第92話 二つの炎、交わる奇跡
右手に纏いし漆黒の【業火】、そして左手に燃え盛る神々しい白い炎【煌炎】。
二色の炎を両翼に携えたキザムの突撃は、先ほどまでの苦戦が嘘のように猛威を振るっていた。圧倒的な熱量と神速の踏み込みが、襲い来るツキノワの分身たちを次々と容赦なく焼き払っていく。
「ハッ……!」
キザムが放つ一撃が空間を焦がし、分身の影は断末魔の暇すら与えられず灰塵と帰す。凄まじい火力の前に、それまで余裕を保っていたツキノワたちの表情に、初めてわずかな歪みが生じ始めていた。
一人、また一人と数が削られ、ついには群れの中心に控えていた本物と思わしきツキノワを残すのみとなる。
「新しいチカラか……。面白い……。欲しい、欲しぞ! その【炎】に、ますます興味が湧いてきた!」
追い詰められているはずのツキノワの瞳には、恐怖ではなく、底知れぬ狂気と歓喜の光が宿っていた。彼は臆するどころか不気味に笑みを浮かべ、その足元の影からさらに禍々しい黒い気配を膨れ上がらせる。
——瞬く間に、消滅したはずの分身体が再び何倍にも増殖し、周囲を埋め尽くしていった。
「チッ……キリがねぇな……!」
キザムが舌打ちしたその時、轟音とともに風と水が混ざり合った激流が横合いから割り込んだ。
ザシュッ——!
鋭く舞う二刀の斬撃が、新たに生み出された分身の群れを一刀両断にする。そこへ現れたのは、満身創痍ながらも再び戦場へと舞い戻ったサンズイだった。
「キザム……! その両手のチカラは……?」
「へへっ、まぁ新しく手に入れたっていうか……やっと本来のチカラを引き出せるようになったって感じかな!」
キザムは照れくさそうに鼻を擦りながら笑ってみせるが、その表情の裏で額には大粒の汗が滲んでいた。
どれだけ焼き払っても、どれだけ両断しても、ツキノワの影からは次から次へと分身が這い出してくる。倒しても、倒しても、キリがない。
(確かに、右の黒炎と左の白炎の火力は跳ね上がっている……。だが、何だ……? それぞれの威力が凄まじい分、どこかお互いを拒絶し合っているような、噛み合っていない感覚があるな……。この違和感は一体……。)
サンズイが舞うように二刀の刃を振るい、キザムが二色の炎で敵を焦がす。しかし、戦局は一向に打開の糸口が見えなかった。
「どんな新しいチカラかと思えば、その程度か? 俺ならよりそのチカラを引き出せる! さっさとその【炎】をよこせ!」
ツキノワが嘲笑いながら両手を掲げると、周囲の影が一斉にうねり狂い、その数は先ほどまでの倍以上へと膨れ上がった。黒い壁のような分身体が、逃げ場のない包囲網を築き上げていく。
「クソッ……! 一体、何体倒せば終わるんだよっ!」
覚醒したばかりのチカラは強力である反面、キザムの肉体と精神を激しく消耗させていた。呼吸が乱れ、両手の炎の揺らぎがわずかに不安定になり始める。
「キザム……。俺に一つ、考えがある」
激しい攻防の最中、サンズイは背中合わせに立ったキザムへと低く、しかしはっきりと声を飛ばした。
「乗るか反るかはお前次第だ。失敗したっていい……その時は、俺が命に代えても何とかする」
「サンズイ……! 俺には、このチカラでゴリ押しするしか能がねぇからよ……。もちろん、お前の作戦に乗るに決まってるだろ!」
キザムは言葉の代わりに、血に汚れた拳をぐっとサンズイの背中へと突き出した。それは言葉以上の、絶対的な信頼の証だった。
サンズイは振り返らず、キザムの耳元へと顔を寄せ、ごくわずかな声で自らの作戦を囁く。
その計画の内容を聞いた瞬間、キザムは目を見張り、息を呑んだ。
「えっ……!? まさか、そんな無茶な……!」
「どう転ぶか分からない。だが、今の詰んだ状況を打破するには、これしか試してみる価値はあるまい」
「……わかった! サンズイ、お前を信じる。やってやるよ!」
戦場の少し離れた外縁では、クノとトウコが祈るようにその背中を見守っていた。彼女たちの握りしめた拳の先が、白く震えている。
キザムは深く息を吸い込み、すべての迷いを断ち切るように覚悟を決めた。
彼は両手を広げ、右手の【業火】と左手の【煌炎】を、胸の前でまるで祈るかのように合わせる。
——次の瞬間。
相反するはずの二つの極限の炎が触れ合ったことで、世界が歪むほどの凄まじい閃光が爆ぜた。
キザムの身体全体が、天を衝くような巨大な猛火の柱へと包み込まれていく。
絶望の淵で繰り出される、反撃の切り札。
果たして、二つの炎が混ざり合ったとき、そこに生まれたのは破滅か、それとも奇跡の扉を開く一撃か——。
すべての命運を賭けた、最後の激突が始まろうとしていた。




