第35話 刃に刻む想い、忍(しのび)という名の誓い
洞窟の奥、薄暗がりに鎮座する石碑に刻まれた文字が、クノの瞳に飛び込んできた。
「……『古代文字』ッ!?」
驚愕に言葉を失うクノ。だが、洞窟の壁に並ぶ質素な寝床や、怯えた表情で身を寄せ合う五人の女性たちの姿を見て、クノはさっきの村で見た惨劇を思い出す。彼女たちもまた、家族を奪われた生存者なのだ。
そんなクノの視線に気づいたのか、ガジュマルは即座に刀を抜いた。
「お前、コレを知っているのか? ……やはり、ローズ・ヴァインの差し金か!」
ガジュマルの鋭い敵意に晒されながらも、クノは怯まなかった。
「違う! この文字を持っているせいで、私たちはローズ・ヴァインから狙われ続けているのよ!」
クノは必死に説明した。自分たちが何者で、なぜこの文字が危険なのか。ローズ・ヴァインという組織が、どれほど残虐な手段でこの文字を持つ者を追い回しているのか。
ガジュマルの険しい表情が、次第に苦渋に満ちたものへと変わっていく。
「そうか……お前らもか……」
ガジュマルは深く息を吐き、静かに刀を収めた。彼にとって、ローズ・ヴァインは家族を奪い、村を焼き払った悪魔そのものだったからだ。
「……この石碑に刻まれているのは『忍』……お前たちを表す文字らしい。昔のツレが『刃に想いを重ねて戦う者たちのことだ』なんて言ってたっけな。アイツなりの解釈だったんだろうが、妙に腑に落ちる言葉でな」
ガジュマルの言葉に、クノはハッとする。この男はただの野盗ではない。物事を深く考え、その身に背負うものがある人間だ。
「ねぇ……。なんであなたみたいな人が、野盗なんてやっているの?」
クノの問いに、ガジュマルは焚き火の炎を見つめて言った。
「俺たちだって別に好きで、殺したり奪ったりしている訳では無い。社会に爪弾きにされた連中が生きていくには、他人を犠牲にしなくちゃ生きてけねぇんだ。故郷を焼かれ、すべてを失ったあの夜から、俺の人生は『守るための奪い合い』になった。俺は家族を守る為に、生き抜く手段としてこの道を選んだのさ」
ただの犯罪ではない。彼なりの、泥にまみれた『正義』がそこにあった。
「……最初にお前を見た時もローズ・ヴァインの手先にたぶらかされていると思い、救ってやろうという思いであの場から連れ去った。お前の仕草、表情がさっき言ってた昔のツレによく似ていたからな……」
「(『古代文字』を知っていて、私に似ている……!)もしかしてそれって、ノバラ様のこと!?」
ガジュマルが目を見開く。
「お前、ノバラを知っているのか!」
二人の間で、師であり、そしてガジュマルの心に消えない火を灯した女性、ノバラの記憶が語られる。ノバラがヒョウゲツに敗れ、その生涯を終えたこと。ガジュマルが守っている五人の女性たちが、ヒョウゲツ達に襲われた村の生き残りであること。
ガジュマルが野盗を名乗りながらも、他の野盗とは違う気高さが見えた理由が、そこにあった。
その時、洞窟の入り口が騒がしくなった。古代文字を嗅ぎつけたローズ・ヴァインの刺客たちが突入してきたのだ。
「いくぞ、オマエら!」
ガジュマルの号令で、五人の妻たちも薙刀や鎖鎌を手に取る。
「コイツらには自分の身を守れる様ある程度の護身術を仕込んである、アンタは下がってな!」
ガジュマルが指示を出すが、クノは首を振った。
「私だって忍っ! 戦える!」
クノは両手の拳に障壁を集中させると、翡翠色のオーラがその身を包んだ。
「徒手空拳とはな、戦い方までノバラそっくりだ!」
ガジュマルの豪快な太刀筋と、クノの流れるような体術が交差する。クノが敵の懐へ飛び込み、重い打撃で一撃で沈めると、ガジュマルがその背後に隙を見せた敵を容赦なく切り裂く。二人の連携は、まるで長年連れ添った仲間のようだった。
そこに、ようやくキザムたちが駆けつける。
「クノッ、大丈夫か!」
キザムが走り寄るが、ガジュマルと背中を合わせ、最後の刺客を仕留めたばかりのクノの姿に目を見開く。
だがガジュマルはキザムには目もくれず、真っ先に五人の妻たちの元へ駆け寄り、怪我がないかを確認していた。その眼差しは、野盗の長ではなく、ただ家族を慈しむ一人の男のそれだった。
「一体何が……」
サンズイが警戒を解かずに問うと、ジャミが辺りの状況からすべてを察した。クノは三人に、ここで起きた事、そしてガジュマルの行動理念を説明した。
「でも、クノを攫ったことには間違いない!」
キザムがガジュマルに殴りかかろうとするも、ジャミが手を挙げて制した。
「すまなかった!」
ガジュマルが頭を下げる。清々しいまでのその謝罪に、嘘がないことは一目でわかった。
キザムたちもようやく武器を下ろすと、クノは洞窟の奥に鎮座するあの石碑を指差した。
「……ねぇ、みんな。ここで起きたことの全ては、この石碑が語っているの」
三人はクノの言葉に導かれるように、石碑の前へと歩み寄った。そこには、ガジュマルが大切に守り抜いてきた『忍』の文字が、静かに浮かび上がっている。クノは四人に向き直り、ガジュマルから聞いたノバラの解釈を語り始めた。
「刃に想いを重ねるか……師匠が言いそうな言葉だな!」
キザムの言葉に、サンズイは黙って頷く。
「しかしこの文字には一体どんなチカラが……」
ジャミの問いに、ガジュマルが答える。
「ノバラの話では『古代文字』にはチカラを持つものと、意味を持つものの2種類が存在する様だ。この『忍』は意味を伝える為のものらしい。ローズ・ヴァインの奴らはチカラを持つものだと思い込んでいるようだがな」
ガジュマルは決意を込めて言った。
「俺たちは守る為に戦う。だからロゼリアに攻め込んだりはしない。だが、お前達が困った時にはいつでも駆け付ける。それが、迷惑をかけたお前らへの義理だ。いつでも呼んでくれ!」
野盗という名の家族を守り抜く者たち。その覚悟を受け取ったキザムたちは、かつてないほど強固な連帯感と共に、ロゼリアという深淵へと向かって足を踏み出した。




