第44話 気高き赤い薔薇 3
「アンタみたいな美人が歩いてたらそれだけで目立つ。コイツを被ってな」
ガジュマルが無造作に投げ渡したのは、日差しや砂塵を浴び古びた、色褪せた粗末な外套だった。
言われてみれば、その通りだった。ノバラはもともと隠密捜査というものに不向きだ。整いすぎた容姿と、生まれ持った圧倒的な存在感ゆえに、どこへ行っても人々の目を引いてしまう。これでは捜査をするどころか、あちこちで顔を覚えられ、追っ手に向かって自分の居場所を自ら宣伝しているようなものだった。
渋々、ノバラはガジュマルの外套を頭からすっぽりと被った。
深々とフードを下ろし、砂漠の冷たい夜風を遮りながらも、鋭い眼光の双眸と一房の前髪だけをのぞかせる。怪しさは倍増したが、これならばすれ違う人々に顔を見咎められることもまい。
情報収集のため、道中で立ち寄った寂れた街でのことだった。
二人が地道な聞き込みを続けていると、一人の怯えた様子の街の商人が、周囲を窺いながら重大な情報をもたらしてくれた。
「最近、この街にやってきた奇妙な行商人の幌馬車に……何人もの子供たちが乗せられていたよ。しかも、あいつらは一様に不気味な荷物を積んで、南の里の方角へ向かって行った……」
「南の里……」
ノバラとガジュマルは、商人が告げた微かな手がかりを頼りに、さらなる南の荒野へと足を進めた。
一方その頃、日ノ本の里では――。
脱獄したノバラを捕縛するため、里の忍全勢力が総動員されていた。日ノ本を中心とした各地で血眼になって手がかりが捜索され、彼女の影を追う網は着実に狭まりつつあった。
やがて二人がたどり着いたのは、果てしない砂漠のなかにひっそりと隠れるように佇む、閉ざされた里「ミナストリア」だった。
その里を支配していたのは、あまりにも過酷な気候だった。日中は頭上から容赦なく照りつける強烈な陽射しで、肌が文字通り焼き焦げるほどの猛暑となるが、夜のとばりが降りて太陽が沈むやいなや、一転して氷点下まで気温が急降下する。外部の人間を極端に嫌う鎖国的な里であり、本来であれば、里外の人間が足を踏み入れることなど到底不可能な場所だった。
「っ……さむっ……!」
夜の闇に完全に溶け込むようにして、二人は里の厳重な警戒網の隙間を縫い、内部へと忍び込んだ。
昼間の熱気が嘘のように消え去り、骨まで凍てつくような夜気に晒される。しかし、外套をノバラに貸してしまっているガジュマルは、寒さを防ぐ術がなかった。時折、全身をブルッと震わせ、「ハクションッ!」と派手なくしゃみを懸命に噛み殺す。その無防備な背中に、容赦ない夜の冷気が突き刺さっていた。
ミナストリアの内部は、異様な光景が広がっていた。
砂漠の民が伝統的に暮らすドーム型のテントのような住居が周囲に建ち並ぶ一方で、里の中心部には、周囲の景観を無視するかのように近代的な高いビル群がそびえ立っている。そして、その一角にある巨大な工場地帯からは、夜空に向かって不気味な白煙が絶えず立ち上っていた。
「ここに、真犯人が……?」
冷え切った夜気の中、ノバラは白い息を吐きながら呟いた。
「ああ。情報が正しければな」
ガジュマルが辺りの物音に神経を尖らせながら頷く。
二人が工場地帯を隈なく探っていくと、工業用プラントの片隅に、あの情報にあった行商人の幌馬車が無造作に停められているのを見つけた。
「ここだ……!」
幌馬車を囲むように、頑強な見張りの男が二人立っている。
息を完全に殺して背後に忍び寄った二人は、音もなく放った正確無比な手刀で男たちを昏倒させ、静かに研究施設の重い鉄扉の裏へと滑り込んだ。
施設内の薄暗い通路を進んでいく。だが、奇妙なことに中は何の変哲もないただの工場のようだった。重苦しい静寂の中、時折、耳障りな機械の稼働する低い音が腹の底に響いてくる。
「……本当に、ここであっているのか?」
ノバラは、誰かに聞き取られないよう、ガジュマルの耳元へとそっと顔を寄せた。吐息が掠れるほどの、極小のひそみ声で囁く。
(声がデカいと、潜入がバレるかもしれないだろ……)
耳元をくすぐる温かい息遣いに、ガジュマルは少しだけ身じろぎしつつも、言葉を発して返事をすることはしなかった。彼はただ無言で顔を上げ、天井の構造を指差した。
太い配管や換気口が複雑に入り組む、頭上のダクト内部。
ガジュマルはそこに目をやり、地上で見つかるリスクを冒さず、さらに奥深くへと潜入するためのルートを、アイコンタクトだけでノバラに提案したのだった。




