第37話 託された背中、咲き誇る百合
ロゼリアの凍てつく吹雪の中、四人はツララから託された外套を羽織り、雪に足を取られながら進んでいた。寒さではない。背後に迫る「何か」の気配が、彼らの脊髄を冷やしていた。
ふと、キザムが立ち止まる。
「ツララから貰ったこの外套マントがなきゃ、とっくに凍え死んでるよ」
先程までいた氷の回廊よりも更に寒く、辺りは猛吹雪いている。キザム達の後方には、このような雪国では考えられない黒い虫が飛んでいた。黒い虫はキザム達を見つけると、ローズ・ヴァインの牙城へと飛び立っていく。
ローズ・ヴァイン牙城――。
玉座に座るヒョウゲツは、白く細い指で飛来した虫を愛おしげに潰した。
「……ようやく来たか、ノバラの残滓ざんし達。お前達を消せば、ノバラの意思は全て消えてなくなる。忍衆! 全勢力を持ってヤツらを叩き潰せ! ……骨も残らぬ程にな……」
号令と共に、牙城の門が開かれた。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。
規則正しく、機械のように統制された忍衆の足音が、雪原を震わせる。それは軍隊というよりは、巨大な一つの怪物が這い寄るかのような不協和音のドラムだった。ヒョウゲツの高笑いが、塔の頂から吹雪を貫いて響き渡る。
一方、丘を越えた四人の視界に、その異様な光景が広がった。
「あの丘になっているところ、あそこを越えればもう目と鼻の先よ」
クノが震える指で前方を指し示す。彼女の視線の先、雪原を埋め尽くすようにして、黒い塊がうねりながら近づいてくるのが見えた。ローズ・ヴァインの忍衆たちだ。
「……来たか!」
キザムは『火』の『古代文字』を左手に綴る。クノは恐怖を飲み込んだ、彼女の瞳には、死地を共にする忍としての揺るぎない覚悟が宿っていた。
「構えろ!」
ジャミが誰よりも早く雪原を駆けた。
キザムは燃え盛る掌を構える。サンズイは木刀を手に、足元へと術式を展開。クノは障壁を両手に宿し、3人は背中合わせに陣を取り、戦闘態勢を整えた。
凄まじい勢いで忍衆がなだれ込む。
ジャミが瞬時に敵の喉元を切り裂き、次いでキザムが左手の『火』を地面に叩きつけ、広範囲に炎の衝撃波を放つ。燃え上がる刺客たちを、サンズイが木刀の一振りで凍土に叩きつけ、粉砕した。
だが、倒した数など誤差に過ぎない。
「うおっ!?」
キザムの死角から飛び出した刺客の苦無が、外套を掠める。クノが即座に障壁を張り、飛来する無数の手裏剣を弾き飛ばす。
サンズイも木刀を回し、回転する刃の如く周囲を払うが、忍衆は容赦なく波のように押し寄せてくる。
血の匂いが冷たい空気に混じり、雪を黒く染めていく。ジャミの刃が先頭の刺客を裂くが、彼らの動きには疲れの色が濃く、刀筋がわずかに乱れる瞬間を敵は見逃さない。
キザムの拳が敵の胸を焼き切り、サンズイの術式陣が凍てつく楔となって突き刺さる。三人で囲い、死守し、それでも圧倒的な数に飲まれていく。
激しい戦闘が続く中、クノは息を切らしながら叫ぶ。
「キリがない……!」
キザム、サンズイも汗を流し、既に息は上がっている。忍衆1人1人がただの下っ端ではなく、幹部に近い戦闘能力を有していた。
キザムは息も絶え絶えになりながら言い放つ。
「これでようやく半分位か!」
サンズイが木刀で敵を弾き飛ばしながら返す。
「こんなんじゃ、ヒョウゲツまで辿り着けん……」
「そろそろ頃合かな?」
突如、カゲマルが現れると、まるでモーセが海を割った様に忍衆達は左右に道をあけた。
カゲマルが左肩にある『影』の刺青に血をかざすと、カゲマルと忍衆の影が生き物の様に立ち上がり、敵の数は瞬く間に倍に増えた。
「嘘だろ……」
サンズイが顔を青ざめる。キザムとクノは絶望的な表情を浮かべていた。
ジャミが声を張り上げる。
「諦めるな! キミたちの心が折れてどうする!」
ジャミも口ではそう言うが、明らかに体力が落ちているのが分かる。
「撃てーっ!」
ツララがロゼリアの民を連れて援軍として駆けつけた。手裏剣や苦無に術式スペルを宿し、ローズ・ヴァインの忍衆達に一斉に投げ付ける。致命傷にはならないが、その一瞬の隙を狙い、キザム達は次々と忍衆を減らしていく。
キザムが勝ち誇ったように叫ぶ。
「へっ! ざまぁみろ!」
カゲマルは冷ややかに笑う。
「何を嬉しそうにしている」
カゲマルは再び『影』の刺青をなぞり、影の刺客達はさらに増殖していく。
「これ以上どうしろって言うの……」
クノの瞳から力が抜ける。三人は極限の消耗の中、目の前が霞んでいた。
その時、ふと顔を上げると、そこに懐かしい師匠の顔があった。
「なにバテてんだ、アンタらをそんなやわに育てた覚えはないよ! ……まぁ今のアタシに未来の弟子を育てた記憶なんて無いんだけどな!」
ノバラの姿をしたナナシだった。
「アタシの可愛い妹分をいじめたのはどこのどいつだい?」
続くチユの声。そして、トウコが白鞘の刀を抜き放ち、舞い降りる。
トウコは白鞘の刀を構えながらこう言い放った。
「サンズイはんの命取ろう思うたら、まずはウチに筋通してもらわんとなぁ。その人はウチの旦那様や!」
その衝撃の言葉に、一同は驚愕した。
「……ちょっとトウコ、アンタ! 旦那様ってどうゆうことよ! アタシ達『百合の花束』はノバラ様一筋でしょ!」
チユが呆れと驚きが混ざった表情で、トウコに詰め寄る。
ナナシも驚きのあまり模倣コピーが解ける。
「えっ!? あの……えっ!?」
「サンズイ! 旦那様って一体?」
キザムが問うが、クノは顔を赤くしているだけで何も言えない。サンズイは天を仰ぐ。
「アイツ……余計な事を……」
トウコは白鞘を肩に担ぎ、サンズイを小突く。
「サンズイはん、こないなとこでへばっとらんとシャキッとしぃや!」
ナナシはノバラの姿に戻ると言い放つ。
「ここはアタシらに任せて、本丸に行きな!」
チユが即座に高速治癒ヒールを使い、ジャミを含めた四人の体力を回復させる。戦場に『百合の花束』が参戦し、士気が爆発的に上がった。
地響きと共に、馬の足音と雄叫びが響く。
「俺達も参戦するぞ!」
ガジュマルが馬から飛び降り、青龍刀で影の刺客を次々と減らしていく。その後ろには五人の妻たちが、それぞれの武器を持ち、果敢に戦っていた。
その最中、戦場の混乱の中で『百合の花束』の面々を見据えたガジュマルの視線が、トウコやチユの勇敢な立ち回りと、ノバラの姿を完璧に模したナナシの背中を同時に捉えた。
(アイツら……あの時のガキ共か…デカくなりやがって……。それに……背中も、その気迫も、まるで、アイツが帰ってきたみたいじゃねぇか)
胸の奥に蘇る懐かしい記憶と切なさをぐっと飲み込み、ガジュマルは強面な顔に浮かんだ感傷を断ち切るように力強く頭を振った。
「みんな……!」
キザムの目に光が宿る。
ガジュマルは力強く告げる。
「キザム! 行ってこい! ここは俺たちが抑えとく!」
キザム達四人は、丘の向こう、ローズ・ヴァインの牙城を目指すが、カゲマルが冷酷な笑みを浮かべて行く手を阻む。ジャミが一歩前に出る。
「キミ達は先にいけ。僕もすぐに追い掛ける」
キザムが力強く頷き、サンズイとクノを伴ってローズ・ヴァインの牙城へと向かっていく。
彼らの背後で、ジャミの短刀がカゲマルの影を切り裂く音が響いた。ロゼリアの牙城は、すぐそこにあった。




