第13話 師弟の秘め事(ひめごと)
街道を外れた深い森の中。ノバラは、身体の深部で黒い茨が神経を削り取っているであろう状況を、ただの「肉体の反応」として冷徹に処理していた。
久方ぶりに解き放たれたこの力。どれほどの冴えを見せるのか、まずはこの手で試さずにはいられない。ノバラの胸の内では、戦いの渇望が修羅の飢餓感となって熱くうずいていた。
「身体が鈍ってちゃ、追っ手を撒くどころか犬の餌さ。……キザム、サンズイ。お前ら、アタシとクノを相手に、どの程度ついてこれるか試してやるよ」
ノバラの声には、一切の迷いがない。修羅として舞い戻った彼女の眼光は、鋭く冷徹に獲物を見据えていた。
「ノバラとクノか……!」
サンズイが木刀を握りしめ、冷徹な瞳で師匠を観察する。「クノは戦闘向きのスペルを持ってないはずだが……あのノバラと組む以上、何かしらの策があるはずだ」
「ああ、やってやるよ。クノには悪いが、師匠を何とかすれば俺たちの勝ちだ!」
キザムは気合を入れ直す。だが、その隣でクノはムッとした表情を浮かべていた。
ノバラはクノの肩に手を置き、妖しく濡れた瞳を向けながら、クノの耳元で甘く、毒を含んだ囁きを落とす。
「……いいかい、クノ。あの子のまっすぐな衝動を、最後の一線でひっくり返してあげるのよ。……防ぐための『膜』を、あの子を砕くための『一撃』に変える。……その熱を、アンタの拳の芯にだけ閉じ込めておきなさい」
クノの表情が、ハッとしたように変わる。その瞳から不安が消え、ノバラから受け継がれた冷徹な「殺しの理」が宿った。
戦闘演習開始。
キザムは指先を走らせ、次々と属性を叩きつける。
『水遁』の奔流、『土遁』の重圧、『風遁』の刃、『雷遁』の雷鳴、『木遁』の触手、そして『火遁』の爆炎。すべて完璧な書き順、完璧な理。だが、ノバラは踊るようにそのすべてを回避した。攻撃を避けるたびに、彼女は指先でキザムの襟元を撫でるように掠め、あるいは腰をくねらせるような滑らかな所作で炎をいなす。それは戦いというよりは、獲物をじらし、弄ぶような妖艶な舞に近かった。
サンズイが木刀を構え、結合リンクを起動する。
「並列演算――主指定『SLASH』、副次指定『EARTH』。結合リンク……実行」
硬質な斬撃に重厚な土の質量を連結させ、ノバラを仕留めんと殺到する。だが、ノバラは回避の舞の最中に、サンズイの演算の隙を突いて掌底を胸板に叩き込んだ。
「――ッ!」
凄まじい衝撃と共に、サンズイは木刀を取り落とし、数本の木をなぎ倒しながら後方へ吹き飛ばされ、沈黙する。
ノバラは残されたキザムに、妖艶に微笑んで手招きした。
キザムが渾身の火遁を叩きつけようと踏み込んだその瞬間。キザムの視界から、ノバラの背後にいたクノがぬらりと現れる。
クノは予め綴っていた障壁を広げるのではなく、自身の掌を内側へ巻き込み、ノバラに教わった『一点の熱』をその拳に集約させた。
(……ごめん、キザム)
クノは小さく目を瞑り、罪悪と甘美な高揚が入り混じるなか、迷いなくその拳を突き出した。
――ドォォン!!
鈍い衝撃音が森に響き渡る。障壁の術理を、護りから破壊へと反転させたその一撃。全身の力が虚しく霧散し、キザムはただ無防備なまま衝撃が脳髄を揺らされる。
そのままキザムは吹き飛び、泥の中に転がった。
「キザム……!」
クノはすぐさま介抱に向かった。顔が腫れ上がり、痛々しい擦り傷が刻まれたキザムの顔を、クノが『治癒』の慈愛で治していく。
ノバラが面白げにクノを見下ろした。
(あの夜に教えてやった癒しの奥義を使うチャンスじゃないか?)
そんな視線をクノに投げかける。イタズラな光を宿したノバラの眼差しに、クノの耳が真っ赤に染まる。
クノはプクーと頬を膨らませ、その瞳で激しく抗議を返した。
(――ノバラ様、それは言わないでくださいッ!)
まるで「内緒だと言ったでしょう」と訴えるようなクノの視線に、ノバラは肩をすくめて愉悦を浮かべる。
しかし、クノは一瞬で表情を引き締めると、即座にキザムの怪我へと意識を集中させた。いつもの治癒術で傷口を修復しつつ、ノバラと無言の視線を交わす。それは、二人だけが分かち合う「師弟だけの秘め事」のような、危うくも切実な絆の証だった。
座り込んで呆然とする二人に、ノバラは勝ち誇ったように笑う。
「……クノ、さっきのアレってなんなんだよ」
キザムの問いに、クノは頬を染めながら小さく首を横に振った。
「ノバラ様に……コツを教えてもらったの。ちょっとしたアドバイスで、ただの障壁が武器に変わる。流石にビックリしたけどね。」
ノバラはケラケラと笑い飛ばす。「クノの奴、元々緻密な制御は天才的だからな!」
「でもよ、師匠! 俺、全属性を暴発させずに放てたんだぜ!」
キザムの誇らしげな訴えに、ノバラは鼻で笑った。
「馬鹿言え。こんなの基礎中の基礎だ。古代文字ってのは、あんたが思ってるよりも遥かに多く埋もれている。キザム、お前にとっておきの、あたしがこの世で最も美しいと思ってる文字を教えてやるよ」
ノバラは地面に指を走らせた。そこに記された「複雑怪奇で気高くも美しい文字」を目にした瞬間、キザムは息を呑んだ。
「……こんなの、覚えられるわけねぇよ! 本当にそんな古代文字あるのかよ!」
ノバラはその文字を愛おしそうになぞり、妖艶に笑う。
「もし、この漢字をマスター出来たらあたしがお前を『一人前』と認めてやるよ」
その時だった。
「……おや?お久しぶりですね。そんな派手にドンパチやってたら、追手どころか森の獣まで全部引き寄せちゃいますよ?」
どこから現れたのか。樹上の枝に、ひょいと腰を下ろす影があった。
三日月のように目を細め、ニタァと湿った笑みを浮かべる男――ジャミだ。
彼は蛇のように音もなく枝から降り立つ。三人の視線が彼に釘付けになる――ジャミへの不信感と、凍りつくような警戒感が、森の空気を一変させていた。
いかがでしたでしょうか。第13話。
今回はノバラというキャラクターの「圧倒的な格」と、彼女に翻弄される弟子たちの成長を描きました。
ノバラの戦闘スタイルは、ただ強いだけではなく、相手を掌の上で転がすような「余裕」を意識しました。キザムたちの成長は著しいものがありますが、まだまだ師匠との壁は厚く、高い。そんな二人の距離感を楽しんでいただけていれば幸いです。
そして今回、クノが見せた「防御術式の反転」という技。
ノバラの教えによって、彼女の才能が少しずつ、しかし確実に「殺しの理」へと向かって開花し始めています。この二人の関係性は、今後物語において重要なキーになってくるかもしれません。
また、最後に登場したジャミ。
彼が森の深奥で見ていたのは、一体何だったのか。キザムたちにとって、彼は頼れる仲間なのか、それとも……?
不穏な空気を残したまま、物語は次なる展開へと加速していきます。
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次回、ジャミの登場で空気が一変した森の中で、一体何が起きるのか。
引き続きお付き合いいただければ幸いです。




