64話 雌猫の罠
圧倒的な異形のパワーと、掴みどころのない幻のような身のこなし。伝説の化け物を相手取った二人の猛攻は、徐々に追い詰められていく――!
――その頃。戦場から遠く離れたアメルイーストの檻の中では、緊迫した空気が漂っていた。
暗い監獄の冷たい石の床。その鉄格子の向こう側で、ミケは小さく身を震わせていた。
(リオン様っ……。)
体内の麻痺毒はすでに抜けている。だが、心身の絶望と喪失感を埋め合わせるように、猫としての抗えない発情期の波が、ミケの理性を内側から激しく揺さぶっていた。
背中を向けて立っている看守の背中に向けて、ミケは切実に、色気を孕んだ甘い喘ぎ声を響かせる。
「はぁっ……ん、あっ……っ……。ねえ……ほしいのっ.....」
背後から聞こえてきた艶めかしい声に、看守はピクリと動きを止めた。
「……ん?」
怪訝に思いながらも振り返った看守は、目の前の光景に息を呑んだ。トロンと潤んだ瞳に、火照った赤い頬。熱に浮かされたように自らの体を抱きしめ、あられもない姿で身をよじらせているミケの姿がそこにあった。
(おっ……おい、マジかよ……? 発情してやがる……!)
野生の本能と欲情に支配されたようなミケの有様に、男の理性が音を立てて崩れていく。
「ひとりで……っ、すごく熱いの。どうしようもないくらい体が……私と……」
掠れた声で縋るように手を伸ばすミケ。その無防備すぎる誘惑に完全に骨抜きにされた男は、「しょうがない女だ……」と下卑た笑みを浮かべて、ベルトを外し、ズボンを下ろしながらジャラジャラと鍵を開けて牢屋の中へと踏み込んできた。
距離が縮まる。欲情に目をくらませた男が、まさにミケの柔肌に手を伸ばそうと油断しきったその瞬間――。
トプン、と潤んでいたミケの瞳から、先ほどまでの熱や艶かしさが嘘のようにスッと消え失せ、冷徹なまでの殺意の光が灯った。
「……バカが」
「は……?」
男が間抜けな声を漏らす間も与えず、ミケのしなやかな脚がまるで鞭のように凄まじいスピードで跳ね上がった。
ゴシャッ!!
「ぐ、がぁっ……!!」
男の急所を的確に捉えた、怒涛のフルパワーの金的キックが炸裂する。眼球が飛び出さんばかりに見開かれ、男は情けない悲鳴すら上げられずに白目を剥いた。そのままの勢いでガクッと両膝をつき、泡を吹いて床へと崩れ落ちる。
「男ってみんなバカニャ!」
吐き捨てるように言い放つと、ミケは開け放たれたままの扉から、すぐさま外へと飛び出した。武器庫に戻って自分の鉤爪を探している暇なんてない。他の見張りが気づく前にここを出なければ、今度こそ逃場はなくなる。
ミケは素足のまま冷たい廊下を蹴散らし、アメルイーストの重く冷たい出口を抜けて、日ノ本へと続く険しい獣道へ向けてただ一心不乱に走り出した。




