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第69話 涙の向こうに

(……雨……? いや、違う……これは涙……。誰かが俺を呼ぶ声がする……。この声は……)


微かに意識の浮上を感じながら、キザムがゆっくりと目を開ける。

その視界の先に飛び込んできたのは、ぐしゃぐしゃに顔を歪め、何度も何度も自分の名を必死に呼び続けるクノの姿だった。


「クノ……」


クノは自分の名前を呼ぶキザムの瞳をまっすぐに見つめ、信じられないものを見るようにハッと息を呑む。

――今の今まで、心臓の音すら止まっていたはずなのに。


「キザムっ……!!」


堰を切ったように大粒の涙を零しながら、クノはキザムの身体へと飛び込み、力いっぱいその温もりを抱き締めた。

少し離れた場所でその奇跡的な光景を見守っていたナナシ、チユ、ミケの3人は、あまりの出来事に驚きの表情を隠せずにいる。


「俺……生きてるのか……?」


「もう……バカ、バカ、バカ、バカ! キザムのバカ……っ! 無茶ばっかりして……本当に死んじゃったかと思ったんだから……!」


「クノ……俺……っ」


「どうして……どうして自分を犠牲にするようなことしたの……! なんでそんなに無茶ばっかりするのよ……っ!」


その言葉は責め立てるものではなく、キザムが生還してくれたことへの圧倒的な安堵と恐怖が入り混じった、切実な叫びだった。


「っぐ……アレ……。身体が動かねぇ……」


動揺と安堵に浸る間もなく、キザムの身体の異変に気づき、チユが素早く駆け寄る。


「キザム様、今『治癒(ヒール)』を!」


チユが手をかざすと、眩い光が包み込み、キザムの黒く煤けた皮膚がみるみる本来の色を取り戻していく。


「申し訳ありません……。クノは意識のないキザム様に何度も何度も治癒を施し、既に体力が枯渇しておりますので、代わりにアタシが……」


「チユ、すまない……ありがとう」


そこへ、やれやれといった様子でナナシが割って入る。


「まったく、このバカ弟子は何をしたらこんな大規模な爆発を起こせるんだい。どうせまた戦いの最中にテンパって、書き順でも間違えたかい?」


図星を突かれたキザムは、わずかに目を泳がせる。

「いや、なんて言うかその……まぁ、書き順を間違えたのは確かなんだけどさ……」


ナナシは呆れ果てた顔で、深いため息をついた。

「ホンットにバカ弟子だね、まったく……」


そのやり取りを、ミケがナナシの後ろからおずおずと覗き込んでいる。


「アレ? ミケ? なんでここに……いや、なんでクノ達と一緒に……?」


キザムの問いかけに、クノはこれまでの経緯と、ミケから聞いた衝撃の事実をかいつまんで説明した。


「ツキノワって奴が、ヨルの身体に人体実験を……? じゃあ、ヨルの奴まだ生きてやがったのか……! こうしちゃいられねぇ、ジャミはどこだ! ジャミを連れて、サンズイたちと合流するぞ!」


「ジャミも一緒だったの!? まさか、キザムのあの爆発に巻き込まれて……」


「アイツ、腹にでっかい穴が空いちまってたんだ……早く助けてやらないと……!」


ナナシが鋭く指示を飛ばす。

「チユ! ミケ! 近くにジャミがいるかもしれない、手分けして探すんだよ!」


チユとミケはすぐに頷き、辺りの捜索へと走り出した。


「キザム, でも……本当によかった……っ!」

クノが再び感極まったように、キザムの服をぎゅっと掴む。


「あぁ。……よくわかんねぇけどさ、目覚める前に頭ん中で変な声が聞こえてさ」


キザムが意識の底で体験したことを話すと、クノとナナシは真剣な表情へと切り替わる。


「『古代文字』の『言霊』が直接……っ!? まさか、そんなこと……」


「ナナシさん、何か心当たりが……?」


「いや、心当たりというほどではないがね……。アタシが...いや、ノバラ様が研究していたのは、まさにその『言霊』には命が宿るという仮説さ。ただ、実際に語りかけてくるなんて話は聞いたことがないね」


「『炎』が言うにはさ、『煌炎』も『地獄の業火』も2つで1つだって。その真のチカラを使いこなせれば、ヨルにも負けないって……」


「2つで1つ、か……」


その時、森の奥からミケの甲高い声が響き渡った。


「見つけたニャーー!」


キザムたちが声の方向へと急行すると、爆風に吹き飛ばされたのだろう、高い木の枝に引っかかった状態で横たわるジャミの姿があった。


「ジャミ, 今下ろしてやるからな!」


キザムは迷わず木を駆け登り、ぐったりとしたジャミの身体をしっかりと抱え上げて地上へと飛び降りる。


「ジャミっ! しっかりしろ!」


「キザム……? 一体、あの爆発は……。爆風でここまで吹き飛ばされたようだが……」


「チユ! 急いで『治癒(ヒール)』を!」


「言われなくてもっ!」


チユの手から放たれた温かな光が、ジャミの致命的な傷口をみるみるうちに塞いでいく。


「ふう……助かったよ。それより、ヨルは……?」


ジャミは荒い息を整えながら起き上がり、キザムから一連の状況説明を受ける。


「なるほどね……それなら一刻も早く、サンズイたちと合流しなきゃいけないな」


キザム、クノ、ジャミ、ナナシ、チユ、そして新たな仲間となったミケ――。

命の淵から奇跡の生還を果たした6人は、散り散りになった仲間たちと合流するため、さらなる決意を胸に日ノ本へと続く道を駆け抜けていった。

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