第55話 隠された因果の果てに
「こうしちゃいられない。一度日ノ本に帰って、里長の指示を仰ごう」
ジャミのその言葉に、キザム達は静かに、だが力強く頷いた。ジャミの体に刻まれた『蛇』の古代文字の真実を知った今、事態は一刻の猶予も許されない。一先ず元来た道を引き返し、日ノ本へと急ぐ一行だったが、崩壊した旧研究施設の瓦礫の足元を通りかかったその時、微かな、しかし只者ではない痛切なうめき声が耳に届いた。
「待て……今の声は……」
サンズイが足を止め、声の主を探るように周囲へ鋭い視線を巡らせる。崩れた瓦礫の隙間を慎重に掘り起こすと、そこには白衣を纏った一人の男が、無残にも下半身を巨大な岩盤と瓦礫の下敷きにして埋もれていた。
見るからに致命傷であり、呼吸は浅く、血の海と化した地面が生々しい。すでにクノの治癒をもってしても手遅れであることは明白だった。
男はキザム達の気配を感じ取ると、血走った濁った目をかろうじて開き、恐怖に歪んだ顔のまま掠れた声で呟いた。
「……ハァ、ハァ……ヤツらかと思ったが……。もう助からないのは分かっている……。最後に……懺悔させてくれ……」
男はゴホッと黒い血を吐き出しながら、震える声で自らの罪を吐き出すように続ける。
「アメルイースト……。あいつらの甘い言葉に乗せられ、恐ろしい軍事力に魅入られた結果がこれだ……。アメルイーストの科学と武力、そして我々(ミナストリア)の禁忌の実験が合わさった時、ヤツらはもはや誰にも止められない化け物と化す……。このままでは世界が……頼む、奴らを止めてくれ……!」
それだけの言葉を絞り出すのがやっとだった。男の瞳から光がスッと失われ、ダラリと力なく首が垂れる。研究員は、自分の蒔いた種に自ら呑み込まれるようにして、そのまま冷たい息を引き取った。
静まり返った瓦礫の山の中で、サンズイは冷徹な視線をその亡骸に向け、歯を食いしばりながら吐き捨てるように呟く。
「……身勝手な奴らだ。自分の欲のために実験に手を染め、最後は自滅か。だが……それを放置すれば、忍の世界は間違いなく終わる」
「あぁ……!」キザムは拳を強く握りしめ、青筋を浮かべた手で地面を叩きつける。
「どんな手を使ってでも、絶対に止めねぇとな!」
クノは言葉を発さず、ただ血の気の引いた顔で、しかしその瞳に燃えるような固い意志を宿して小さく頷いた。
その時、ジャミがふと足を止め、黒煙が立ち込める鉛色の空を見上げた。
羽音とともに舞い降りてきた一羽の鳩に、ジャミは左手を差し出す。慣れた手つきで鳩を肩にとまらせると、手際よく手紙を解き、鳩を再び大空へと解き放った。
差し出された羊皮紙を広げ、その文字を目で追うジャミの表情が、これまでにないほど険しく引き締まる。
「……なるほどね」
ジャミのただならぬ気配に、サンズイが鋭く問う。
「どうした、里長からの文か?」
「あぁ……」ジャミは顔を上げ、仲間たちを見据えた。
「アメルイーストの忍たちが、日ノ本に対して正式に亡命を求めているらしい……。連中が言っていた『大事な仕事』というのは、まさにアメルイーストの本国へ攻め入るための、周到すぎる布石だったというわけだ」
その言葉に、ピリリと肌を刺すような緊張感がその場の空気を支配する。
「そして、里長からの勅命だ」ジャミは声を低く落とす。
「『日ノ本への一時帰還は不要。そのままアメルイーストの勢力圏へ潜入し、奴らの動向を探ってこい』……とのことらしいね」
サンズイは不敵な笑みを浮かべ、腰に差した白鞘の真剣『緑葉』の柄にそっと手をかけた。その瞳に戦闘の光が宿る。
「……面白い。願ったり叶ったりだな。あんなデカい口を叩いた野郎どもの背中、一度引っ掻き回してやらな気が済まねぇ」
「でも……」クノは少し不安げな表情を浮かべ、拳を握りしめた。
「ここから目的地の周辺まではかなりの距離があるはずじゃ……? なぜ、私たちにそんな過酷な大役が回ってきたんだろう……?」
「僕らは今、里長からの極秘任務の最中だ。恐らく、余計な人員を割いて新たに精鋭を構成するよりも、裏の事情を共有している僕たちに任せた方が、敵を欺く上でも最善だと判断したんだろうね」
ジャミは北東の不気味に影る空へと視線を向けた。
「ここからアメルイーストへ向かうには、一度日ノ本を経由するよりも、直接敵の領域のど真ん中に食い込むルートをとった方が早い。……だが、生半可な覚悟じゃ生きて帰れない道になる」
「だったら何か手っ取り早い乗り物でもないのよ?」キザムが軽く肩を回し、不敵に笑う。
「あるにはあるがね……やめた方がいい。これだけ目立つ行動をしている連中の近くで派手に動けば、すぐに敵の迎撃部隊や追っ手に襲撃されるリスクが高まる。隠密行動が鉄則さ」
ジャミはフッと不敵に微笑み、姿勢を低くした。
「さぁ、のんびりしている暇はない。地獄の底へご招待ってやつさ。急ぐよ!」
ジャミの号令を合図に、4人の影がミナストリアの荒野から北東の深い闇へと一斉に駆け出す。
崩れゆく過去の遺恨を背負い、彼らはさらなる巨大な陰謀と狂気の渦巻くアメルイーストの領域へと、その命を賭した潜入の歩みを進めていくのだった――。




