第41話 深紅の誓い
日ノ本への帰還の路は、長く、そして静かだった。
凍てつく北の大地を後にし、一行はそれぞれの故郷へと歩みを進める。激闘の傷跡は深く、道中は誰もが言葉少なだったが、その足取りにはかつての迷いはなく、確かな絆の重みが感じられた。
里に戻った者たちは、それぞれの日常へと少しずつ溶け込んでいく。
ボロボロだった体も、クノの懸命な治癒と仲間たちの支えによって癒えていき、穏やかな時間が流れ始めていた。
だが、キザムだけは違った。
彼は一足先に長い道のりを抜け、静寂に包まれた裏山の小さな墓地へと足を向けていた。
そこには、すべての始まりであり、終わりでもあった師――ノバラの眠る墓があった。
冷たい風が木々を揺らす中、キザムはノバラの墓の前にゆっくりと膝をつく。
胸の奥には、ヒョウゲツから受け継いだ温かな光の粒子が、消えることのない確かな温もりとして宿り続けていた。
彼は目を閉じ、深く息を吸い込むと、自らの左手のひらに、もう片方の指をそっと下ろした。
一画、一画。
迷いのない指先で、命を削るように、しかしどこまでも優しく丁寧に想いを乗せて――『薔薇』の文字を左手のひらに書き上げていく。
書き終えた瞬間、キザムの左手が眩い光を放ち、その足元から、そして墓前の周囲から、まるで応えるかのように鮮烈な赤い薔薇が一斉に咲き乱れた。
凍てつく大地の冷気を吹き飛ばすかのような、あまりにも鮮やかで、気高い深紅の花々が風に揺れている。
キザムはその赤い薔薇の海を見つめ、静かに、そして誇らしげに呟いた。
「師匠……言ってたよな。この字が書ける様になったら、一人前って認めてやるって」
その字は、ノバラがこの世で最も気高く美しいと誇った文字であり、かつてヒョウゲツに奪われた『古代文字』――『薔薇』だった。
吹き抜ける風が、咲き誇る赤い薔薇の香りと共に、キザムの髪を優しく揺らす。
キザムはその場に深く頭を垂れ、心の中で静かに誓った。
師から受け継いだその『想い』を胸に、自らの足で未来を切り拓いていくことを。
ーー第1部 完ーー




