第14話 蛇の同伴
サンズイは木刀を握りしめ、その指先が白く変色するほどの殺気を放った。
「誰の命令だ。……何が目的で俺たちを追ってきた?」
対する男は、ひらひらと両手を振り、軽薄な笑みを浮かべている。その仕草はどこまでも薄く、薄氷の上を歩くような危うさを孕んでいた。
「おや、そんな物騒なモノは下ろしてください。僕はただ、ある方からの任務で皆さんに同行させていただきたいだけなんですよ。これでも忍の端くれ。依頼主と任務の内容は言えませんがねぇ」
クノもまた、左手のひらにスペルを綴りながら、いつでも『障壁』を起動できるよう備えていた。
キザムは師匠の背に隠れるような真似はしなかった。彼は怒りに顔を紅潮させつつも、ジャミの喉元を鋭く見据え、その左手のひらで『火』の術式を高速で書き込んでいく。
「同行だと……? お前のような得体の知れない奴を、わざわざ俺たちの旅に加える理由なんてどこにもないはずだ」
キザムの指先が最後に『火』の言霊を完成させ、掌がカッと熱を帯びる。師匠の決断を聞く前に、まずは自分の意志として拒絶の意を示す。それは戦士としての「冷静な警戒心」と、仲間を守ろうとする矜持からくるものだった。
ノバラは、騒ぎ立てる弟子たちを背に、ただ淡々とジャミを射抜くような眼差しで見据えていた。
……しばらくの沈黙の後、ノバラが不意に口を開いた。
「まぁいいさ。ついてくるなら勝手にしろ」
「師匠!?」
サンズイの叫びを遮るように、ノバラは一歩前に出た。その背中は、死の淵から舞い戻り、かつて最強と呼ばれた天才の風格を纏い、どこまでも頼もしかった。
「ただし、ジャミ。少しでも不穏な動きを見せたら、アンタのその軽い首と体は、今すぐ離れ離れになる。……アタシが、キザムたちにアンタの牙は一本たりとも触れさせないよ」
それは、一切の妥協を許さない、紛れもない「師匠」としての宣戦布告だった。
「よかった、よろしくお願いします」
ジャミはニタァ、と湿った唇を歪める。その瞳の奥には、陽光を嫌う爬虫類のような、冷徹で底のない昏い光が宿っていた。クノは、その視線が首筋を這い回るような生理的な嫌悪感を覚え、思わず身震いする。それは、獲物を逃さないと確信した蛇そのものだった。
こうして、蛇を連れた旅が始まった。
しかし、ジャミの同行は新たな悪夢の幕開けとなった。彼が加わってからというもの、昼夜を問わず『ローズ・ヴァイン』の刺客たちが、執拗にキザムたちを襲い始めたのだ。以前よりもはるかに洗練された殺意が、密林のいたるところから夜ごと突き刺さる。
「……またか。本当に、キザムの持つ『火』の古代文字が欲しい連中ばかりだな!」
サンズイが木刀で刺客の剣を受け止め、吐き捨てるように言う。キザムの命ごと、その身に刻まれた古代文字を強引に削り取ろうとする刺客たちの執念。宿主を殺さねば文字を回収できないその理を肌で感じながら、クノが展開した障壁の影からキザムが火を放つ。三人の連携はかつてないほど研ぎ澄まされていた。
一方で、ジャミは戦いの輪に加わりながらも、決して術を使おうとはしなかった。その手にあるのは、光を吸い込むような黒い短剣一振り。彼はまるで散歩でもしているかのように飄々とした足取りで敵の懐に入り込み、一太刀も浴びることなく、襲い来る刺客をその短剣だけで冷酷に切り伏せていく。
三人が必死に連携して戦っている傍らで、ジャミだけが「舞台演劇」を見物するような優雅さで立ち回る。その異様な光景に、キザムは戦いながらも奥歯を噛み締めた。ジャミの存在そのものが、自分たちの積み上げてきた「修行の尊厳」を汚されているような苛立ちを覚えさせるのだ。
そして、戦いの終わり。
キザムたちが息を切らせ、刺客を追い詰めた瞬間に、必ずと言っていいほどジャミの姿が影のように現れる。彼は倒れ伏した刺客の喉元へ、ためらいもなく短剣を突き立てた。
プシュ、という濡れた音。それ以上の言葉も、慈悲もなかった。
「おや、掃除が終わりましたね。……お疲れ様です、皆さん」
ジャミは血の付いた短剣を、丁寧に布で拭きながら微笑む。その一連の動作には、殺した相手に対する敬意も憎悪もなく、ただ「枯れ葉を掃き除けた」かのような事務的な冷徹さが漂っていた。
その光景は、もはや援護ではない。何らかの秘密を知る者たちを、次々と闇へ引きずり込むための「口封じ」のように見えた。
焚き火を囲む夜の静寂の中で、ジャミは一人、木陰に座り込んで空を見上げている。彼が時折口にする独り言や、ふとした瞬間に漏らす溜息さえも、毒の気配を孕んでいるように感じられた。
(あの男は、俺たちを見ているんじゃない。……俺たちの『死に様』を待っているんだ)
キザムは、そんな確信に近い予感を抱いていた。サンズイは木刀を枕元に置き、一睡もせずにジャミの背中を監視し続けている。クノは、緊張で震える指先を必死に隠しながら、次の夜明けが来ることをただ静かに願っていた。自分たちがこの旅の重荷になってはならないと、押し寄せる不安を噛み殺しながら。
自分たちの背後に立つこの男が、敵の刺客よりも遥かに危険な存在であることは明白だ。それなのに、師匠であるノバラはジャミを追い出そうとしない。その矛盾が、キザムたちの精神を少しずつ、しかし確実に摩耗させていった。
ノバラという強大な傘の下で、三人は今、蛇という名の毒に囲まれながら、夜を徹して歩き続けている。この道がどこに繋がっているのかを知る者は、この中でたった一人――ノバラだけだった。
第14話、いかがでしたでしょうか。
旅の道連れとなったジャミ。彼が振るう短剣は、敵を排除するためのものなのか、それともキザムたちの命を削るための「毒」なのか。
焚き火を囲む四人の間には、決して埋まることのない深い溝と、張り詰めた緊張感が漂っています。
ノバラという巨大な傘の下で、三人は今、蛇という名の疑念に囲まれながら歩みを進めています。キザムの直感は果たして正しいのか、それともこれは……。
不穏な予感だけを残して、物語は次の夜へと向かいます。
執筆していても、ジャミという男がいつ、どこで牙を剥くのか、私自身も目が離せません。
皆様も、キザムたちと一緒にこの「毒」を飲み込んでいただければ幸いです。次回もどうぞお付き合いください!




