第34話 荒ぶる髭と掠奪の掟
休息が明け、ロゼリアを目指す四人の旅路が再開された。
朝靄の中、歩きながらジャミが静かに口を開く。
「……ローズ・ヴァインについて、キミたちが修行している間に調べてみたんだけど」
三人はローズ・ヴァインについての情報と聞いて、ピリッとした空気になる。ジャミは気にすることなく、淡々と情報を整理して伝えた。
「ロゼリアを拠点としているローズ・ヴァインだが、現状ロゼリアの実質的な実権を握ってはいるものの、ロゼリアの正規の忍ではないらしい。したがって、ヒョウゲツを討ったとしても、ロゼリアとの全面戦争は避けられる様だ」
クノはホッと肩を撫で下ろした。
ジャミの分析を聞き、三人はそれぞれに納得の表情を浮かべる。しかし、キザムはどこか上の空だ。
「……どっちにしても、ロゼリアに向かうことに変わりはない。ヒョウゲツがいる場所へ行く、ただそれだけだ!」
キザムの能天気な言葉に、サンズイは呆れたような視線を向ける。だが、サンズイの心の中には別の問いが渦巻いていた。
「……ジャミ」
「なんだい?」
「昨日、湯に浸かっている間も左肩の包帯を外していなかったな。一体なぜだ?」
昨日、サンズイは湯船の中でジャミの異様な姿を見ていた。キザムも同じ時間に大浴場にいたが、気にも止めなかったらしい。ジャミは歩みを止めず、肩をすくめて軽く笑う。
「本当によく見てるね。まあ、昔の古傷でね。見ても気持ちが良いものではないから、隠しているだけだよ」
ジャミの口調に嘘はないように聞こえる。だが、その言葉を聞くサンズイの眼差しには、混じりっけなしの疑念が宿っていた。
(古傷……。まあ、そういうことにしておこう)
サンズイは心の中でそう自分を納得させ、再び前を向く。
話を終え、先に向かう四人の視界にはひとつの村が火に覆われている光景があった。
「あれは……ッ!」
キザムが言葉を失い、すぐさま駆け出す。
「キザム、待てッ! 本来の目的を忘れるなッ!」
サンズイが制止の声を飛ばすが、キザムは放っておけない。困っている人を見過ごせない彼の性分が、先走る足に拍車をかけていた。
「……仕方ない、クノ行くよ!」
ジャミが短く促すと、クノも頷き、ジャミと共に二人を追いかける。
村は今さっき燃えだしたわけでは無さそうだ。村全体が焼け落ちており、所々に逃げ遅れたのか、焼死体が転がっている。酷い匂いが蔓延していた。
キザムは地面に倒れる村人を見下ろし、唇を噛み締めた。助けようと駆けつけたが、炎と瓦礫の海を前に、彼にできることは何もなかった。間に合わなかったのだ。
「事故か? それとも……」
サンズイは言葉には出さないが、何者かによる放火なのかを疑う。クノは焼死体を前に目を塞いだ。
「これはひどいな……」
ジャミが呟く。焼死体の中には子供の遺体も混ざっているようだった。その時、遠くから馬に乗った集団が現れる。
「これは……まさか、お前らがッ!」
先頭を走っていた男が、馬から飛び降りるなり襲いかかってくる。あごを覆うのは、切れ味の悪い刃で無惨に切り刻まれたような、無数の剃り残しだ。その汚らしいジョリジョリとした髭と、獣じみた立ち居振る舞いが、男の凶暴な無骨さを物語っていた。ジャミは短刀を出すと、男が振りかざした青龍刀のような大振りの刃を鮮やかに受け流した。
「いきなり斬りかかってくるとは無粋な男だ」
「俺の家族を殺した挙句、火を放つとはテメェらローズ・ヴァインの手先か!」
男の勢いは止まらない。次々と刀で切りつけてくるがジャミは全て受ける。
キザムが叫ぶ。
「俺たちが来た時にはもう既に……! それに俺達もローズ・ヴァインに用があるんだ!」
「そんな言葉に騙されっかよ!」
男は頭に血が上っているようで話を聞かない。
「話を聞け、この無粋者!」
ジャミが男の刀を弾き飛ばすも、男は怯まず、素手で向かってくる。ジャミは拘束し情報を聞き出そうとするも、男の独特の拳法に手間取っていた。
「いい加減にして!」
クノの声が響くとようやく男は我に返った。
「いい女がいるじゃねぇか!」
男はクノを品定めする様に見ると刀を拾い上げ、クノを肩に抱き上げ、馬に乗って元来た道を戻って行く。
「きゃっ!」
クノの悲鳴が上がる。キザムがすぐに追いかけようとするが、ジャミに静止される。
「ジャミ、何すんだよ! クノがっ……!」
「落ち着け、馬に追いつけるわけなかろう。それにあの言い草……すぐに命を取られることはなさそうだ。この村の生き残りを探して、情報集めた方がいい」
キザムは納得いかないが、サンズイは冷静にジャミの意見に従った。
洞窟内に設けられたガジュマルのアジトでは、クノが激しく大声を張り上げて訴えていた。
「元気がいいな、お前、俺の第6夫人にしてやるよ」
「はぁっ!? 何言ってるの? いいから早く戻して! 私は行かなきゃいけないとこがあるの!」
「まぁ、みんな最初はそう言うんだ。そのうち慣れる。おい、この子にも食わせてやれ!」
周りではこの男の部下たちが、狩ってきたイノシシの肉を焼いて貪り食っている。だが、一角に集められた五人の妻たちは、食べ物には一切手を付けず、ただうつむいて肩を震わせていた。彼女たちの瞳には、つい先ほどまであったはずの日常を焼き払われた深い悲しみと、消えない恐怖が宿っている。
「アヤメ、おキク、ボタン、ツバキ、おフジ、コイツの面倒を見てやってくれ。コイツを俺の第6夫人に迎える」
ガジュマルの言葉に対し、名前を呼ばれた五人は力なく頷くことしかできない。
「話を聞けーっ! キザム助けてー!」
クノの声が洞窟内に木霊する。
ジャミ達は村の生き残りを探していた。村の奥の神社の中に、一人の老人と生き残った子供たちがいた。
「ご老体、少し話を聞かせて貰えないか?」
ジャミは今回の火災の経緯、馬でやって来た男達について知っている事は無いかを確認している。キザムは一刻も早くクノを追いかけたい気持ちから気が早っている。サンズイも同様、クノの心配はしているが、ジャミへの疑念が強く、ジャミの姿から目を離さない。
ジャミが神社から出てくると、老人から聞いた情報をキザム達に共有した。
「やはり、火災はローズ・ヴァインによるものだ。この村に隠されていた『古代文字』を目的に来たが、誰も口を割らない為、見せしめに放火されたとの事だった。あの馬に乗った男については、この村の長でありながら野盗の頭ガジュマルと言うそうだ。詳しくは分からなかったが、アジトの場所を教えてくれた。早速向かうぞ」
三人は村を後にし、ガジュマルのアジトへと急いだ。
月明かりが雲に隠れ、辺りは不吉な静寂に包まれる。獣の住処と化した洞窟へ、三人の影が吸い込まれていく。
野盗の長と四人の忍。交錯する刃の先に待ち受けているのは破滅か、それとも――。
荒ぶる髭の男との激突が、今、静かに始まろうとしていた。




