第22話 毒の花束と、歪な師弟
場所は忍者学校の演習場。人気のない広場で、チユの殺気が空気を冷たく澱ませていた。
「アンタ、なんの為にノバラ様といたの?」
チユの問いは、喉を締め付けるような鋭さがあった。
「それは……」
「どうせアンタも、ノバラ様に惚れてたんだろ?」
チユの瞳には、愛ゆえの強烈な憎悪と、ノバラがこの世から消えてしまったという現実への激しい拒絶が宿っている。彼女にとってノバラは、ただの憧れや敬愛などという言葉では収まりきらない、人生の全てを捧げた「唯一の存在」だった。
「違っ……!」
「ほら、やっぱり! そんな不純な理由で近づいて、このアタシを差し置いて最期を看取るなんて……許せないっ!」
クノの脳裏に、あの月夜の光景がフラッシュバックする。
ノバラの芳醇な酒の香りと、毒花のような甘い吐息。耳元で囁かれた、あの禁忌の響き。それは、未熟なクノの純粋な感性を塗りつぶし、キザムという存在を別の意味で意識せざるを得なくさせる、甘い呪いだった。
思い出すだけで、全身の血が逆流するような熱がクノの顔を赤く染め上げる。その必死に隠そうとする動揺を、チユは独占欲に狂った瞳で射抜く。
「そのうえ、個人レッスンまでして頂いてたんでしょ? ますます許せないわ! アタシのノバラ様と、あんな事やこんな事を……アタシだってして頂いたことないのにー!」
その妄想に近い愛着は、崇拝という名の病に近い。チユの両手に「POWER」の文字が禍々しく浮かび上がる。彼女は後方支援型でありながら、その拳には愛する人を奪われた悔しさと、残された者の孤独が凝縮されていた。
チユの拳が空を裂く。クノはとっさに障壁を展開するが、それは「あの夜」の記憶の残滓に惑うクノの隙を見抜くかのように、チユの怒りが粉砕する。障壁は砕け、クノの身体が宙を舞う。
「脆い、脆すぎるのよ! この程度の打撃も防げないようなヤツの、どこをノバラ様は気に入ったのかしら?」
吹き飛ばされ、砂に塗れるクノ。チユは容赦なく追撃する。何度障壁を張り直しても、チユの拳はすべてを紙片のように弾き飛ばす。腹部に叩き込まれた拳の衝撃に、クノの意識が飛びかける。
「どうして……どうしてなの? ノバラ様……なぜアタシじゃなく、こんな小娘を……」
チユの手が止まる。その声には、怒り以上に深い哀しみが滲んでいた。
「アタシがいれば……アタシがノバラ様のお傍にいられれば、ノバラ様は死ななかった……!」
愛ゆえの自己嫌悪が、彼女を狂わせる。
クノは歯を食いしばり、泥を拭って立ち上がる。体内で巡る障壁の術式が、極限の負荷に軋みを上げていた。
クノは恐怖を塗りつぶすように、障壁を拳一点に集中させる。それは、ノバラとの戦闘演習の最中、耳元に寄せられた吐息と共に授けられた、必死の助言から編み出した「守りの先にある攻撃」の術。
二つの拳が激突する。火花が散り、衝撃が周囲の空気を歪ませた。
膝をつく二人。しかし、チユは即座に立ち上がる。彼女の顔面は、既に何事もなかったかのように修復されていた。圧倒的な高速治癒。それこそが、『百合の花束』が誇る、愛する人と二度と離れないためのタフネス。
立てずにいるクノへ、チユの手が伸びる。クノが身構えたその時、チユの手は拳を開き、優しく差し伸べられていた。
「いい拳持ってるじゃない。……ノバラ様が、アンタを傍に置いていた理由が、少しだけ分かったわ」
チユの握った手から、柔らかな光が流れる。瞬時にクノの傷が消え去った。
「治癒の最中はどうしても無防備になる。ならどうする? かかる時間を極端に短くすればいい。簡単なことだろ? ……アンタの障壁も、治癒も、拳も……全部アタシの下位互換でしかない」
チユは歪んだ笑みを浮かべる。そこには、ライバルを認めつつも、決して譲ることのない執着があった。
「だけど……その下位互換を底上げしてやるよ。ありがたく思いな。アンタは今日から、アタシの可愛い妹分だ。ノバラ様の愛したその『強さ』、アタシが徹底的に鍛え上げてあげる」
それは救いか、それとも共依存の始まりか。ノバラとは全く違う、鋭利で歪な「新たな師」との日々が、ここから幕を開ける。




