第46話 漆黒の荒野
あれから3年の時が経過し、キザム達は忍術学校を卒業し18歳となっていた。
卒業とほぼ同時に、日ノ本にも忍術戦争の火の粉が降り掛かっていた。
学校を卒業したばかりのキザム達も、例外なく戦争へと駆り出され、既に忍術学校の同期達もほとんどが帰らぬものとなった。泥沼化した戦火の中、命の価値があまりにも軽く消費されていく。
サンズイはジャミの推薦の元、里長直轄護衛部隊に入隊し、最前線で刀を振るっていた。一方のクノは、その卓越した治癒の能力の高さを買われ、過酷を極める治癒部隊に所属している。
戦争の爪痕は容赦なく彼らの日常を奪い去り、サンズイの両親も、クノの両親もすでに戦争の犠牲となっていた。
拠る辺を失ったサンズイの屋敷には今、トウコが同居している。学校を卒業したら二人で祝言を挙げるという約束があったが、終わりなき戦火に見舞われ、その祝言はいつの間にか先送りされたままになっていた。
トウコはサンズイの屋敷で暮らしながら、『百合の花束』の一員として、裏からサンズイの仕事を献身的にサポートし続けている。
「……お疲れ様、サンズイはん。また、サンズイはんの同期が一人、前線で消えたって聞いたけど……ほんまなん?」
ある日の夕暮れ、サンズイの家で、トウコが重い足音を立てて帰ってきたサンズイに温かいお茶を差し出す。その表情には、連日の過酷な任務による疲労の色が濃くにじんでいた。
「……あぁ、そうらしい。キザムはどうしている?」
「相変わらず連絡はないわ。東の荒野の方で単独任務やって聞いたけど……あの子も、だんだん昔の面影がなくなってきてるみたいで心配やわ……」
トウコが切なげに眉をひそめると、サンズイは無言で湯飲みを握り締め、渋い顔のまま天井を見上げた。
そんなサンズイの様子を見て、トウコはふっと柔らかく微笑み、包み込むような余裕を見せるように彼の頭をポンと軽く叩いた。
「ほんま、いつまでも硬い顔して……。しっかりせぇえへんかったら、お姉ちゃんが怒るで? ウチはいつだって、サンズイはんの味方なんやからね」
その頼もしくも温かい言葉に、サンズイはわずかに表情を緩ませ、小さく息を吐いた。
キザムには、この戦争のきっかけが何一つ分からなかった。
東の里「アメルイースト」による侵略だと上の人間は口々に言うが、それが本当に真実なのかさえ疑わしい。
戦争――それは正義と正義の擦り付け合いに過ぎない。
もしこれが明確な「正義と悪」の戦いならば、どれほど割り切れて楽だっただろうか。互いに守るべきもののために殺し合う不条理さに、キザムの心はすり減っていく。
もうしばらく、クノには会えていない。
あれほど毎日、顔を合わせて他愛のない言い争いをしていたというのに。
最後に交わした言葉すら、慌ただしい出陣の最中の「無事でいろよ」という短い一言だった。
心が、音を立てて荒んでいく。
学校時代は、たった一つの命を奪うことにも凄まじい覚悟と躊躇があった。だが、生き残るために刃を振り続けた今、キザムの手はすでに血に染まり、汚れてしまっている。
――あの頃、ヒョウゲツとの死闘の果てに掴み取ったはずの純白の『煌炎』は、きっともう今の自分には使えないだろう。
この荒み切った心で、どんなに丁寧に『炎』の文字を刻もうとも、浮かび上がるのは肉体を内側から焼き焦がす漆黒の業火だけだ。分かっているのに、どうしようもなかった。
「……俺の手は、もう二度と綺麗にはならねぇか」
誰の耳にも届かない荒野の風の中で、キザムは自らの黒ずんだ掌を虚しく見つめ、自嘲気味に呟いた。
クノはどうしているだろうか。
今この瞬間も、どこかの救護テントで、血まみれの仲間たちの傷を必死に癒やしているのだろうか。
ふと、遠く離れた場所で同じ空の下にいるはずのクノの事を考える。
日ノ本の東側に広がる乾いた荒野で、キザムは一人、冷たい風に吹かれながら物思いにふけっていた。




