第29話 刃の責任、癒しの愛
砂丘の熱気が、サンズイの集中力を研ぎ澄ます。
トウコの舞うような剣技は、もはやサンズイにとって「見切れない速度」ではなかった。
「たった数週間でウチの動きに着いてこれるだけ、ええセンスしとるわ。ホンマに」
トウコの言葉は称賛だったが、今のサンズイには皮肉にも、あるいは己の未熟さを突きつける音に聞こえる。
(予備動作無しで、より早く、より強く……。それに、この『スペル』を使った時の感覚、どこかで……)
サンズイは記憶の深淵を辿る。そこで不意に浮かび上がったのは、かつての師・ノバラの妖艶な微笑だった。
『結合だ。術式をパズルのように重ねて、深みを持たせるのさ。あんたの計算の美学なら、それが一番強くなる道だぜ』
(……そうか、そういうことか!)
サンズイの思考が繋がる。彼は即座に自身の身体に術式を編み込んだ。予め呪術を部位に綴り、意識のスイッチ一つで術式を切り替え、さらに二つ以上を重ねる――『結合』の感覚。
両足、両手に『wind』を纏わせる。サンズイは距離を詰め、刹那の瞬間に意識を腕へ転移させた。
トウコの懐へ――。
ザンッ!
乾いた音と共に、トウコの着物が切り裂かれ、サラシを巻いた肌が露わになる。
トウコは自身の傷を見て、驚き、そして狂おしいほどの喜びを浮かべた。
「サンズイはん、アンタホンマにええなぁ……。惚れ惚れするわ。……コレが最後や。ウチの本気とどっちが上か、ハッキリさせましょか」
トウコは白鞘を納め、抜刀の構えをとる。足元には、見る者の魂を萎縮させるような重圧を放つ術式が輝いていた。
(少しでも遅ければ、死ぬ)
サンズイの心拍が跳ね上がる。彼は足元に全術式を集中させ、地面を蹴った。
鳥が羽ばたく刹那の音。
トウコが閃光となって抜刀する。だが、サンズイの計算はそれを上回っていた。狙い済ました軌道で刃を回避し、トウコの死角から一刀を放つ。
戦いが終わり、沈黙が砂丘を支配した。
歩き出そうとするサンズイに、トウコが愛刀を差し出す。
「待て。コレ、持ってき。ウチの実家、秋月家に代々伝わる妖刀『紅葉』や。これから先の戦いで、木剣なんて使こうてたら命がいくらあっても足りひんよ」
「それは殺しの道具だ。俺の覚悟は、この木刀に込められている」
サンズイは頑なに拒む。トウコは呆れたように息を吐き、口角を上げた。
「ホンマにあまっちょろいヤツやなぁ。……まあええ、本題はこれからや。ウチはサムライの末裔や。親が結婚しろ結婚しろうるさくてな。ウチはノバラ様一筋やけど、……ウチより強い男となら、まぁ結婚したってもええかなって思っとったんよ。……サンズイはん、アンタがウチを負かしたんやから、責任取ってウチを嫁にもらってな!」
冗談か本気か。真剣な眼差しで迫る年上の女性に、サンズイは動揺を隠せない。
「アンタ、無事戻ってくるんやで。……ウチ、新婚早々未亡人になるなんて真っ平ごめんやからな?」
サンズイは複雑な気持ちで砂丘を後にした。
一方、演習場では。
「さぁ妹よ! アタシと撃ち合おうじゃないか!」
クノの制御は研ぎ澄まされていた。拳への一点集中、障壁の硬度上昇は既に掌中にある。残るは『高速治癒』のみ。
クノはチユと拳をぶつけ合い、自ら傷つき、それを癒すという過酷な消耗戦を繰り返していた。
「ぐおぉぉぉーってしてバーンこれを意識しろ! 高速治癒のやり方も障壁と一緒だ!」
チユの教えは、相変わらず感覚的で無茶苦茶だった。
クノは頭では理解している。一点集中からの解放、そして全身へのエネルギーの拡散。だが、障壁や拳への凝縮とは明らかに何かが違う。
以前より多少は傷の塞がる速度は上がった。しかし、チユが実演するような「一瞬で完治する」領域には到底届かない。障壁や拳がチユと同等まで追いついた今、この治癒術の遅さは致命的だった。このままでは、クノはチユの下位互換でしかない。
(何が足りないの……? 術式の制御? ……それとも)
「ホントにアンタってば要領が悪いねぇ……。このアタシのようになりたければ、もっとノバラ様のことも、自分のことも『愛』さなきゃダメだよ!」
「愛……?」
また訳の分からないことを言い出した、とクノは鼻で笑おうとした。しかし、その刹那、チユの「愛」という言葉が、クノの思考のパズルに最後の一片としてカチリと嵌まった。
(……愛。自分を慈しむ心、守りたいという熱……これか!)
クノは自身の傷口に手を当て、ただ術式を流すのではなく、自分自身を深く愛し、慈しむような感覚で治癒を重ねる。
瞬く間に、先ほどまでの停滞が嘘のようなスピードで肉が盛り上がり、血が止まっていく。
目を見開くチユ。
「やっとできたか、アタシの妹よ! アンタは出来が悪いけど、アタシが教えられることは全部教えられたわ!」
「……ありがとうございます、お姉様!」
クノは初めて心から、その呼び名を口にした。チユは満足げに笑い、悪戯っぽく身を乗り出す。
「アンタ、ノバラ様のこと大好きだろ? せっかくアタシの妹分になったんだから、このまま『百合の花束』に入っちまえよ! アタシが推薦してやるからさ!」
「い、いえ、尊敬はしていますが……感情の種類が違いますので! それでは、行く場所がありますので!」
クノは顔を真っ赤にして、逃げるように演習場を後にした。




