第83話 届かない連撃
「何かしらの術を使っているのは間違いない……。だが、一体どうやって……っ!」
サンズイが息を荒らげながら、愛刀を構え直す。どんなに目を凝らしても、どんなに鋭い軌道で斬り込んでも、ツキノワの肉体は常に現実をすり抜けていく。
「考えるだけ無駄だ。理を外れた場所にいるお前たちに、答えなどたどり着けやしない。わかったところでお前たちには何もできないんだよ……。無駄な足掻きはやめて、さっさとキザムをよこせ」
嘲笑うようなツキノワの声が、冷たく湿った空気に溶けていく。
その時、ツキノワの後方から、不気味に唸るような強烈な突風が吹き抜けた。
「……っ! なんだよ、風すらもアイツの味方みたいに吹きやがる……!」
キザムが頬を叩く風に顔を歪めた瞬間、サンズイの脳裏に、雷に打たれたような小さな違和感が走った。
(風が……アイツを押し出すように、まるで味方して吹き荒れている……? いったい、これは……)
正体の糸口を掴みかけたものの、思考のピースがかみ合わない。焦りがサンズイの額に冷や汗を伝わせる。
だが、のんびりと熟考している時間など残されていなかった。ツキノワが不敵な笑みを深め、再び凄まじい殺気を放ちながら歩み寄ってくる。
サンズイは瞬時に判断を下すと、隣に立つキザムの耳元へと、誰にも聞き取れないほどの小声で囁いた。
「キザム、俺が囮になる。俺の攻撃へのカウンター、その一瞬の隙を狙え!」
キザムは言葉を発せず、ただ一度だけ、深く力強く頷いた。
その背後で、クノもまた二人のアイコンタクトを鋭い瞳で受け止める。
「サンズイへのカウンターは、私が障壁で絶対に受け止めるから……! ギリギリまで引き付けて!」
「あぁ、任せた。――いくぞっ!」
サンズイの気高い叫びとともに、湿地帯の空気が一瞬で凍りついた。
全神経を研ぎ澄ませたサンズイが、愛刀【緑葉】に
(wind)の術式を乗せ、ツキノワの脳天めがけて渾身の一撃を振り下ろす。
――だが、当然のように、その刃はツキノワの身体をまるで霧のようにすり抜けた。
(狙い通り……!)
ツキノワは「隙ができた」と確信し、冷酷な笑みを浮かべながら、サンズイの頭部を狙って容赦のない強烈な拳を突き出した。
サンズイは作戦通り、ギリギリの極限までその拳を自らの間合いへと引き付ける。
そして、背後で構えるクノへと、わずかに視線を走らせてアイコンタクトを送った。
――(今だっ……!)
その合図を待っていたかのように、クノが両手を力強く突き出し、翡翠の様に輝く強固な障壁を一気に展開する。ツキノワの拳が、まさにサンズイを捉えるその寸前に間に合った。
同時に、背後から死角を突くように、【煌炎】を纏ったキザムの拳がツキノワの側頭部へと正確無比に叩き込まれる。
「――もらったぁっ!!」
キザムの叫びと共に、拳の手応えが確かにあった。
しかし――。
(……すり抜けた……っ!?)
キザムの拳は虚しく空を切り、ツキノワの身体をただ素通りしていった。
それと同時に、サンズイの頭部へと突き出されたツキノワの拳が、クノの展開した障壁に到達する。しかし、激突の衝撃は一切なかった。
クノが命がけで練り上げた強固な障壁は完全に無力化され、まるで最初から存在しなかったかのように、音もなくスーッと掻き消されてしまったのだ。
防御という概念すらも通用しないその空間で、ツキノワの拳が容赦なく振り抜かれる。
「ぐっ……アァッ……!!」
防ぎきれなかった凄まじい衝撃波がサンズイを直撃し、彼の身体はまるで紙屑のように吹き飛ばされて、湿地帯の深い林の中へと激しく消えていった。
「サン……ズイ……っ!」
クノの絶叫が、湿った森に悲痛に響き渡る。
完璧なまでのコンビネーション、計算し尽くされたタイミング、命がけのチームワーク――。そのすべてを総動員したというのに、相手に傷一つどころか、かすり傷すら負わせることができない。
「くそっ……! クソっ……!! 一体、どうすりゃいいんだ……。この野郎の術の正体を見破るしか、勝つ方法はないのか……っ!」
キザムが地団駄を踏み、悔しさに唇を噛みしめて拳を握り締める。血が滲んでも、その痛みに気づく余裕すかない。
絶望の淵。
それは、かつて彼らが経験したどの戦いをも凌駕する、理不尽の極みだった。
圧倒的な「理」の前に、積み上げた絆も、命がけの連携も、微塵の痕跡すら残さず、ただ虚しく霧散していく。
反撃の糸口すら見えない暗闇の中、彼らの残された希望は、音もなくすり抜けて消えていった――。




