第78話 崩壊の里、狂乱の牙
サンズイの鋭い推理に背中を押され、キザム、サンズイ、クノ、ジャミの4人は、里長の屋敷がある中心街を目指して全力で林を抜け、野原を駆け抜けていた。
だが、里の敷地に足を踏み入れた瞬間、四人の足がピタリと止まる。
そこに広がっていたのは、地獄絵図だった。
辺り一面にはおびただしい量の血が流れ、里の精鋭であるはずの忍たちが無残に倒れ伏している。
「おいっ! 何があった!」
サンズイは近くに倒れていた一人の忍を慌てて抱き起こし、懸命に声をかける。しかし、その身体から返ってくるのは微かな体温のみで、すでに意識を失い、言葉を発する気配すらなかった。
「見て……。あれ……っ!」
蒼白になったクノが、震える指先で中心街の方角を指し示す。
その視線の先――燃え盛る里長の屋敷の前で、おぞましい光景が繰り広げられていた。
全身の血管が異様に浮き上がり、無理矢理に数え切れないほどの【古代文字】を投与されたのだろう。もはや元の人間の形を留めぬほどに巨大化し、醜く変異したヨルが、苦悶の表情を浮かべる里長の首を片手で軽々と締め上げていたのだ。
「里長っ……!」
いつもは冷徹で冷静沈着なジャミの表情が、激しい怒りと焦燥に歪む。彼は恩人である里長の窮地を目の当たりにし、ついに理性のタガが外れた。
ジャミは胸元から愛用の短刀を取り出すと、その鞘を迷わず地面に投げ捨て、狂気じみた速さでヨルへと斬り掛かる。
「ジャミ、待てっ!」
サンズイの制止も間に合わない。
だが、暴走するヨルにとって、今のジャミの突撃など蚊の止まるようなものだった。ヨルは虫けらを払うかのような無造作な裏拳一閃で、ジャミの身体を激しくなぎ払う。
ドガァァンッ!!
凄まじい衝撃波と共に、ジャミの身体は近くの民家の厚い壁へと真っ直ぐにめり込み、そのままガレキの中に埋もれた。
「ジャミ……っ!?」
キザムが絶叫する。
「キザム、落ち着け! クノ、すぐにジャミの手当てを!」
サンズイの的確な指示に、クノは一瞬ためらったものの、唇を噛み締めながら黙って頷き、ジャミが埋もれた瓦礫へと全速力で走り出した。
サンズイは一歩前に踏み出し、愛刀【緑葉】を鞘から引き抜いて低く構える。その瞳には、かつてないほどの殺気が宿っていた。
「化け物め……。いつの間に、こんな厳重な里の内部に入りやがった」
隣で、キザムは左手のひらにグッと力を込め、【炎】の文字を刻みつける。すると、その左腕に激しく燃え盛る【煌炎】が宿った。
(2つの火……。2つで1つ……)
脳裏によぎるのは、意識の底で『炎』の言霊が告げた謎の言葉だ。しかし、今の差し迫った状況のなかで、キザムの頭ではその真意を理解する余裕など微塵もなかった。
「フシュー……、フシュー……」
ヨルは獣のような荒い息を吐き出しながら、濁りきった目をギラつかせている。過剰な古代文字の投与による拒絶反応で、彼のなかに理性のかけらは一切残っていなかった。
その時――。
静まり返った廃墟の物陰から、不気味な足音が響く。
「いつの間に里に入ったのか? とか言っていたな……」
冷ややかな笑みを浮かべながら姿を現したのは、すべての黒幕であるツキノワだった。
「今のヨルにとって、そんな侵入経路の確保など造作もないことだ。目にも見えないスピード、岩をも簡単に砕く圧倒的なパワー――その全てが、今までのどの実験体をも凌駕している。どうだ、最高傑作の出来栄えだろう?」
ツキノワは自身の成果を誇るように、愉悦に満ちた表情で語ってみせる。
「クソっ……! もう1人、厄介なのがいやがったか……! サンズイ、そっちは1人で任せて大丈夫かよ!?」
キザムが横目で仲間を案じるが、サンズイは微動だにせず、前を睨み据えたまま短く答えた。
「あぁ……問題ない」
キザムはツキノワへ、サンズイは変異したヨルへとそれぞれの標的を定め、鮮やかな対峙を見せる。
しかし、ツキノワは不敵ににやりと笑い、挑発的な言葉を投げつけた。
「フッ、俺なんかを相手にしている暇があるのか? ヨルに向かった方がいいんじゃないか……あのサンズイとかいう奴、一瞬で殺されるぞ」
「それならさっさと、お前を片付けてサンズイに加勢するまでだ……っ!」
キザムは地面を強く蹴り上げると、両手を合わせて素早く合掌の構えをとる。そして、両腕に宿した【煌炎】を手のひらから足元へと伝い合わせ、全身を眩い炎の衣で包み込んだ。
研ぎ澄まされた機動力を極限まで活かし、キザムは怒涛の勢いでツキノワへと肉薄する。
一方のサンズイは、愛刀を構えながら深く腰を落とした。サムライの構え。その足元から、水色の清らかな術式が波紋のように広がり、サンズイの身体全体を包み込んでいく。
「いくぞ、化け物……!」
サンズイの気高い叫びが響き渡る。
怒号と共に、二人の戦士はそれぞれの宿敵へと、決死の刃を振り下ろすべく突撃していった――。




