第48話 汚れた手と、すれ違う想い
ジャミに肩を借り、日ノ本の里付近に設置された後方の救護テントへと送り届けられたキザム。
テントの中は、相変わらず手当を待つ負傷者たちのうめき声と、殺伐とした空気が満ちていた。
キザムは周囲を見渡し、クノの姿を探すが、どこにも見当たらない。代わりに、手が空いたばかりの治癒部隊の忍――トウコと同じ『百合の花束』の一員であるチユが、休む間もなくキザムの元へと駆け寄ってきた。
「キザム様、また無理をなされたようで……」
極限の忙しさの中、チユは次々と運び込まれる負傷者をさばく流れのまま、素早く高速治癒を施していく。そのおかげで、身体のあちこちに刻まれた深い傷はみるみるうちに塞がり、痛みが引いていった。
「チユ、助かった……」
キザムは礼を言うと、再びクノを探すようにあたりを見渡した。
「クノなら、あっちの奥のテントに……」
チユが指差した奥の救護スペースへ向かおうとしたが、キザムはふと足を止め、ゆっくりと首を横に振った。
――今の汚れた手で、どんな顔をしてあいつに会えばいい。
言葉には出さず、キザムはそのまま救護テントを後にし、サンズイの屋敷がある日ノ本の里へと帰還するのだった。
それから半刻後。
持ち場を離れられないままようやく手が空いたクノが、チユのいるテントへとやってきた。
「お姉様、お疲れ様です。……そういえば、さっきキザムがここに運ばれてきたって聞いたのですが……本当ですか?」
クノの表情には、隠しきれない驚きと動揺が浮かんでいる。
「あぁ、妹分! ついさっきまでキザム様がここにいたんだぞ。随分血を流してたけど、すぐに治したからもう大丈夫だよ」
大きな怪我ではなかったこと、そして治癒によってすでに完治したことを聞き、クノはほっと小さく胸をなで下ろした。
(……無事だったんだ。でも、顔くらい見せてくれてもいいのに……)
チユもふっと苦笑を浮かべる。
「顔くらい見せて行ったっていいのにねぇ……。アンタ、あんな心配してたのに、照れくさかったのかねぇ」
「いいんです……」
クノは切なそうに目を伏せ, 小さくかぶりを振った。
(キザム……きっと、なにか会えない理由があるんだよね……)
胸の奥で燻る切なさを飲み込み、クノは再び自分の持ち場へと戻っていくのだった。
その頃、キザムはサンズイの屋敷の縁側に立っていた。
出迎えたのは、奥から落ち着いた足取りで現れたトウコだった。
「お帰り、キザムはん。ずいぶんボロボロになって……さぁ、中にいらっしゃい。サンズイはんが待ってるわ」
トウコに案内され、通された客間にはサンズイが静かに座っていた。
「わざわざ悪かったな、キザム」
「いや……俺も、お前の手紙にあった例の黒幕の件が気になってな」
「まぁそう焦るな。……ところで、里に戻ってきたなら、クノには会ったのか?」
サンズイの問いに、キザムはわずかに目を伏せた。
「いや……救護班の治癒は受けたが、クノには会わなかった」
すると、傍らに控えていたトウコが呆れたようにため息をつき、ピシャリと言い放つ。
「ちょっと、何言うてはるの。あの娘がどれ程アンタの身を心配してたと思ってるの。顔ぐらい見せたってバチは当たらんやろ」
「……。今の俺には、クノとどんな顔で顔を合わせればいいのか分からなくて……」
「……ふん。それでも、あの娘の気持ちくらい分かってるんやろ?」
トウコの鋭いツッコミに、キザムは気まずそうに押し黙る。
見かねたサンズイが、静かに話を本筋へと戻した。
「まったく、いくらお前の手が汚れようとも今は戦争なんだ。仕方のない部分もあるだろ。……まぁいい。クノの件は、あとで俺が引きずってでも引き合わせてやるよ。それより、例の黒幕の話だ」
サンズイは真剣な表情を浮かべ、声を落とした。
「はっきりとした証拠を掴んだわけじゃない。だが……護衛部隊の裏で飛び交っている極秘の情報によると、どうやらアメルイースト自身も、俺たちと同じように『何者か』から侵略を受けているという噂があるんだ」
「……どういうことだ?」
キザムが眉をひそめる。
「つまりだ。この戦争は、日ノ本とアメルイーストの純粋な潰し合いじゃない。得体の知れない第三者が、両国を意図的に争わせるように糸を引いている可能性があるってことだ」
「よくわからないけど……じゃあ、敵はアメルイーストだけじゃねぇってことか?」
「あくまで噂だ。確実な情報ではないがな」
サンズイの言葉に、キザムは今回の任務で起きた出来事を思い出す。
「そういえばさ、今回の任務で『古代文字』を持ったヤツがいたんだ。そいつと対峙して、俺が苦戦してたら……ジャミが助けてくれたんだけどさ」
キザムの口から『古代文字』という単語が出た瞬間、サンズイの表情が強張り、手元の湯飲みがぴたりと止まる。
サンズイはわずかに息を呑むと、鋭い視線を宙に泳がせ、深く考え込むように押し黙った。室内には、伝書鳩の羽音すら聞こえそうなほどの重い沈黙が落ちる。
険しい表情のまま、サンズイはゆっくりと口を開いた。
「……『古代文字』を持った刺客が、お前を襲ったのか。ジャミがそれを……」
「あぁ。ま、ジャミがいなけりゃヤバかったがな」
「……気をつけろよ、キザム。俺も引き続き裏で情報を集めてみる。護衛部隊に入ってからジャミの動向も探っているが……あいつの動きを見ていると、ますます疑念が増すばかりだ」
サンズイのただならぬ警戒心に、キザムも真剣な表情で頷く。
「サンズイがなんでそんなにジャミの事を気にしているのか分かんねぇけど……俺も次の任務まで、【古代文字研究所】に行って師匠の研究資料を調べてみるよ」
こうして、サンズイとトウコに別れを告げたキザムは、かつてノバラが住んでいた、静まり返った【古代文字研究所】へと足を向けるのであった。




