炎】の文字は、その焼き焦げた死体から回収するとしよう」
ツキノワが冷ややかに嘲笑った、その瞬間——。
ゴオォォォッ……!!
空間を揺るがせていた激しい火柱が、まるで意思を持った生き物のように、渦を巻いて一箇所へと収束していく。それが吸い込まれていった先は、他でもない、中央に立ち尽くすキザムの身体だった。
――静寂が訪れた。
その場にいた全員が息を呑む中、姿を現したキザムの姿に、クノ、サンズイ、トウコは一様に驚愕で目を見開いた。
彼の髪は、右半分が漆黒の闇の如く染まり、左半分は眩いほどの純白へと変貌を遂げていたのだ。
「……って、クノ、そんなに近くにいたら危ないだろ。もう少しで俺の炎で焼かれるとこだったんだぞ」
呆れたように、しかしどこか優しく微笑みながらキザムが声をかける。
「キザム……っ! あなたがいない世界で、私1人生きてけって言う方が、何よりも辛い……! いっそのこと、あなたの炎で……」
「バカかお前は。勝手に俺を殺すなよ。上手くいくか分かんねぇけどさ……ここからが本当の勝負だ。しっかり見ててくれ、クノ!」
キザムがふっと笑い、左手の掌をそっと掲げた。
そこに宿った新たな炎さえも、美しく、そして禍々しく、右側が黒、左側が白の二色に綺麗に分かれて燃え盛っていた。
「サンズイ! さっきのお前の術、もう1回やれるか!? 少しの間、俺に集中させてくれ!」
キザムの瞳に宿る圧倒的な自信の光を見た瞬間、サンズイは確信したように力強く頷いた。
「キザム……お前、上手くいったんだな……! さっきの術だな? ああ、分かった! 俺がしばらく、この分身どもを引き受けて時間を稼ぐ! トウコ、頼んだぞ!」
「任せて!」
サンズイが叫ぶと同時に、トウコは素早く夫の背中に手を当て、青く輝く【wind】のスペルを付与する。
サンズイの肉体に、風の加護と水の術式が完璧な調和をもって絡み合い、彼の身体を疾風怒濤のスピードへと引き上げた。
「行くぞ……!」
サンズイは二刀を構え、文字通り「激流」の如き凄まじい太刀筋で、ツキノワ達の群れへと単身飛び込んでいく。
ザシュッ、ドォォンッ!と、次々と分身たちを圧倒的な水流の太刀で切り裂いていくサンズイの背中を、トウコが祈るような眼差しで支え続けた。
「面白い……! さらに上の次元のチカラに目覚めたか! だが、そのチカラもすべて俺の物だ!」
ツキノワは歪んだ笑みを浮かべ、さらに分身体を倍増させるとともに、その足元の闇の底から、おぞましい気配を放つ「ヨル」の姿をした異形の化け物を呼び出した。
一気に数が増した敵が、再びサンズイへと牙を剥く。
その頃、キザムは静まり返った心で深く目を閉じ、左手に宿る二色の【炎】の波動に全神経を集中させていた。
「サンズイが……囲まれてるっ……! キザム、なんとかしてっ!」
クノが焦燥に満ちた声を上げるが、キザムは微動だにせず、ただ己の内の言霊と炎の鼓動に耳を澄ませる。
「キザムはん……! サンズイはんを助けてあげて……!」
トウコの声援が戦場に響いたその瞬間。
キザムがカッと力強く両目を見開いた。
「——ここだっ!」
キザムが左手の二色の【炎】を一気に解放する。
解き放たれた炎は、耳をつんざくような轟音とともに爆ぜ、ツキノワが作り出していた広大な「空間」そのものを内側から粉々に打ち破った。
パァンッ……! とガラスが割れるように闇の領域が消滅し、現実の林の景色が一瞬で戻ってくる。
周囲を埋め尽くしていた無数のツキノワの分身も、ヨルの姿をした化け物も、すべて一瞬にして霧散し、跡形もなく消え去っていた。
あとには、敵の包囲網の中心にぽつんと取り残されたサンズイが、静かに刀を収めながら立っていた。
「……遅いぞ、キザム」
サンズイがふっと不敵な笑みを浮かべて振り返る。
その背後には、二色の炎を神々しく纏ったキザムが、揺るぎない足取りで堂々と立っていた。
絶望の闇は完全に払拭された。
仲間たちの絆と覚悟の炎が一つに結実した今、反撃の狼煙は最高潮の熱量となって、すべての理不尽を焼き尽くすための最終決戦へと突入する——!




