第68話 絶望の淵と、言霊の導き
辺りの木々は、数歩先も見通せないほどに黒く焦げ付き、痛々しい爪痕を晒していた。
(キザム……あんたまた無茶ばっかりしてるんじゃないでしょうね……っ!)
クノの表情には、隠しきれない焦燥と胸を掻きむしられるような不安が深く刻まれている。
黒く焦げた木々や荒れ果てた地面の跡をたどりながら急ぐと、その道の先に――衣服も肌も煤けて真っ黒な姿となり、ピクリとも動かずに倒れ伏しているキザムの姿があった。
「キザムっ……!」
息を呑み、クノはその痛ましい姿へとがむしゃらに駆け寄る。
ナナシ、チユ、そしてミケの3人も息を呑みながら後に続いた。
震える手で、クノはキザムの身体を力いっぱい抱き起こす。だが、呼びかけに対する返事は一切ない。
「キザムっ……しっかりして……キザム……っ!」
焦りに駆れたクノは必死に掌をあてがい、『治癒』の光を注ぎ続ける。しかし、キザムの肉体はピクリとも反応を示さなかった。
冷たくなっていく体温を感じた瞬間、クノの瞳から大粒の涙が堰を切ったようにあふれ出す。
「バカ……。この戦争が終わったら……一緒に暮らそうって、言ってたじゃない……っ。ホントに……バカだよ……」
クノはぐしゃぐしゃになった顔のまま、動かないキザムにぐっと覆いかぶさる。そのあふれんばかりの温かな涙が、キザムの黒く汚れた頬へとポタポタと落ちていった。
チユは言葉を失い、痛みに震えるクノの背中をそっと力強く支える。その瞳には、すでに残酷な現実を悟った切ない光が揺れていた。
「クノ……もう……分かっているんだろ……。キザム様はもう……」
「嫌……っ! キザム……行かないで、嫌ーーっ……!」
クノの張り裂けそうな悲痛な叫び声が、黒煙の漂う森の奥深くへと虚しく木霊した。
視界が、スッと闇に落ちていく。
(俺は……。たしか、ヨルを巻き添えにして……。そっか、俺、死んだのか……。ごめんな、クノ……)
意識の底に沈んでいくキザムの耳に、突如として奇妙で不気味な声が響き渡った。
『なぜだ……。お前を信じていたのに……』
「誰だ! 一体どこにいるんだ……?」
キザムが声を張り上げるが、周囲はどこまでも漆黒の闇が広がるばかりで、自分の姿すら見えない。
『なぜお前はあんな奇行に出たのだ……』
「あんな奇行……? なんのことだ。お前は一体、誰なんだよ……?」
『私は『炎』。お前に宿る『古代文字』の『言霊』だ』
「『炎』だって……? 一体どういうことだ……っ!」
『お前はなぜ、ワザと私の書き順を間違えるような奇行に走ったのだ……』
「あぁ……アレか……。アレ以外に、あいつを止める方法が思いつかなくて……っ」
『私本来の力を解放できれば、あの程度の獣に苦戦することなどなかったろうに……』
「本来の……チカラ……? 『煌炎』のことか?」
『『煌炎』も『地獄の業火』も、私の力の半分でしかない。『炎』には『火』が上下にあるように、2つで1つ……』
「俺、頭悪いから難しいことよくわかんねぇよ……!」
『『煌炎』と『地獄の業火』を使いこなせ……』
「『地獄の業火』って、そんなもん使ったら俺自身も大火傷を……っ!」
『あまり時間がない……。お前が死んだら、私まで消える。お前の身体は、私が内側から致命傷にならないよう守った。あとはお前自身の意志だけだ……。立て……立ち上がれ、キザム。お前を待っている者がいる……』
「ちょっと……おいっ! どこに行くんだよ……!」
薄れゆく意識のなかで、キザムは叫ぶ。
絶望の底に沈んだ現実と、内側から滾る新たな理の鼓動が、静かに彼を現世へと引き戻そうとしていた――。




