表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/26

第20話 別離の雨、再会の誓い

ジャミの術『転送トランスファー』が解けると、そこは日ノ本の里の奥座敷だった。ノバラの亡骸を抱えた四人は、激しい疲労と張り詰めた緊張の中にいた。

里の治癒部隊がジャミの傷に群がる中、里長と上層部が揃う部屋へ報告がなされる。重苦しい沈黙の中、男たちが口を開く。

「無茶しやがって。いくらノバラとはいえ、ローズヴァインにたった一人で挑むなんて……我々に一言あってもよかっただろうに」

アズマの憤りに似た吐息に、サイが冷笑で応じる。

「おおかた、前の事件の時のように、最強の座を守るために手柄を独り占めしたかったのでは?」

空気が凍りついた。キザムが激昂して立ち上がろうとしたその時、里長が静かに手を挙げて制した。

「里の未来のため、そしてこの子たちのために死んだ者に対して、その様な口を利くのはよせ。内通者(サカキ)の件もある。しばらく忍者学校は休講とし、ローズヴァインの襲撃に備えよ」

「御意」

上層部が去った後の座敷。冷たくなったノバラの顔を前に、三人は立ち尽くす。

ノバラの指先は、まだ最後の一撃を放った時のように硬く強張っていた。その手を見るたび、キザムの胸に鋭い痛みが走る。「師匠」という存在がこの世から消えたという事実が、重い鉛のように身体を縛り付ける。

「……そんな」

クノの唇が震え、頬を伝う涙が畳に落ちた。サンズイは何かを言おうとして、喉の奥を鳴らすだけで言葉を失う。彼らの中で、ノバラという絶対的な「太陽」が沈んだ喪失感は、空いた心の穴を凍てつかせるような絶望だった。

最初に動いたのはキザムだった。その瞳には、死の影と、それを上回るほどの昏い決意が宿っている。

「里長、俺はロゼリアへ向かう。師匠の仇を、この手で……」

里長はその言葉を冷たく遮った。

「弔い合戦でもするつもりか? ノバラが力及ばなかった相手に、今の貴様が勝てるはずがあるまい」

その声は現実から逃避しようとするキザムの心の脆さを、容赦なく抉るための忠告だった。

「入れ」

里長の呼びかけに、障子が静かに開いた。入ってきたのは、かつてノバラが身を寄せた寺の老人、ゴンベエだった。彼はノバラの亡骸の前に跪き、深く静かに手を合わせる。

「ノバラ……この老いぼれより先に行くとは。師匠不幸おやふこう者め……」

「ゴンベエのおっちゃん、なんでココに?」

キザムの問いに、ゴンベエは里長と視線を交わした。達人同士の言葉なき会話。それは、里長がノバラの弟子たちを死なせぬよう、あらかじめ用意していた「防波堤」であることを示していた。

「おヌシ達……まだ、戦う意思はあるか?」

ゴンベエの問いかけに、三人は迷うことなく頷いた。

「サンズイ、クノ。おヌシ達は一度家に戻れ。家族の者に顔を見せ、安心させてやるのじゃ。遣いを送るまで、家で待機しておれ」

二人は一瞬驚いた表情を見せたが、老師の言葉を飲み込み、頭を下げて去った。一人残されたキザムは、親も居場所もない孤独の中で、ノバラを失った喪失感に喉が締め付けられるのを感じた。

「おヌシは、ワシについてこい」

ゴンベエの声に、キザムが顔を上げる。

「ノバラに教えたやり方で良ければ、ワシがすべて叩き込んでやる」

キザムの瞳から暗い色が消え、師の死に直面していた時の無力感が、一筋の希望の光に塗り替えられていく。

「……はいッ! よろしくお願いします!」

キザムの決意は、曇りなきものとなっていた。連れてこられたのは、日ノ本の湿地帯の奥深くにある『古代文字研究所』だった。そこは、ノバラが愛した酒の匂いと、微かな妖艶な香りが残る場所。キザムは、再び修羅の道を歩み始める。師の師匠という、最強の系譜の先へ。

一方、里の外へ出たサンズイとクノは、分かれ道まで無言で歩いていた。二人の背中には、師の死というあまりに重い十字架がのしかかっている。別れ際、サンズイは一言だけ静かに告げた。

「……また、戦場で会おう」

それだけを言い残し、二人はそれぞれの家路へと向かった。


サンズイが屋敷の門をくぐると、すぐさま両親が姿を見せた。

「サンズイ、勝手に出て行って、何をしている! このミズノ家の家督を継ぐ者が、そんな道楽でどうする!」

父ハモンの平手打ちが、乾いた音を立ててサンズイの頬を叩いた。彼にとってサンズイは息子ではなく、ミズノ家の家名を守るための「道具」に過ぎない。母ナガレは、ただ俯いて震えることしかできない。

「いいか、今日から家伝の指南役をつける。お前はミズノ家の為だけに生きろ!」

ハモンの背後から、筋骨隆々の男がにじり出る。ミズノ家代々の水流の如き刀捌きを強要する、冷酷な教育係だ。サンズイは何も言わず、ただ虚無の瞳でハモンを見つめていた。その説教は、もはや彼には届かない。

その時、静寂を切り裂くように玄関先から、毒気に満ちた笑い声が響いた。

「サンズイはんとかいう方は、おりはりますかぁ?」

扉が音を立てて砕け散る。立っていたのは、ノバラを崇拝する親衛隊『百合の花束』の一人、トウコだった。彼女の瞳には、愛する主を失った狂気と、その「死に立ち会った」サンズイへの憎悪が渦巻いている。

「なかなか出てけぇへんなんて、いけずやわぁ。……あんた、ノバラ様が死ぬ時、何してはったんです? 側におったくせに、守りもせんと……」

「ここはわたくしめが!」

家伝の指南役が前に出るが、トウコは笑みを浮かべたまま、目にも止まらぬ速さで男の腹を蹴り上げた。巨躯の男が壁まで吹き飛び、意識を失う。

「ほんなら、サンズイはん。いきましょか。……ノバラ様に命じられた遺志、私が地獄の果てまで叩き込んで差し上げますえ」

サンズイは黙ってトウコの後ろに続く。ハモンは何かを叫ぼうとしたが、トウコの纏うドロドロとした狂気と、サンズイの冷めた背中に圧倒され、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


一方、クノの家は対照的だった。父と母は、生きて帰った娘を抱きしめる。温かい灯火に、クノは張り詰めていた糸が切れ、嗚咽を漏らした。

平和な時間が流れるかに思えたその時、ドアが激しくノックされた。母が促すと、そこには派手な装いのチユが立っていた。彼女もまた、『百合の花束』の一員であり、ノバラの死をサンズイやクノのせいだと逆恨みする狂信者だ。

「アンタがクノか? ノバラ様が最後にアンタのことを見たなんて、吐き気がするね」

ぶっきらぼうな口調に、両親は顔色を変える。

「帰ってくれ! 娘を危険なことに巻き込ませないでくれ!」

両親が必死に止める中、クノはチユの瞳を見た。そこにはノバラと同じ……いや、ノバラ以上に歪で、危険な光が宿っていた。

「アンタみたいな弱っちい子がノバラ様の側にいたなんて、許せないね。キザム様だけは特別だけど……アンタを一人前にして、ノバラ様に顔向けできるようにしてやるよ。地獄よりも厳しい修行を、覚悟しな」

クノは両親に一礼し、チユのあまりの殺気と歪んだ愛情に背筋を凍らせながらも、そのあとを追った。

三人は今、それぞれの場所で、新たな師という名の嵐の中に身を投じていく。キザムには「崇拝」、サンズイとクノには「逆恨みと狂愛」。師の死という悲劇を乗り越え、彼らが再び相まみえるとき、その瞳にはどんな「火」が宿っているのか。修羅の修行は、まだ始まったばかりである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ