第73話 孤独の影、眩しすぎる温もり
マイコは一人、虚空を見つめたまま動けずにいた。
(ウチが……。負けるなんて……)
頭の中に、先ほど刃を交えたサンズイとトウコの姿がよぎる。
(あんな風に誰かを愛せたら……もっと強うなれんかな……? それとも……紅葉の里にずっとおれたら……。いや……ウチはバケモノや……。里には帰れへん……)
孤独と絶望に浸るマイコの背後に、冷たい足音が近づいてくる。振り返ると、そこに立っていたのはツキノワだった。
「マイコ、どうした? お前ほどの腕利きが、負けたのか?」
「ツキノワ! ボスは……!? ヨルはどうしたんや!?」
マイコは弾かれたように立ち上がり、ツキノワへと詰め寄る。
「ボスなら心配ない、じきに追いつく。それよりマイコ、体は無事そうだが、なぜヤツらを追わないのだ?」
「なんかよぉわからんくなってしもうたわ……。ウチ、どないしたらええんや……」
迷いを吐露するマイコに対し、ツキノワは背後で不気味に注射器を構えていた。
「俺達をこんな姿にした忍達に、復讐するんだよ。ヤツらがいなければ、大好きな故郷を離れることもなく、生きていけたはずだろ……? さぁ、ヤツらに復讐をしよう。俺がチカラを分けてやる」
「ウチは、もうええわ……」
「そう言うな。ほら、これでチカラがみなぎってくるぞ! さぁ腕を出せ!」
ツキノワは強引にマイコの腕を掴む。
「ちょっと……! 痛っ、何するんっ!」
「大丈夫、すぐ済むから」
ツキノワの冷酷な瞳が光り、マイコの腕へと針が迫る――その瞬間!
キィィンッ!!
鋭い音を立てて一本の短刀が飛来し、ツキノワの手元にある注射器を正確無比に撃ち抜いた。直撃した注射器から、おぞましい緑色の液体が飛び散る。
「誰だっ!?」
ツキノワが舌打ちをして顔を険しくする。その視線の先から、声が響いた。
「ふうー、なんとか間に合ってよかった」
現れたのは、傷を癒したジャミ、そしてその後ろに続くキザムたちだった。
「ジャミ、貴様……。ヨルにやられたはずでは……。……チッ、多勢に無勢か。ここは退散しよう」
ツキノワは不敵な笑みを残すと、煙のように素早くその場から姿を消した。
戦闘が静まり返る中、ミケがマイコへと駆け寄る。
「マイコ、大丈夫かニャ?」
「ミケ、あんたなんで……? いや、それより、なんでコイツらと……」
動揺するマイコに、ミケはこれまでの経緯やツキノワの目的をかいつまんで説明する。その話を聞いたマイコは、自分がいま、まさにヨルと同じ「実験体」にされかけていたという事実を理解し、背筋が凍る思いだった。
「ツキノワが……。なんや、怪しいヤツとは思ってたけど、やっぱりか……」
そこへ、キザムがまっすぐな足取りで近づいてくる。
「マイコ! よかったら俺達と一緒に来ないか? 日ノ本に向かって、アイツらを止めねぇと!」
キザムは躊躇なく、マイコへと手を差し伸べた。
その差し出された手は、マイコがこれまで知ってきたどんなものよりも温かく、キザムのまっすぐな眼差しは、孤独に凍てついた彼女の胸にはあまりにも眩しすぎた。
(この手を取れば……何かが変わるのだろうか……)
マイコは思わず、その温もりに触れようと手を伸ばしかける。しかし、温かさを知る怖さと、長年抱えてきた孤独が彼女を急に引き戻した。
ビクッと手を引っ込めたマイコは、拒絶するようにキザムの手を乱暴に払い除けた。
「ウチが一緒に……? ありえへんわ! さっきまで争ってた相手に、そないなことよく言えるなぁ……!」
強がりを含んだ声で吐き捨てる。
仲間の温もりや優しさを知らずに生きてきたマイコにとって、キザムのまっすぐな善意は眩しすぎて、直視することすらできなかったのだ。
「ウチは……1人で行くわ」
それ以上何かを言われるのを拒むように背を向け、マイコは走り去っていく。
彼女の背中を見送りながらも、キザムたちは新たな決意を胸に引き締める。
孤独な影を遺して去ったマイコと別れ、キザム達は日ノ本へと続く道を再び駆け抜けていくのだった――。




