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第16話 断ち切る過去、刻む刃

霧が支配する「白骨の森」。刺客たちに包囲された絶望的な状況下で、サカキの表情から教師という仮面が剥がれ落ちた瞬間、彼が纏う空気は一変した。かつて教え子たちに見せていた指導用の術式は、彼が抱える修羅の力の、ほんの末端の零れ火に過ぎなかった。

サカキは、何ら躊躇うことなく左の手のひらを広げた。そして、右手の人差し指を滑らせるように、自らの掌に直接『刃』の文字を刻み込む。

刹那、彼の皮膚の下で血管が朱く脈動し、刻まれた『刃』の文字が禍々しい光を放ちながら膨れ上がった。サカキがそのまま左手を空間へと突き出し、引き抜くように力を込めると、掌から奔流のように迸った光が結実し、霧の冷気を焼き切るほどの熱を孕んだ『言霊の刃』がその手に現れた。

キザムたちの顔から、血の気が引く。

「……古代文字!? なんであんたがッ!」

キザムの叫びに、サンズイもまた息を呑む。彼らが必死に体得しようとしている理を、サカキはあまりにも自然に、あまりにも凶悪な形で具現化していたからだ。

傍らで枯れ木に寄りかかるノバラも、その光景を前に酒瓶を傾ける手を一瞬だけ止めた。ローズヴァインが文字を武力として行使することは織り込み済みだったが、元教師という肩書きの男が放つその殺気は、彼女の想定をわずかに上回っていた。ノバラの双眸が鋭く細められる。それは獲物を見る目というよりは、これから始まる厄介な宴を値踏みするような、冷ややかな好奇心に満ちたものだった。

サカキは、光を放つ刃を無造作に振るう。その一閃が霧を両断し、地面に巨大な断層を刻み込んだ。

「驚くことなどあるまい」

サカキは冷酷な眼差しで、絶句する三人を値踏みした。

「我々(ローズヴァイン)がただの趣味で、骨董品のように古代文字を集めているとでも思っているのか! ……文字は武力として振るい、他者の命を喰らってこそ意味があるのだ」

刃からあふれ出す殺気が、周囲の空間を歪ませる。

「お前たちのように、戯れに弄んでいるだけの知識に価値はない。使い果たして朽ち果ててこそ、それが文字に対する最大の敬意だ」

サカキの瞳に宿る昏い光は、もはや教師のものではない。それは、力に魅入られ、文字の深淵で己の命すら使い潰すことを厭わない「真の狂信者」のそれだった。

「さあ、見せてみろ。……その程度で、俺の『刃』にどれほど耐えられるかをな」

サカキが踏み込んだ瞬間、その姿が霧に溶け、残像すらも見失う。

キザムの喉元まで迫っていた切っ先が、突如として空中で止まった。

――キンッ! という、火花と金属音が霧の中に響く。

「……おっと。教え子を殺すなら、一言くらい声をかけてくれよ、元先生」

霧の中から踊り出るように姿を見せたのは、ジャミだった。彼は身に纏っていたボロ布を捨て、獲物である短剣を逆手に構えていた。サカキの『言霊の刃』と、ジャミの短剣が火花を散らし、二人の殺気が霧を圧倒して押し流す。

「ジャミ……。貴様か」

サカキが冷淡に吐き捨てる。先ほどまでの「教え子に対する無慈悲な処刑」の空気が、ジャミという静謐な殺意を纏った番人の介入によって、一瞬にして実力者同士の殺し合いの様相へと切り替わった。

キザムたちを取り囲む刺客の群れは、二人の凄絶な激突に合わせるように、より一層殺気を強めて包囲を狭めてくる。

「キザム! キミ達は僕のことは気にするな。目の前の雑兵どもを片付けろ。サカキの首は僕が刈り取る!」

「……邪魔が入ったな。分をわきまえぬ下郎が。貴様を切り刻めば、教え子どもの死に様を見る時間などいくらでも作れる」

サカキは刃を構え直す。その朱い文字がさらに激しく明滅し、サカキの腕の血管が異常なまでに浮き上がる。

「面白い。……その『刃』、僕の切っ先で叩き折ってやる。せいぜい壊れないように祈ることだ」

二人がぶつかり合う瞬間、発生した衝撃でキザムたちの足元の地面がひび割れる。ノバラは酒瓶を再び口へと運び、まるで劇場の特等席で芝居を楽しむかのように、その殺し合いを静かに見守っていた。

だが、キザム、サンズイ、クノの三人は、その光景に釘付けになったまま硬直していた。自分たちが受けてきた訓練、教わった術、そして信じていたサカキという男。その全てが、今目の前で繰り広げられている「魂の削り合い」によって、足元から音を立てて崩れ去っていくような錯覚に陥っていたからだ。

「……動くな。今動けば、殺される」

サンズイの声が震える。彼らの周囲を取り囲む刺客たちは、サカキの圧倒的な武威に怯むどころか、飢えた獣のような目で三人の首を狙っていた。

「嘘だろ……。あのサカキ先生が、こんな……」

キザムの呟きは、周囲の霧に吸い込まれて消える。古代文字を指先に練り込み、術式を綴ろうとする指先には力がこもらず、かすかに戦慄わなないているのが自分でも分かった。先ほどまで教師だったはずの男が、文字を喰らい、命を削り、狂気の中で踊っている。その事実に心が追いつかない。

刺客の一人が、音もなく背後へ忍び寄る。空気を裂く苦無の鋭い風切り音が、キザムの耳を掠めた。

「ッ!?」

かろうじて首を傾け、致命傷を避ける。頬を鋭利な刃が切り裂き、熱い血が流れるのを感じたが、キザムは反撃の体勢を取ることすらできない。サカキの『言霊の刃』が森を揺らすたび、その波動が鼓膜を突き、思考を麻痺させるからだ。

「おい、クノ! サンズイ!」

キザムが声を張り上げるが、二人の顔色もまた土気色に変色していた。彼らにとっても、信じていた過去が否定される衝撃は、今この瞬間に喉元に突きつけられた刃よりも深く、心を抉っていた。

その時だった。森の静寂を塗り潰すような、鈍く何かが割れる様な響く。

ノバラが手の中の酒瓶を、近くの枯れ木の幹へ強引に叩きつけたのだ。

「――いつまで腑抜けた面をしてるんだい、この馬鹿弟子共がッ!」

空気が凍りついた。ノバラの冷徹な一喝が、霧を震わせて三人の意識を無理やり引き戻す。

「過去にすがって死ぬのかい? それとも、今ここで腹を括って獲物を屠るのかい!」

彼女は壊れた瓶の破片を無造作に放り捨て、毒気を孕んだ妖艶な微笑を浮かべる。

「いいかい、アンタたちが今まで磨いてきた術は、教科書に書かれた御託じゃない! ……血を流し、骨を砕くためのわざだろうが! 殺さなきゃ、次はアンタたちの番だよ」

その言葉は、三人の心に巣食っていた迷いを、冷たい刃で切り捨てるような効果があった。

サカキに対する情など、今の彼女たちには無用の長物。キザムの瞳から動揺の霧が晴れ、指先に朱い文字の光が鮮明に灯り始める。

「……そうだな。……殺らなきゃ、殺される」

キザムが指先を構え直し、サンズイとクノもまた、背中合わせに陣を組む。

三人の意識が、ようやく「今、目の前の敵」へと一点に収束した。

第16話、いかがでしたでしょうか。

ついにサカキの本性が牙を剥きました。「教師」という仮面を脱ぎ捨てた狂信者の姿と、そこに飛び込むジャミ。戦いの次元が一気に引き上げられる瞬間を書いていて、私自身も指先が震えるようでした。

そしてノバラの叱咤。彼女の言葉は、キザムたちだけでなく、物語の中での「甘え」を切り捨てる合図でもあります。

ここからが本当の地獄であり、本当の成長の始まりです。次回、サカキの『言霊の刃』とジャミの殺意がどうぶつかるのか、そしてキザムたちは生き残れるのか。全力で執筆しますので、ぜひお付き合いください!

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