第15話 晴れぬ霧、暴かれる牙
ジャミという毒を携えた旅路は、三人を精神的にすり減らしていた。数日間の同行だというのに、まるで数ヶ月を過酷な戦場に身を置いているような錯覚に陥る。その不信感と、いつ爆発するか分からない緊張感、そして纏わりつくようなジャミの吐息。そのすべてが、彼らの五感を鋭く、かつ疲弊させていた。
そんな荒んだ空気の中でも、ノバラだけは泰然としていた。彼女は茨の激痛から解放された今もなお、酒瓶を携えている。彼女が不意に立ち止まり、その妖艶な指先で瓶の栓を抜くと、琥珀色の液体を喉へと流し込んだ。喉元をゴクリと鳴らし、酒が食道を伝う様を露わにするその所作は、張り詰めた戦場にあってあまりに淫靡で、毒気に満ちた美しさを放っていた。ノバラの視線は常に周囲の影を射抜いており、その瞳には弟子たちには見えていない何かが映っているようだった。
彼らが差し掛かったのは、常に濃霧に包まれた「白骨の森」だった。
植物が一切育たず、白く変色した枯れ木だけが墓標のように並ぶ。霧は常に彼らの足元を這い回り、一歩先すらも判別できない不安定な空間だ。湿り気を帯びた白濁の空気が、鼻腔を突き、呼吸するたびに肺の奥まで冷え込んでいく。
その時だった。白濁した霧の向こうから、荒い息を吐きながら一人の男が躍り出た。
かつて彼らを冷酷無比な指導で鍛え上げた、忍者学校担任のサカキだ。
「先生……! どうしてこんな場所に!」
キザムの声に、サカキは足を止める。しかし、その瞳には教え子との再会を喜ぶ色など微塵もない。かつて彼らを無慈悲なまでに合理的な訓練で追い詰めていた時と同じ、無機質で氷のような冷たさがそこに宿っていた。霧の奥から現れた彼の視線は、キザムのすぐ背後に立つジャミを射抜くように捉えた。
「お前は……」
ジャミは変わらず、蛇のように湿った笑みを浮かべて霧の中に立つ。
「サカキ先生じゃないですか! こんなところまでどうして? お迎えですか?」
サカキは声を荒げた。
「ジャミ、貴様なぜ……! 違う、今はそれどころではない。……お前たち、その男から離れなさい!」
サカキの叫びが枯れ木に反響し、呼応するように周囲の霧の中から無数の黒影が躍り出た。ただの刺客ではない。鍛え上げられた殺気と、整然とした動き――『氷華の里・ロゼリアの忍衆 ローズ・ヴァイン』の精鋭たちだ。ノバラが静かに酒瓶を伏せ、冷え切った声で命じる。
「オマエら、用意はいいな。……アイツらを殲滅しろ!」
陣を組む三人の耳に、サカキの切迫した声が届く。
「危ないからやめなさい! 抵抗しなければ命までは取られない……!」
その声は、かつて教え子を道具として扱っていた時と変わらぬ、冷徹な支配者の響きを帯びていた。無抵抗降伏を促すその指示の真意が掴めず、三人が躊躇したその時。
「――もうそろそろ、その芝居はやめたらどうです? サカキ先生……いや、『ローズ・ヴァイン』幹部のサカキ!」
ジャミがそう言い放った瞬間、霧が揺らいだように感じた。サカキは激昂して笑い飛ばす。
「何を言う! 貴様こそ『ローズ・ヴァイン』の手先だろうが、ジャミ!」
だが、その声には微かな、しかし決定的な動揺が混じっていた。
「やはり、里長の考えは間違っていなかったようですね」
ジャミの表情から、軽薄な仮面が完全に剥がれ落ちた。その細い目が鋭く見開き、そこには爬虫類のような底知れぬ冷徹さと、里長直轄護衛部隊としての強靭な意志が宿っていた。
「僕は、里長直轄護衛部隊のジャミ。……サカキ、貴様を間者として拘束し、里へ連れ帰る!」
ジャミが短剣を抜き放つ。纏う空気が一変し、圧倒的な殺気が空間を支配する。混乱に足を止める弟子たちに向け、ノバラが厳しい一喝を浴びせた。
「忍なら、その程度のことで動揺するな!」
「でも、ノバラ様……どっちを信じていいのか……!」
クノの泣きそうな問いに、ノバラは呆れたように鼻で笑う。
「アンタらの目は節穴かい! アンタらの先生だった男は、最初から『ローズ・ヴァイン』の間者だよ。全く、一体何を見てきたんだか!」
ノバラは、最初から全てを知っていた。ジャミの同行を許したあの時、彼の一挙一動、視線の動き、そして殺気の隠し方から、彼が里長直轄の護衛部隊員であることを見抜いていたのだ。だからこそ、あえて泳がせ、この霧の深い「白骨の森」まで引きずり込んだ。サカキの化けの皮を剥ぎ、一気に敵の核心を突くために。
偽りの師と、本当の番人。
霧に閉ざされた森で、三人の旅は避けられない激闘の渦中へと突き落とされた。ジャミが振るう短剣の軌道と、サカキが繰り出す暗殺術が交差し、白骨の木々を黒い血が濡らしていく。キザム、サンズイ、クノの三人は、信じていた過去を切り捨て、今まさに突きつけられた現実と対峙する。
怒涛の第15話でした。信頼していた師は、実は敵の手先だった――。
ノバラが隠していた真実と、ジャミの本当の任務が明らかになった今、森はかつての師弟たちの血で染まろうとしています。三人が過去を切り捨て、本当の忍として覚醒する瞬間をお見逃しなく。次回、白骨の森での決着はすぐそこです。




