第81話 偽りの刺青
日ノ本の里は、あちこちで赤々と火の手が上がり、かつての平穏な面影は崩壊したガレキの下へと埋もれていた。だが、今疾走するキザム、サンズイ、クノの3人にとって、周囲の惨状に目を向ける余裕すらない。
見覚えのある懐かしい景色が、猛スピードで視界の端を流れていく。
――忍者学校の横を抜け、クノの家の前をかすめ、そしてキザム自身の家の前を文字通り風のように走り抜ける。
行き着いた先は、里の喧騒から切り離されたようにひっそりと佇む湿地帯。その奥にポツリと建つのは、かつて彼らに様々な教えを授けてくれた師匠・ノバラの住処――【古代文字研究所】だった。
(……追いついたっ!)
建物の前に佇む、見慣れた黒い外套の影。ツキノワの姿をしっかりと捉えた瞬間、キザムの足が地を蹴る。
「よりにもよって、研究所に何の用だ……っ!」
怒りのままに投げつけられたキザムの苦無は、ツキノワを捉えることなく、研究所の古びた外壁へと虚しく突き刺さった。
足音に気づいてゆっくりと振り返ったツキノワは、薄気味悪い笑みを浮かべる。
「またお前たちか……。……で、ヨルはどうした? あぁ……見ればわかる、ジャミを犠牲にして逃げてきたってわけか……。」
抉られるようなその言葉に、キザムたちは息を呑む。クノは胸が張り裂けそうな痛みに顔を歪めながらも、必死に声を張り上げた。
「犠牲なんかじゃない……! ジャミは、負けないっ……!」
それは、震える心を必死に抑え込むための精一杯の強がりだった。しかし、ツキノワは冷ややかに鼻で笑う。
「まぁいいだろう。ここでお前らを殺し、その後に用事を済ませたところで、俺の計画には微塵も影響はない」
相変わらずその黒い外套を脱ぐ気配すらなく、ツキノワには未だに「本気を出す必要すらない」という余裕の色が張り付いていた。
ピリついた空気を切り裂くように、サンズイが冷静に、しかし鋭い眼光を向けて一歩前に出る。
「ツキノワ……。お前のその【熊】の字、かつて戦ったクチナシが宿していたのと同じモノだろう……。ならば、単純にbearのチカラが付与されている、その程度のカラクリか!」
探るようなサンズイの問いかけに、ツキノワはふっと興味深そうな笑みをこぼした。サンズイはあわよくば、この会話の隙に奴の目的や正体に繋がる情報を引き出そうとしていたのだ。
「そんなこと聞いてる場合かっ……!」
キザムが焦りを滲ませて遮ろうとするが、それを制するようにツキノワが口を開いた。
「サンズイ、少しは関心したぞ。【古代文字】の理を直接扱えるわけでもない凡人が、そこまで思考が回るとはな……」
誉め言葉の裏に隠された底知れぬ冷たさに、サンズイはさらに目を細めて睨みつける。
「そこまで辿り着いた褒美だ。死ぬ前に特別に教えてやろう」
ツキノワがふっと右足を踏み鳴らすと、その足首に刻まれた【熊】の文字が妖しく光り出した。だが、よく見れば発光しているのは上の【能】の部分だけで、下部は微動だにしていない。烈火の部分はツキノワが刺青として付け足しているだけだった。
「お前なら気づいているだろう? ヨル達の身体は、すべて野蛮な『生物』を模した【古代文字】を宿している。……俺がヤツらにすんなり受け入れられ、懐に入り込めた理由がわかるか?」
ツキノワは愉悦に満ちた声を響かせる。
「同じ『生物』の文字を宿し、『被害者』のふりをして近づくのが一番手っ取り早かったのさ。ヤツらは自分たちにこんな地獄(【古代文字】)を与えた張本人だとも知らずに、俺を仲間だと信じきっていたよ……っ!」
狂気に満ちた高笑いが、静まり返った研究所の周囲にこだました。
「やっぱり、お前がすべての黒幕か……!」
「なんて外道な野郎だ……!」
サンズイとキザムの怒号が重なる。
その背後で、クノはハッと息を呑み、ミケの身に起きていた残酷な実験の記憶を思い返して、思わず両手で自分の口をぎゅっと塞いだ。
「知っているか、キザム?」
ツキノワは不敵な笑みを消し、ねっとりと冷酷な目をキザムへと向けた。
「【熊】の文字の下にある4つの点、これを『烈火』と呼び、突き詰めればそれは『炎』を表す……」
その言葉に、キザムは喉の奥がカラカラに乾き、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。脳裏に、あの意識の底で聞いた『炎』の言霊の声がフラッシュバックする。
「ここへ来た目的は他でもない。キザム、お前の中に眠る【炎】の本当の使い方、その『理』が記された極秘の文書を探すためだ。……だが、お前たちがわざわざこうして追ってきたおかげで、文書を探す手間も省けた。それに、【炎】の【古代文字】を宿すお前の身体そのものが、目の前にある」
ツキノワが不気味に手を伸ばす。その指先には、殺意の光が宿っていた。
「本当はヨルに始末させ、ヨルごと取り込む予定だったが……せっかくだ。ここで真っ先に貴様を殺し、その死体から【炎】のすべてを綺麗に頂くとするか!俺の【古代文字】が貴様の【炎】を求めている。」
絶望的な真相と、逃れられない死の気配がキザムたちを包み込む。
すべてを暴いた黒幕の魔手が、ついに最高の標的へと伸びようとしていた――。




