第43話 気高き赤い薔薇 2
ノバラは投獄されたその日の夜、ゴンベエの静止も聞かずに、一人『古代文字』を駆使して独房の錠と結界を破り、脱獄を果たした。
夜を駆ける一人の影は、瞬く間に漆黒の闇へと消えていく。
ノバラは日ノ本を抜け、南へ向かった。
特に心当たりがあるわけでもない。ただ、直感的に足を南に向けていた。
ゴンベエを救うため、自分たちが冤罪であると証明するために、夜の闇をひた走る。
里を出て数日、旅の行商人を見つけて話を聞くも、めぼしい情報は得られなかった。
手がかりすらないままに進んでいくノバラだったが、やがて足が向き、ふと砂漠の中のオアシスに行き着いた。
ここまで来れば、日ノ本の里からの追っ手は来ない。誰もいない静かなオアシスで、ノバラは火照った体を冷やすため、水浴びをすることにした。
湖の浅瀬に裸のまま足を踏み入れ、身を沈める。
月明かりを浴びた水面が波立ち、滴る水が滑らかな肩のラインや引き締まった背中を艶やかに伝い落ちていく。長い髪が濡れて肌に張り付き、戦いの中で鍛え上げられたしなやかな肉体に、妖艶な色香が漂っていた。
湖面に浸かりながら、ノバラは険しい表情で呟く。
「『古代文字』を使って何かを企んでいるヤツらがいる……。一体どこの誰が……」
水浴びをしていても、頭の中のモヤは一向に晴れない。
ノバラは深く長いため息をつき、静かな水面を揺らした。
「べっぴんさんがこんなとこでなにしてんだ?」
一人きりだと思っていたオアシスに、突如として男の声が響いた。
反射的に身構えたノバラは、まだ全裸であることも忘れ、湖の水飛沫を散らしながら水底すれすれに身を屈め、咄嗟に両腕で胸元を隠しつつ鋭い拳を構えた。
「――日ノ本からの追っ手か!」
突然の警戒に、男はどこか面白そうに両手を挙げて応える。
「日ノ本? 追っ手? なんだ? お前追われてんのか? 俺と一緒だな!」
ノバラは水の中から鋭い視線を向けつつ、なおも警戒を解かない。
「……日ノ本とは関係ないのか?」
「俺はガジュマル。故郷はロゼリアの近くだが、村の為あっちこっち盗み歩いてんだ」
ガジュマルは冗談を言うようにからからと笑ってみせるが、その奥にある瞳は微塵も笑っていない。底知れない胆力を秘めた、しかし不思議と信用に値する目をしていた。
「それより、ソレ……俺は嬉しいけど、いいのか?」
ガジュマルが視線を向け、ノバラの体を指差す。
その言葉で、自分が今まさに全裸である現実を思い出したノバラは、顔が一気に真っ赤に染め上がった。
「きゃっ……!」
慌てて湖の中へと深く身を隠し、水面から目と鼻の先だけをどうにか出してガジュマルを睨みつける。その顔は恥ずかましさと怒りで茹でダコのように真っ赤になっていた。
「まぁいい。とりあえず向こうで飯でも探してくるから、それまで服着て待ってろ!」
ガジュマルはからからと笑いながらノバラに背を向け、手際よく食糧を探しに歩き出した。
言われた通りに服を着直し、水気を拭き取って待っていると、ガジュマルがどこからか色々な種類の瑞々しい果物を抱えて戻ってきた。
「おっ! ちゃんと待ってるじゃねぇか! ほれ、食え!」
ガジュマルが放り投げて寄こした果物を、ノバラは慌てて受け止める。
「……ありがとう」
「ついでだ、ついで! それで? べっぴんさん、アンタはなんでこんなとこに?」
ガジュマルの気さくな問いかけに、ノバラは自身の名を告げ、日ノ本を飛び出しここにいる経緯を包み隠さず話した。
「なるほどねぇ、連続子供誘拐事件の容疑者にされてるって訳か! よっしゃ、俺も付き合うぜ、真犯人探し!」
初対面の男の軽妙すぎる言葉に、ノバラは目を丸くして驚いた。なぜこの男は、出会ったばかりの自分にそこまで付き合ってくれるのか、理解が追いつかない。
「なんだ? 不服か? ノバラっていったか? 困ってるべっぴんさんがいたから助ける、それじゃあ理由にならねぇか?」
ガジュマルは悪びれもせず、フッと不敵な笑みを浮かべる。
砂漠の奥で一人ではどうすればいいかすら分からず、心の底から藁にもすがりたい気持ちでいたノバラにとって、その突然の申し出は思いのほか心強く感じられた。
「そういや、誘拐の方はよくわかったが、『古代文字』ってのは一体なんだ?」
ガジュマルの問いに、ノバラは『古代文字』の持つ五大属性の力を説明し、実際に左の掌に文字を書き浮かべて見せた。
「古くから伝わる物か……。そういや俺の村にも、こんな物があった気もするな……」
ガジュマルの村にあると思われる『古代文字』の痕跡にも強い興味が湧いたが、今はゴンベエを救うための真犯人探しが先決だ。
二人はガジュマルの村の文字を後日確認する約束を交わし、信頼を背中に宿しながら、オアシスを後にした。




