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第8話 奈落の同行者

日ノ本の里を囲む巨大な石門が、夕闇に溶け込もうとしていた。霧の向こう側、未知の領域へ足を踏み出そうとするキザムの背中を、ノバラは師としての冷徹な眼差しで見下ろしていた。彼女にとって、この少年が里を出ることは逃避などではない。泥と血に塗れた湿地帯での一戦を経て、自分の術が人の命を断つものであるという現実に直面し、その掌の熱が冷めぬまま彷徨う彼を、自らの手で真の忍へと仕立て上げるための、必然の旅路であった。

ノバラは退廃的な気だるさを纏いながら、あえてキザムよりも一歩遅い歩調で追う。猫のような、音のない歩み。彼女が動くたびに、毒花の甘い香りと古酒の匂いが混じり合い、里の清浄な空気を汚していく。彼女は先頭を歩くキザムの背中を眺めながら、その肩が微かに震え、迷いを隠しきれていないことを見抜いていた。

「待てよ、キザム!」

石門の影から現れたのは、サンズイとクノであった。あの凄惨な光景を目の当たりにしたはずの二人が、なぜここにいるのか。ノバラは足を止め、不快そうに眉をひそめる。予想外の来訪に、彼女の冷めた瞳には苛立ちの色が混じった。

「……サンズイ? クノ? なんでここに」

キザムが驚いて振り返る中、サンズイは腰に差した木刀を強く握りしめ、一歩も引かずにノバラを見据えた。彼の瞳には、湿地帯で人を手にかけるという忍の本質を突きつけられ、その重圧に押し潰されそうな己を繋ぎ止めるため、何かに縋り付かなければならないという痛々しいまでの切実さがあった。


「俺たちも、あんたについていく。俺たちは自分の弱さを呪うことに飽きたんだ。教えを乞う。あんたの毒、その全てをだ」

続いてクノが、キザムの前に立ちふさがるようにして鋭い視線を投げつける。彼女の瞳には、あの場所でキザムに抱きとめられた時のあの熱と、今のキザムを失うかもしれないという強烈な焦燥が混ざり合っている。

「勝手に1人で行くなんて許さない! ……キザム、あんたがどこへ行こうが、私たちの許可なく勝手な真似はさせないから」

ノバラは酒瓶を片手に、予想外の申し出に深く溜息を吐き出した。その表情には、煩わしさと共に、少年たちが抱える「残酷な世界を生き抜くための、歪なほどの飢え」に対する嘲笑が浮かんでいる。彼女は三人を冷徹な瞳で見下ろし、毒を吐くように言い放った。

「あんたたち、自分が何を言っているのか分かっているの? アタシはあんたらのお守り役でもないし、情けをかける子守りなんて真っ平ごめんよ。路傍で野垂れ死のうが、敵の刃に貫かれようが、指一本動かすつもりはない。……アタシの背中は、あんたたちが甘えるための場所じゃないわ」

ノバラは酒瓶の栓を無造作に閉め、冷酷に告げる。

サンズイは腰の木刀を砕けんばかりに握り込み、その拳に白く力がこもる。退くという選択肢は、彼らの心から完全に消え去っていた。クノはノバラの凍てつくような拒絶を真っ向から受け止め、その瞳に静かな、しかし決して消えることのない炎を灯す。彼らが放つのは、縋るような哀願ではなく、死を恐れず食らいつこうとする、獣のような決意だった。

その純粋で泥臭いまでの熱量。ノバラの肌に、少年たちの放つ熱がビリビリと伝わる。彼女は苛立ちの中に、かすかな、しかし否定できない「興味」が芽生えるのを感じた。この未熟な者たちが、どこまでその執念を毒に晒し続けられるか。その「器」の強さを、目の前で測りたくなったのだ。

「……何のつもりか知らないが、地獄を潜る覚悟があるなら、勝手についてきな。奈落の底へ引きずり込まれても、アタシは一切関知しないからね」

ノバラは背を向けた。それは師としての、拒絶を含んだ導きの合図であった。彼女の背中は、少年たちにとって唯一の術の依り代であり、同時に決して追いつくことのできない、永遠の境界線であった。

三人が彼女の後に続く。ノバラは振り返らぬ。自分が歩む道が、そのまま彼らを鍛え上げる過酷な修行場となることを確信していたからだ。捕食者のような冷酷さで、しかし確かに彼らを北へと引き寄せていく。

荒野へ出ても、その主導権は揺るがない。キザムが転び、弱さを露呈するたび、ノバラは「呆れ」という皮肉を吐きながら、指先一つで彼の進路を正す。彼女が『土』の術で砂の道を固めるとき、それは「あんたの足元はアタシの慈悲で支えられている」という、師としての教鞭の振るい方であった。

夜、焚き火の傍らで。クノやキザムが安らぎを求めて寄り添っても、その円の中心には必ずノバラがいる。彼女が語る言葉一つ、酒瓶を傾ける仕草一つが、彼らの夜を支配し、明日を生き抜くための術を説く。

「生き残りたければ、明日までに自分の弱さを自覚しなさい」

ノバラの宣告は絶対であった。キザムたちがどれだけ抗おうとも、その掌の上で転がされている事実は変わらぬ。闇の中で、三人は師という名の毒に、少しずつ、しかし確実に魂を染め上げられていく。

明日の夜、彼らは何を学び、何を失うのか。砂塵の向こう側に広がる未知の恐怖を前に、四人の歩調は、いびつなまま重なっていった。それは、ノバラが望んだ通りの、美しくも残酷な調律であった。

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