第74話 二人一緒や、崩れゆく日ノ本
「もう少しだ、急ぐぞ、トウコ!」
「はいな、サンズイはん!」
二人はマイコとの激闘のあと、ひたすら日ノ本を目指し、風を切るように荒野を駆けていた。
今のサンズイの目には、日ノ本の未来しか映っていない。これ以上、里の仲間達を傷つけさせるわけにはいかない。失う訳にはいかない――その焦りが、彼の足を無意識に急かしていた。
(キザム……無事でいてくれよ……)
胸中で呟きながら、サンズイがふと足を止める。
「サンズイはん、どうかしはりました?」
トウコはサンズイの急な停止に気づき、すぐ隣で自身の足を止めた。
「トウコ、俺ひとりで行く。お前は、ここで、いや……チユやナナシ、クノと一緒に待っていろ。この戦争は俺が終わらせる」
サンズイの心にあるのは、里の仲間、そして何よりも最愛の妻を危険な戦場に巻き込みたくないという強い思いだった。
「なにを……」
「何も言うなっ! 戦場には来るなっ!」
いつもは冷静なサンズイが、普段からは想像もつかないほど声を荒らげる。
――パァンッ!!
乾いた音が響き、トウコがサンズイの頬を叩いた。サンズイは驚きの表情を浮かべている。
「なにを……。なにを言いはりますのっ……。キザムはんの件で、サンズイはんは冷静さを失いはる……。ウチはサンズイはんの妻や。どんな事があろうと、最期まで共にするわ」
「っ……。いや、だが……」
「サンズイはんは、ウチの居場所……。なにがあっても、二人一緒や……」
トウコの瞳に宿る覚悟は、決して揺るぎないものだった。その真っ直ぐな想いに触れ、サンズイは自分が囚われていた愚かさにハッと気づかされる。
「すまない、トウコ……。俺としたことが……少し冷静さを欠いていたな。……俺の傍を離れるなよ」
「えぇ……。もちろんや」
迷いを断ち切ったサンズイとトウコは、お互いの手を強く握り締め、再び日ノ本へと駆け出した。
その頃、日ノ本では――。
ハァ……ハァ……。
激しい攻防の末、ロンロンとタイガの息がわずかに上がっていた。
「おいロンロン、さっきから俺の邪魔をするな!」
「貴様こそ、チラチラと視界に入りおって、目障りなんだよ!」
ゴンベエの巧妙な受け流しによって攻撃を空振りさせられ、二人は苛立ちから互いにいがみ合い、言い争いを始める。
それに対し、ゴンベエは息ひとつ乱さず、静かに身の構えを崩さない。
(ここまではなんとかいなせたが……。問題は、ここからじゃな……)
ゴンベエは自らは決して攻撃に出ず、二人の猛攻を受け流すことだけに全神経を集中させていた。しかし、老体に蓄積する疲労は確実に限界へと近づいている。
同じ頃――日ノ本の里、里長の屋敷。
「まさかっ……。ゴンベエが一人で、あの化け物どもと対峙しているだと……!?」
息せき切って戻ってきた偵察部隊の報告に、里長は椅子からガタッと立ち上がり、険しい表情を浮かべている。
「今すぐに、護衛部隊を全隊出撃させよっ!! 護衛部隊だけではない、各地に散っている、戦える者全てを招集するのだっ! ワシも出る!」
里長の一喝に、偵察部隊の忍たちは驚愕しながらも、各地へ伝令を走らせるべく一斉に飛び出していった。
静まり返った屋敷の中で、里長は遠くで黒々と立ち上る煙を見据え、固く拳を握りしめている。
(ゴンベエ……。死ぬなよ……!)
老兵の命懸けの足止めが限界を迎えようとする中、日ノ本の里は、いよいよ全面戦争の泥沼へと飲み込まれようとしていた――。




